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一章 田舎育ちの令嬢

31.子犬

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 ディランがエミリーを抱きしめたまま考え込んでいると、廊下の方が騒がしくなってきた。

 ドンドンドン

「カランセさん、何があったんですか!? 大丈夫ですか? 扉を開けてください」

「エミリー、大丈夫!? 返事をなさって!」

 おそらく、ガラスの割れる音を聞いて集まってきたのだろう。落ち着いた声は寮母だろうか? シャーロットの声も聞こえる。

「僕がエミリーの部屋にいると知られるとまずい。隠蔽魔法をかけるから、僕が消えてから扉を開けて。できる?」

 ディランは、エミリーから身体を離して、囁くように聞いた。エミリーは潤んだ瞳をこちらに向けて小さく首を振る。

「行かないで下さい」

「大丈夫、ここにいるよ」

 エミリーが泣きながら縋るようにディランを見るので、ディランはエミリーの手をぎゅっと握ってから距離をとった。身体が触れていると自分だけに魔法をかけるのは難しい。

 ドンドンドン

 誰かが扉を壊しそうな勢いで叩いているので、ディランはすぐに隠蔽魔法を自分にかけた。寮母はマスターキーも持っているはずなので、いつ扉が開くか分からない。

 エミリーが消えたディランを探してキョロキョロと周囲を見回している。ディランはここにいると示すようにエミリーの手をもう一度握った。

「ディラン殿下、いるんですか?」

 エミリーは自分の手を不思議そうに見つめながら問いかけてきた。ディランが返事をしたとしてもエミリーには聞こえない。ディランは言葉の代わりにエミリーの手を強く握り直した。

 エミリーはそれに気づいて安心したように笑う。

 バタン

「エミリー、大丈夫なの!?」

 扉が勢いよく開いて、シャーロットが走り込んでくる。エミリーが開けるのを待っていられなかったのだろう。

 シャーロットはエミリーに抱きつく勢いなので、このままでは姿の見えないディランがシャーロットと激突する。そうなれば、いろんな意味で大惨事だ。ディランはそう思って手を離そうとしたが、エミリーがディランの手を力いっぱい握ってくる。

「エミリー、離して!」

 ディランは思わず叫んだが意味がない。どうにか手を握りあったまま、魔法を使ってシャーロットを避けた。

 ディランは命の危機を脱して、大きく息を吐き出した。あのまま抱きしめられていたなら、冗談ではなくチャーリーに殺される。

「エミリー、無事ですの? ガラスが割れるすごい音がして、わたくし……」

 エミリーがディランの手を逃さないと言うように握っているので、ディランもエミリーの手を強く握リ返す。シャーロットはエミリーの無事を確かめるようにぎゅうぎゅうと抱きついていた。

 女性同士なら許されるのか、チャーリーの許容範囲が分からず、ディランが心配になるほどだ。

「ご心配おかけして申し訳ありません。私も急にガラスが割れてびっくりしてしまって……――でも、ディラン殿下に助けてもらったので大丈夫です――」

 エミリーは後半だけ、シャーロットにしか聞こえないように声を絞って言った。

「えっ!? ディラン? どこにいるのかしら?」

 エミリーの配慮は、シャーロットの大きな声で意味を無くした。シャーロットは、エミリーを離してキョロキョロと周囲を見回している。居場所を知られる心配はないのに、ディランは冷や汗をかいた。

「い、いませんよ。じょ、女子寮に入れるわけないではありませんか」

「そ、そうよね」

 シャーロットは頬を赤らめながら、エミリーに同意している。冷静になってきて、ディランを見つけたらまずいと分かったのだろう。

「わたくしとしたことが、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ。皆さん、エミリーも無事なようですし、ご自分のお部屋にお戻りになって。助けを寄越して下さったので、もう危険はありませんわ」

 シャーロットは心配そうに部屋を覗いていた女子生徒たちに向かって、優雅に声をかける。チャーリーの名前を出せば皆が安心するという咄嗟の判断だろう。もっとも、割れた窓から外を見てみると、かなりの数の兵士が動き回っているので、事実ではあるようだ。

「シンビジウムさん、カランセさんのことを頼みますね」

「ええ、任せて下さい」

 シャーロットはエミリーの代わりに寮母と話をして、自分の部屋でエミリーを保護することに決めたようだ。ガラスが割れているので、この部屋で暮らすのは難しい。新しい部屋を用意するのにも数日はかかるだろう。

「シャーロット様、ご迷惑おかけして申しわけありません。よろしくお願いします」

「気になさらないで。ゲストルームをお貸ししますわ」 

 寮母とは部屋の前で別れて3人で並んで歩く。

「茶色い毛の子犬は一緒に連れて行くのかしら? それとも、もう帰りましたの?」

 シャーロットの言葉にディランは激しく咳き込む。ディランの動揺が手から伝わったのか、エミリーがディランと繋いだ手をチラチラと気にしていた。

「やっぱり子犬も一緒ですのね」

「あの……えっと……」

(エミリーが困っているから、他の言い方にしてほしい……)

「とっても勇敢ななんですけど、一緒に連れて行ってもいいですか?」

 エミリーはシャーロットに聞きながら、ディランの意志を確かめるように繋いだ手を握り直す。懇願するような表情で探されて、ディランは繋いだ手をもう一方の手で包み込んだ。

(やっぱり、犬なんだね……)

 その辺りは納得いかないが、エミリーが許してくれるなら、今は一人にしたくない。

「わたくしは構わなくてよ。気の弱い犬だからエミリーに噛み付いたりはしないでしょう」

 シャーロットはクスクス笑っている。一言も二言も余計だが、ディランが言葉を発しても意味がないので、大人しくそのまま2人に付いていった。
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