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一章 田舎育ちの令嬢
40.魔道具を試す
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ディランは自室で十二分に休憩をとって落ち着いてから研究部屋に戻った。部屋にはエミリーの姿はなく、ボードゥアンが一人で仕事をしている。
「あの……エミリーは?」
「エミリーちゃんなら昼食作りに行ってもらったよ。ディランが帰ってこなかったからさ」
「すみません」
ディランは謝りながらも、滲み出る不満を隠しきれなかった。こんな自分は見せたくないので、エミリーがいなくて良かったと思う。
「ディラン落ち着いた?」
ボードゥアンはディランの様子も気にせずヘラリと笑う。今日のボードゥアンは弟を揶揄う悪戯好きの兄といった感じだ。本当の兄がやることに比べたら優しいが、比べる相手が悪い。
「大丈夫ですけど、笑い事じゃないですよ」
「ごめんごめん。とりあえず、魔法を受けた感想を教えてよ。貴重な経験だよ」
ボードゥアンはディランの苦情をサラリと聞き流して本題に入る。ボードゥアンがワクワクした顔でノートを開くので、ディランは仕方なく自分に起こった事を話して聞かせた。
「……といった感じです」
「なるほど、面白いね」
ボードゥアンは熱心にメモを取っている。ディランとしては全然面白くない。
「いや、貴重な体験談を聞けて良かったよ。ボクにもかけてほしいけど、今のエミリーちゃんには難しいだろうからね。残念だな」
「し、師匠……」
ディランは顔を真っ赤にして俯く。魔法を使い慣れないエミリーには意志に反する魔法は出せない。せっかく落ち着いたのに、無意識に煽るような事を言うのはやめてほしい。
「そうだ。エミリーちゃんに協力してもらえたから、魔力吸収の魔道具作りを始めてるよ。今、魔吸草を煮出してるところ」
「は、はい」
ボードゥアンはノートを閉じると、金属製の箱を叩く。魔道具の材料を煮る時に使う魔道具だ。ディランは唐突に話を変えられて慌てるが、なんとか頭を切り替える。
「もう良さそうだね」
ボードゥアンが金属製の箱を開けて、中から小さいバケツを取り出す。湯気のたったバケツから独特の酸っぱい匂いが広がった。
魔力を吸収する魔道具は、魔道士には必須の魔道具なので、効率的な作り方が広まっている。魔道士団にも度々依頼が来るので、その度に効率化が進められてきたのだろう。
金製の腕輪と魔力を吸いたい人間の髪2本を容器に入れて、煮出した魔吸草の液を注ぐ。あとはなるべく新鮮な魔吸草に決められた魔法陣を書いた紙を巻いて、腕輪が魔導具になるまでじっくりゆっくり、半日ほどかけて魔力を注げば……
「はい、完成! 午前中に仕上がって良かったよ」
「はい。師匠、お疲れさまです」
ディランは全然疲れてそうに見えないボードゥアンを労う。半日どころか、ゆで卵ができるより早い。ボードゥアンは、一時期、制作時間短縮が面白くてハマっていたらしい。論文にもなっているが、魔道具製作の技術力や魔力消費などの問題で誰も真似できない。ボードゥアンが天才と言われるのは、このあたりも関係している。
「エミリーちゃんに試すのは、ご飯をゆっくり食べてからにしよう」
「はい」
ディランは片付けを手伝って、ボードゥアンとともに台所へ向かう。エミリーは昼食を作り終えて、台所でお茶を飲んでいた。
「あ、お疲れさまです。今、スープを温め直しますね」
「エ、エミリー。一人で作らせてごめんね」
「い、いえ。気にしないで下さい」
お互いにモジモジするディランとエミリーを、ボードゥアンが微笑ましげに眺めている。助け舟を出してくれる気はなさそうだ。
(うん、知ってた)
ディランは自力で気持ちを立て直して、昼食を終える頃には冷静さを取り戻していた。ボードゥアンの提案で買い置きのチーズケーキを食べてから、研究部屋に戻る。すぐに腕輪を試してもらったが、魅了の魔力に反応はなかった。
「駄目だね」
「す、すみません」
ボードゥアンが難しい顔をするので、エミリーが申しわけなさそうに謝る。
「エミリーのせいじゃないよ」
ディランは考え込んでいるボードゥアンの代わりにエミリーを慰めた。ボードゥアンは研究に没頭しているだけで怒っているわけではない。
その後、ボードゥアンが何度か魔道具を改良してくれたが、良い結果は得られなかった。
「エミリーちゃんは、魔道士適正はなかったんだっけ」
「はい」
「僕が立ち会ったので、それは間違いありません」
「うーん、魅了の魔法を発動させたときには、他の魔法と変わらないと思ったんだけどな」
ボードゥアンがエミリーの手を握ったり離したりして調べていたが、打開策はみつからないようだ。
「師匠、どうしますか?」
「魔力吸収の魔道具は淘汰されていて、昔はいろいろな魔法陣で作ったものがあったらしいから調べてみるしかないかな」
魔力吸収の魔導具が開発されるまでは、魔道士が魔法で吸引して治療していた。その方法は想いの力が素なので個性があり、その魔法から作られた魔道具は、作った魔道士によって性能が違っていたようだ。
魔道具を作るときには魔法陣が現れる。それを魔道士団が書き留めて収集し、効率的に作れて有効性の高い魔法陣を選定した。その結果が今の魔力吸収の魔道具に使われている魔法陣だ。
「魔道士団に資料が残っているでしょうか?」
「研究棟の倉庫を探してみる必要があるね」
非効率な魔法陣の中に、エミリーの魔力でも吸引できるものがあるかもしれない。ディランは、落ち込む時間を与えないボードゥアンを改めて尊敬した。
「あの……エミリーは?」
「エミリーちゃんなら昼食作りに行ってもらったよ。ディランが帰ってこなかったからさ」
「すみません」
ディランは謝りながらも、滲み出る不満を隠しきれなかった。こんな自分は見せたくないので、エミリーがいなくて良かったと思う。
「ディラン落ち着いた?」
ボードゥアンはディランの様子も気にせずヘラリと笑う。今日のボードゥアンは弟を揶揄う悪戯好きの兄といった感じだ。本当の兄がやることに比べたら優しいが、比べる相手が悪い。
「大丈夫ですけど、笑い事じゃないですよ」
「ごめんごめん。とりあえず、魔法を受けた感想を教えてよ。貴重な経験だよ」
ボードゥアンはディランの苦情をサラリと聞き流して本題に入る。ボードゥアンがワクワクした顔でノートを開くので、ディランは仕方なく自分に起こった事を話して聞かせた。
「……といった感じです」
「なるほど、面白いね」
ボードゥアンは熱心にメモを取っている。ディランとしては全然面白くない。
「いや、貴重な体験談を聞けて良かったよ。ボクにもかけてほしいけど、今のエミリーちゃんには難しいだろうからね。残念だな」
「し、師匠……」
ディランは顔を真っ赤にして俯く。魔法を使い慣れないエミリーには意志に反する魔法は出せない。せっかく落ち着いたのに、無意識に煽るような事を言うのはやめてほしい。
「そうだ。エミリーちゃんに協力してもらえたから、魔力吸収の魔道具作りを始めてるよ。今、魔吸草を煮出してるところ」
「は、はい」
ボードゥアンはノートを閉じると、金属製の箱を叩く。魔道具の材料を煮る時に使う魔道具だ。ディランは唐突に話を変えられて慌てるが、なんとか頭を切り替える。
「もう良さそうだね」
ボードゥアンが金属製の箱を開けて、中から小さいバケツを取り出す。湯気のたったバケツから独特の酸っぱい匂いが広がった。
魔力を吸収する魔道具は、魔道士には必須の魔道具なので、効率的な作り方が広まっている。魔道士団にも度々依頼が来るので、その度に効率化が進められてきたのだろう。
金製の腕輪と魔力を吸いたい人間の髪2本を容器に入れて、煮出した魔吸草の液を注ぐ。あとはなるべく新鮮な魔吸草に決められた魔法陣を書いた紙を巻いて、腕輪が魔導具になるまでじっくりゆっくり、半日ほどかけて魔力を注げば……
「はい、完成! 午前中に仕上がって良かったよ」
「はい。師匠、お疲れさまです」
ディランは全然疲れてそうに見えないボードゥアンを労う。半日どころか、ゆで卵ができるより早い。ボードゥアンは、一時期、制作時間短縮が面白くてハマっていたらしい。論文にもなっているが、魔道具製作の技術力や魔力消費などの問題で誰も真似できない。ボードゥアンが天才と言われるのは、このあたりも関係している。
「エミリーちゃんに試すのは、ご飯をゆっくり食べてからにしよう」
「はい」
ディランは片付けを手伝って、ボードゥアンとともに台所へ向かう。エミリーは昼食を作り終えて、台所でお茶を飲んでいた。
「あ、お疲れさまです。今、スープを温め直しますね」
「エ、エミリー。一人で作らせてごめんね」
「い、いえ。気にしないで下さい」
お互いにモジモジするディランとエミリーを、ボードゥアンが微笑ましげに眺めている。助け舟を出してくれる気はなさそうだ。
(うん、知ってた)
ディランは自力で気持ちを立て直して、昼食を終える頃には冷静さを取り戻していた。ボードゥアンの提案で買い置きのチーズケーキを食べてから、研究部屋に戻る。すぐに腕輪を試してもらったが、魅了の魔力に反応はなかった。
「駄目だね」
「す、すみません」
ボードゥアンが難しい顔をするので、エミリーが申しわけなさそうに謝る。
「エミリーのせいじゃないよ」
ディランは考え込んでいるボードゥアンの代わりにエミリーを慰めた。ボードゥアンは研究に没頭しているだけで怒っているわけではない。
その後、ボードゥアンが何度か魔道具を改良してくれたが、良い結果は得られなかった。
「エミリーちゃんは、魔道士適正はなかったんだっけ」
「はい」
「僕が立ち会ったので、それは間違いありません」
「うーん、魅了の魔法を発動させたときには、他の魔法と変わらないと思ったんだけどな」
ボードゥアンがエミリーの手を握ったり離したりして調べていたが、打開策はみつからないようだ。
「師匠、どうしますか?」
「魔力吸収の魔道具は淘汰されていて、昔はいろいろな魔法陣で作ったものがあったらしいから調べてみるしかないかな」
魔力吸収の魔導具が開発されるまでは、魔道士が魔法で吸引して治療していた。その方法は想いの力が素なので個性があり、その魔法から作られた魔道具は、作った魔道士によって性能が違っていたようだ。
魔道具を作るときには魔法陣が現れる。それを魔道士団が書き留めて収集し、効率的に作れて有効性の高い魔法陣を選定した。その結果が今の魔力吸収の魔道具に使われている魔法陣だ。
「魔道士団に資料が残っているでしょうか?」
「研究棟の倉庫を探してみる必要があるね」
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