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二章 誘惑の秘宝と王女の日記
1.ボードゥアンの企み
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魔道具完成から数日、ディランたち3人は変わらずボードゥアンの洋館で暮らしていた。初めて作った魔道具であるため、不具合が起きる可能性を考えて、しばらくは様子を見ることになったのだ。
ちなみに、エミリーの魔導具には、魔法を貯めない対策として、ボードゥアンが接触限定の魔法を追加で入れてくれた。これでエミリーとディランとボードゥアン以外は、腕輪に触れることは出来ないので、盗まれたりする心配もない。
「僕も触れるんですか?」
「うん、定期点検よろしくね」
ディランとしては、ボードゥアンにやってもらった方が安心だが、師匠としての試練だろうか。自分でも単純だと思うが、格好悪いところは見せたくないので、技術をより一層磨こうと思う。
洋館で過ごす間、エミリーは寮の部屋の引っ越しも行った。エミリーは前の部屋のままで大丈夫だと言ったが、ディランが怖い思いをした部屋に戻す気にはなれなかったので別の部屋を用意してもらったのだ。幸い高位貴族の学生が現在少ないため、良い部屋が空いていた。エミリーは恐縮していたが、田舎の領主とはいえカランセ伯爵家は伝統ある家なので、家格としても問題はない。引っ越しにはディランが侍女を手配したので、それほど手間もなかったはずだ。
エミリーの部屋には、ボードゥアンに洋館と同じ防犯設備を作ってもらったので、安全も前より保証できる。
「防犯じゃなくて、人避けなんだよ」
「結果は同じなんですから、良いじゃないですか?」
「まぁね……でも、人として残念なものを作った気でいたから、こんなふうに役に立つとムズムズするんだよ。今回だけだからね。次はディランが自分で作るんだよ」
ボードゥアンは一度決めたことは貫くので、かなりの技術が注ぎ込まれた設備だが、今度必要になればディラン一人で作ることになりそうだ。ボードゥアンがいろいろな魔法を組み合わせて防犯設備を作る間、ディランは目を皿のようにして見学した。
ディランは自分の部屋に施せば、チャーリーを排除できるのではとも思ったが、後が怖いので平和な部屋を作るのは諦め練習のみに留めた。
そんな日々を過ごしていたある日、ディランとエミリーはボードゥアンに研究部屋へと呼び出せれた。
「エミリーちゃんの臨時助手も、もうすぐ終わりだし、ボクの実験を手伝って貰おうと思ってさ」
ボードゥアンが鍵付きの木箱の中から出してきたのはピンク色の草だ。自然界にあるものとは思えないはっきりとした色の草からは、禍々しい雰囲気が放たれている。
「み、魅惑草!?」
「うん」
「『うん』って簡単に言わないでくださいよ。罪人として捕まりたいんですか!?」
魅惑草とは、魅了の原因として有名な草のことだ。乾燥させて粉にしたものを食品に混ぜたり、精油を抽出して香水に入れたりすることで、使用した相手を魅了状態にすることができる。かなり危険なものなので、シクノチェス王国では、栽培も所持も禁止されている。
「魔道士団を首になったら、公爵領で雇ってね」
「それは別にいいですけど……じゃなくて、どこで手に入れたんですか!?」
「良かった。ディランが雇ってくれるんだね」
「師匠!」
「喋っていいの?」
ボードゥアンがエミリーを見る。確かに、詳しく知らないほうが、エミリーのためだ。そういう配慮ができるなら、こんなものを出してこないでほしいが、言っても無駄だろう。
「エミリー、ごめんね」
「えっと?」
ディランは不思議そうに見上げてくるエミリーの耳を両手で塞いだ。ディランが話してくれと言うようにボードゥアンを見ると、クスリと笑って語りだす。
「森に探しに行ったんだけど、全く見つからなくてさ。ついでに探してた魔吸草ばっかり採れたよ」
確かに採れる気候は似ているから、そうなるだろう。魅惑草を見つけた場合、届け出て役人立ち会いのもと、一帯を焼き払うことになっている。自然界で見つかる方が大問題なのだ。
(魔吸草を大量に持って帰ってきてくれた理由って……)
ディランは、そのことに思い至ってため息をつく。ディランが軽蔑の眼差しを送っても、ボードゥアンに気にする様子はない。
「あまり聞きたくないですけど、見つからなかったのなら、これはどうしたんですか?」
「うん。結局、闇市で買っちゃった」
ボードゥアンは異性を魅了しそうな笑顔で言った。眼下のエミリーを見ると赤くなってオロオロしているので、彼女にも効果があるようだ。
(買った相手が摘発されたら、師匠も捕まるかもしれないってことだよね)
ボードゥアンのことだから、何か手は打ってあるのだろうが、危ない橋は渡ってほしくない。
「師匠! 僕は……」
「デ、ディラン殿下……」
ディランの苦言を呈そうとした声に、エミリーの悲痛な声が重なる。
「どうしたの? エミリー?」
ディランが心配になって、眼下のエミリーを覗き込むように見ると、目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「あの……ち、近いです」
「ご、ごめん」
ディランはエミリーの耳を抑えていたことを思い出して、パッと離れる。エミリーは息を止めていたのか、苦しそうに息を吐き出した。顔だけではなく、首のあたりまで真っ赤になっているが、見なかったことにする。
「大丈夫?」
慌てるディランと、エミリーを見比べて、ボードゥアンがクスクス笑っている。ディランはエミリーを手近な椅子に座らせて落ち着くのを待ってから、ボードゥアンに向き直る。
「それで、この魅惑草で何をする気ですか?」
ディランはボードゥアンに注意する気も失せて、答えの予想がつき始めた質問を投げかけた。
「もちろん、エミリーちゃんの魔法で『誘惑の秘宝』を作るんだよ」
ディランは満面の笑みを浮かべるボードゥアンを前に、ため息をつくことしかできなかった。
ちなみに、エミリーの魔導具には、魔法を貯めない対策として、ボードゥアンが接触限定の魔法を追加で入れてくれた。これでエミリーとディランとボードゥアン以外は、腕輪に触れることは出来ないので、盗まれたりする心配もない。
「僕も触れるんですか?」
「うん、定期点検よろしくね」
ディランとしては、ボードゥアンにやってもらった方が安心だが、師匠としての試練だろうか。自分でも単純だと思うが、格好悪いところは見せたくないので、技術をより一層磨こうと思う。
洋館で過ごす間、エミリーは寮の部屋の引っ越しも行った。エミリーは前の部屋のままで大丈夫だと言ったが、ディランが怖い思いをした部屋に戻す気にはなれなかったので別の部屋を用意してもらったのだ。幸い高位貴族の学生が現在少ないため、良い部屋が空いていた。エミリーは恐縮していたが、田舎の領主とはいえカランセ伯爵家は伝統ある家なので、家格としても問題はない。引っ越しにはディランが侍女を手配したので、それほど手間もなかったはずだ。
エミリーの部屋には、ボードゥアンに洋館と同じ防犯設備を作ってもらったので、安全も前より保証できる。
「防犯じゃなくて、人避けなんだよ」
「結果は同じなんですから、良いじゃないですか?」
「まぁね……でも、人として残念なものを作った気でいたから、こんなふうに役に立つとムズムズするんだよ。今回だけだからね。次はディランが自分で作るんだよ」
ボードゥアンは一度決めたことは貫くので、かなりの技術が注ぎ込まれた設備だが、今度必要になればディラン一人で作ることになりそうだ。ボードゥアンがいろいろな魔法を組み合わせて防犯設備を作る間、ディランは目を皿のようにして見学した。
ディランは自分の部屋に施せば、チャーリーを排除できるのではとも思ったが、後が怖いので平和な部屋を作るのは諦め練習のみに留めた。
そんな日々を過ごしていたある日、ディランとエミリーはボードゥアンに研究部屋へと呼び出せれた。
「エミリーちゃんの臨時助手も、もうすぐ終わりだし、ボクの実験を手伝って貰おうと思ってさ」
ボードゥアンが鍵付きの木箱の中から出してきたのはピンク色の草だ。自然界にあるものとは思えないはっきりとした色の草からは、禍々しい雰囲気が放たれている。
「み、魅惑草!?」
「うん」
「『うん』って簡単に言わないでくださいよ。罪人として捕まりたいんですか!?」
魅惑草とは、魅了の原因として有名な草のことだ。乾燥させて粉にしたものを食品に混ぜたり、精油を抽出して香水に入れたりすることで、使用した相手を魅了状態にすることができる。かなり危険なものなので、シクノチェス王国では、栽培も所持も禁止されている。
「魔道士団を首になったら、公爵領で雇ってね」
「それは別にいいですけど……じゃなくて、どこで手に入れたんですか!?」
「良かった。ディランが雇ってくれるんだね」
「師匠!」
「喋っていいの?」
ボードゥアンがエミリーを見る。確かに、詳しく知らないほうが、エミリーのためだ。そういう配慮ができるなら、こんなものを出してこないでほしいが、言っても無駄だろう。
「エミリー、ごめんね」
「えっと?」
ディランは不思議そうに見上げてくるエミリーの耳を両手で塞いだ。ディランが話してくれと言うようにボードゥアンを見ると、クスリと笑って語りだす。
「森に探しに行ったんだけど、全く見つからなくてさ。ついでに探してた魔吸草ばっかり採れたよ」
確かに採れる気候は似ているから、そうなるだろう。魅惑草を見つけた場合、届け出て役人立ち会いのもと、一帯を焼き払うことになっている。自然界で見つかる方が大問題なのだ。
(魔吸草を大量に持って帰ってきてくれた理由って……)
ディランは、そのことに思い至ってため息をつく。ディランが軽蔑の眼差しを送っても、ボードゥアンに気にする様子はない。
「あまり聞きたくないですけど、見つからなかったのなら、これはどうしたんですか?」
「うん。結局、闇市で買っちゃった」
ボードゥアンは異性を魅了しそうな笑顔で言った。眼下のエミリーを見ると赤くなってオロオロしているので、彼女にも効果があるようだ。
(買った相手が摘発されたら、師匠も捕まるかもしれないってことだよね)
ボードゥアンのことだから、何か手は打ってあるのだろうが、危ない橋は渡ってほしくない。
「師匠! 僕は……」
「デ、ディラン殿下……」
ディランの苦言を呈そうとした声に、エミリーの悲痛な声が重なる。
「どうしたの? エミリー?」
ディランが心配になって、眼下のエミリーを覗き込むように見ると、目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「あの……ち、近いです」
「ご、ごめん」
ディランはエミリーの耳を抑えていたことを思い出して、パッと離れる。エミリーは息を止めていたのか、苦しそうに息を吐き出した。顔だけではなく、首のあたりまで真っ赤になっているが、見なかったことにする。
「大丈夫?」
慌てるディランと、エミリーを見比べて、ボードゥアンがクスクス笑っている。ディランはエミリーを手近な椅子に座らせて落ち着くのを待ってから、ボードゥアンに向き直る。
「それで、この魅惑草で何をする気ですか?」
ディランはボードゥアンに注意する気も失せて、答えの予想がつき始めた質問を投げかけた。
「もちろん、エミリーちゃんの魔法で『誘惑の秘宝』を作るんだよ」
ディランは満面の笑みを浮かべるボードゥアンを前に、ため息をつくことしかできなかった。
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