51 / 115
二章 誘惑の秘宝と王女の日記
4.日記と伯爵家
しおりを挟む
三人は無言のまま台所に移動する。お茶を飲んで一息ついたところで、エミリーが話し始めた。
「前に、ディラン殿下にお見せしたときには、お守りだと言ったんですけど、本当は別の意味もあるんです」
「別の意味?」
ディランは、机の上に置かれた日時計をなんとなく見つめる。エミリーの身体検査をした日、ディランが調べて魔導具でないことは確認している。特別な意味があるとはどういうことだろう。
「本当の事を言うと、私は何も知らないんです。ただ、このペンダントはいつも身に付けていて、特別な興味を持った人物がいれば報告するようにと、父に言われています」
「詳しく調べてもいいかな?」
「はい」
ボードゥアンが机の上の日時計を手に取って観察し始める。エミリーは、ボードゥアンの手先を見つめながら話を続けた。
「このペンダントを手に入れるために命を狙って来る者もいるかもしれない。その時には躊躇せずに渡してしまえと言われていました。実際に、このペンダントそのものは、私の入学に合わせて父が地元の職人に作らせた物なので、私以外には、価値がないものだと思います」
「伯爵はエミリーから報告を受けたあと、どうするつもりなんだろう?」
「私には分かりません。兄も何か知っている感じがしたので、当主になる者だけが継承してきたんだと思います。あくまで、私の想像ですが……」
ボードゥアンは魔力を流して調べていたが、しばらくしてエミリーに日時計を返す。ボードゥアンは真剣な表情でディランに視線を移した。
「これはただのペンダントだね。どうする、ディラン」
「……見せるしかないでしょうね」
「判断は任せるよ」
「取ってきます」
できればエミリーを巻き込みたくなかったが、そうも言っていられない。ディランは金庫にしまってあった『ヴァランティーヌ・シクノチェスの日記』を持ってきて、紋章が見えるよう裏表紙を上にして机においた。
「同じ……ですね」
「うん。これはね、王宮の禁書室にあった日記なんだ。この日記を書いた人物は、エミリーと同じように魅了の魔法が使えたと僕たちは推測している。伯爵からは何か聞いてる?」
「いえ、魅了の魔法はもちろん、日記についても何も聞いてません」
「そっか。じゃあ、これを見てくれるかな」
ディランは日記を表に返してヴァランティーヌのメッセージを見せる。エミリーは困惑した表情で日記の文字を見つめた。
「『私と同じ苦しみの中にいるあなたへ ヴァランティーヌ』?」
「うん。僕たちはこの日記の中にエミリーの状態を解決するヒントがあると思っているんだ。僕らと同じように一時的な対処法かもしれないけどね」
「触ってもいいですか?」
エミリーの質問に、ディランは念の為ボードゥアンを見る。ディランは安全だと思っているが、ボードゥアンのお墨付きがほしかった。
「敵対するような魔法はないよ。エミリーちゃん、開けられるか試してみてくれる?」
「はい」
エミリーは一度大きく深呼吸してから、日記を手に取る。しかし、ディランたちのときと同様、日記はピッタリと閉じたままだった。
「駄目ですね」
エミリーは先程の実験で魔法を使ったが、魅了の魔力は使い切っていない。腕輪も外しているし、状況からして魅了の魔力は日記の鍵ではないようだ。
「残念。エミリーちゃんのお父上に聞いてみるしかないかもね」
「父ですか?」
「うん、王女とカランセ伯爵にどんな関わりがあったかは分からないけど、この日記の番人を引き受けていることは、おそらく間違いないだろうからね」
魅了の魔法の悪用を怖れて、簡単には読めないよう日記に魔法の封印を施した。しかし、本当に必要になった人物が読めないのではしょうがない。カランセ伯爵は、その見極め役ということだ。
(娘のエミリーに魅了の魔法が現れたのは偶然?)
ヴァランティーヌ王女が処刑されずに生きていて、カランセ伯爵家が匿っていたのだとしたら……
神話に出てくる魅了魔法の使い手は王家に嫁いでいる。そして、時を超えてヴァランティーヌ王女が生まれているわけだ。子孫に受け継がれると仮定することもできる。
「ディラン、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
ディランの頭に浮かんだ仮説は、そのまま心の中にしまい込んだ。エミリーの未来にも関わることだ。確認のしようもないのに、口にすることなんて出来なかった。
「前に、ディラン殿下にお見せしたときには、お守りだと言ったんですけど、本当は別の意味もあるんです」
「別の意味?」
ディランは、机の上に置かれた日時計をなんとなく見つめる。エミリーの身体検査をした日、ディランが調べて魔導具でないことは確認している。特別な意味があるとはどういうことだろう。
「本当の事を言うと、私は何も知らないんです。ただ、このペンダントはいつも身に付けていて、特別な興味を持った人物がいれば報告するようにと、父に言われています」
「詳しく調べてもいいかな?」
「はい」
ボードゥアンが机の上の日時計を手に取って観察し始める。エミリーは、ボードゥアンの手先を見つめながら話を続けた。
「このペンダントを手に入れるために命を狙って来る者もいるかもしれない。その時には躊躇せずに渡してしまえと言われていました。実際に、このペンダントそのものは、私の入学に合わせて父が地元の職人に作らせた物なので、私以外には、価値がないものだと思います」
「伯爵はエミリーから報告を受けたあと、どうするつもりなんだろう?」
「私には分かりません。兄も何か知っている感じがしたので、当主になる者だけが継承してきたんだと思います。あくまで、私の想像ですが……」
ボードゥアンは魔力を流して調べていたが、しばらくしてエミリーに日時計を返す。ボードゥアンは真剣な表情でディランに視線を移した。
「これはただのペンダントだね。どうする、ディラン」
「……見せるしかないでしょうね」
「判断は任せるよ」
「取ってきます」
できればエミリーを巻き込みたくなかったが、そうも言っていられない。ディランは金庫にしまってあった『ヴァランティーヌ・シクノチェスの日記』を持ってきて、紋章が見えるよう裏表紙を上にして机においた。
「同じ……ですね」
「うん。これはね、王宮の禁書室にあった日記なんだ。この日記を書いた人物は、エミリーと同じように魅了の魔法が使えたと僕たちは推測している。伯爵からは何か聞いてる?」
「いえ、魅了の魔法はもちろん、日記についても何も聞いてません」
「そっか。じゃあ、これを見てくれるかな」
ディランは日記を表に返してヴァランティーヌのメッセージを見せる。エミリーは困惑した表情で日記の文字を見つめた。
「『私と同じ苦しみの中にいるあなたへ ヴァランティーヌ』?」
「うん。僕たちはこの日記の中にエミリーの状態を解決するヒントがあると思っているんだ。僕らと同じように一時的な対処法かもしれないけどね」
「触ってもいいですか?」
エミリーの質問に、ディランは念の為ボードゥアンを見る。ディランは安全だと思っているが、ボードゥアンのお墨付きがほしかった。
「敵対するような魔法はないよ。エミリーちゃん、開けられるか試してみてくれる?」
「はい」
エミリーは一度大きく深呼吸してから、日記を手に取る。しかし、ディランたちのときと同様、日記はピッタリと閉じたままだった。
「駄目ですね」
エミリーは先程の実験で魔法を使ったが、魅了の魔力は使い切っていない。腕輪も外しているし、状況からして魅了の魔力は日記の鍵ではないようだ。
「残念。エミリーちゃんのお父上に聞いてみるしかないかもね」
「父ですか?」
「うん、王女とカランセ伯爵にどんな関わりがあったかは分からないけど、この日記の番人を引き受けていることは、おそらく間違いないだろうからね」
魅了の魔法の悪用を怖れて、簡単には読めないよう日記に魔法の封印を施した。しかし、本当に必要になった人物が読めないのではしょうがない。カランセ伯爵は、その見極め役ということだ。
(娘のエミリーに魅了の魔法が現れたのは偶然?)
ヴァランティーヌ王女が処刑されずに生きていて、カランセ伯爵家が匿っていたのだとしたら……
神話に出てくる魅了魔法の使い手は王家に嫁いでいる。そして、時を超えてヴァランティーヌ王女が生まれているわけだ。子孫に受け継がれると仮定することもできる。
「ディラン、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
ディランの頭に浮かんだ仮説は、そのまま心の中にしまい込んだ。エミリーの未来にも関わることだ。確認のしようもないのに、口にすることなんて出来なかった。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
何も出来ない妻なので
cyaru
恋愛
王族の護衛騎士エリオナル様と結婚をして8年目。
お義母様を葬送したわたくしは、伯爵家を出ていきます。
「何も出来なくて申し訳ありませんでした」
短い手紙と離縁書を唯一頂いたオルゴールと共に置いて。
※そりゃ離縁してくれ言われるわぃ!っと夫に腹の立つ記述があります。
※チョロインではないので、花畑なお話希望の方は閉じてください
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる