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一章 田舎育ちの令嬢
28.兄の帰還
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数日後、ディランは学院の授業を終えて、寮にある自分の部屋の前にいた。なぜすぐに入らないのかというと、部屋の扉に違和感があるからだ。こんなことが起こるのは大抵……
「中に入って頂けませんか?」
「わぁ!!」
耳元で声をかけれれて、ディランは思わず驚きの声をあげる。ディランの真横にはチャーリーの秘密部隊の人間が気配なく立っていた。扉に気を取られている隙に距離をつめられたようだ。
とりあえず、違和感の正体は、はっきりとした。ディランは鍵のかかっていない扉をノックする。
「入れ。お前の部屋だろう?」
チャーリーの声が聞こえてきて、トーマスが扉を開けてくれる。ディランの寮の部屋では、チャーリーが自分の部屋であるかのように寛いでいた。
「兄上、おかえりなさい。いつ頃お帰りになったのですか?」
「今朝だ。まぁ、座れ」
ディランは自分の部屋なのにと思いながら、言われたとおりにチャーリーの向かいのソファに座る。ハリソンがお茶を出してくれたので、それを飲んで一息ついた。
「ディラン、どこまで調べがついた? 概ね報告は受けているが、私にも把握しきれない部分がある」
「僕の方も聞きたいことがいっぱいあるんですけど……」
やはり、チャーリーはあの時に魅了状態にはなっていなかったようだ。外交の途中で魅了が解けたのなら、こんなに平然とはしていないだろう。
(だったら、事前説明くらいしてよ)
勝手な事をしておいて悪びれもしないチャーリーに、ディランは口を尖らせる。『把握しきれない』とは、おそらく謁見室や禁書室でのことだろう。それ以外をチャーリーが知っていることは、ディランに隠す必要のない当たり前の事らしい。
「いいから早く話せ」
「話しますけど、僕の報告を聞いたら、兄上も知っていることを話してくださいよ」
「まぁ、いいだろう」
チャーリーは褒美をねだった家臣に仕方なくそれを与えるかのように言った。ディランはなんとなくイラッとしたが、面倒なので顔には出さない。
「2人に聞かせてもよろしいのですか? どこで得た情報かは知っているんですよね?」
ディランはメモを取る勢いのハリソンと、のほほんとお茶を飲んでいるトーマスに視線を走らせた。
「どうせ二度手間になるだけだ」
「兄上がそう仰るなら、このまま話しますね」
念の為、ディランは部屋に防音の魔法をかけた。秘密部隊の人間にまで聞かせるのはディランが容認できない。
チャーリーはディランの行動には言及せずに、チョコレートを食べている。ディランはそのチョコレートの箱を見て一瞬固まってしまう。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
(というか、兄上が食べているチョコレート、エミリーと入ったお店のだよね。偶然? そんなわけないか……)
ディランは気づいていなかったが、エミリーとガトーショコラを食べていたときのことも、誰かが見ていたらしい。
(聞かれて困ることは話してないからいいけど)
遠回しに知らせるんじゃなくて、はっきり言ってほしいところだが、ディランは何も言わなかった。反応を示せばチャーリーが喜ぶだけだ。
ただ、『全部知っているぞ!』という無言のメッセージは受け取ったので、ディランは王太子との会話だけ省いて何もかもをチャーリーに話した。
「なるほど、魅了の魔法の存在か」
「はい、おそらく間違いないかと」
「こちらで調べた内容からも裏付けられる。ハリソン」
チャーリーに呼ばれてハリソンが歩み出る。
「では、僭越ながら私から話をさせて頂きます」
ハリソンは優雅にお辞儀をするとチャーリーの隣に腰掛けた。チャーリーは狭くなって嫌そうな顔をしたが、ハリソンは気にしない。従順にみえて、チャーリーの扱いが時々雑になるのは幼馴染みで同級生でもあるからだ。ちなみに黙々とチョコレートを食べているトーマスは、一つ年下でディランの同級生でもある。
「私はチャーリー殿下のご指示で、エミリー嬢の調査をしておりました」
エミリーに取り巻きができたことを怪しんで、ハリソンは調査のために紛れ込んだらしい。エミリーの話とも時期が一致している。
「彼女の周囲にいる男子生徒は、魅了状態にあるとすぐに分かりました。エミリー嬢が魅惑草を使った香水や食べ物を使用している形跡はなかったので、『誘惑の秘宝』が原因であると早期から推定して動いていました」
ここまでのハリソンの説明はディランの予想通りだ。ちなみに、魅惑草とは魅了の魔法薬の原料のことだ。
「しかし、チャーリー殿下の護衛をお借りして調べてみると、『誘惑の秘宝』の可能性も否定されてしまったのです」
ハリソンはサラリと言ったが、『チャーリーの護衛』とは、秘密部隊のことだろう。大方、エミリーの風呂などを覗いて……ディランは想像してはいけないと考えて首をふった。
「これ以上の原因特定は我々には難しいと判断し、調査は中断。その後は魅了状態の解き方について調べ始めました。その結果、魅了の効果は約5日続き、その間にエミリー嬢に近づかなければ解けると確認できています。これは『誘惑の秘宝』の効果と変わらないと言って良いでしょう」
「どうやって調べたの?」
「被験者が身近にいましたので、魅了状態になったところでチャーリー殿下の護衛に預けて、色々と調べてもらいました。薬や痛みでの効果短縮はなく、自然に効果が抜けるのを待つしかないようです」
ハリソンはちらりとトーマスを見る。トーマスは、その時のことを思い出したのか顔色が悪くなっていた。
チャーリーの側近であるにも関わらず、魅了状態になったトーマスは褒められたものではない。それでも、ディランはひどい扱いを受けたであろうトーマスに同情してしまった。
「中に入って頂けませんか?」
「わぁ!!」
耳元で声をかけれれて、ディランは思わず驚きの声をあげる。ディランの真横にはチャーリーの秘密部隊の人間が気配なく立っていた。扉に気を取られている隙に距離をつめられたようだ。
とりあえず、違和感の正体は、はっきりとした。ディランは鍵のかかっていない扉をノックする。
「入れ。お前の部屋だろう?」
チャーリーの声が聞こえてきて、トーマスが扉を開けてくれる。ディランの寮の部屋では、チャーリーが自分の部屋であるかのように寛いでいた。
「兄上、おかえりなさい。いつ頃お帰りになったのですか?」
「今朝だ。まぁ、座れ」
ディランは自分の部屋なのにと思いながら、言われたとおりにチャーリーの向かいのソファに座る。ハリソンがお茶を出してくれたので、それを飲んで一息ついた。
「ディラン、どこまで調べがついた? 概ね報告は受けているが、私にも把握しきれない部分がある」
「僕の方も聞きたいことがいっぱいあるんですけど……」
やはり、チャーリーはあの時に魅了状態にはなっていなかったようだ。外交の途中で魅了が解けたのなら、こんなに平然とはしていないだろう。
(だったら、事前説明くらいしてよ)
勝手な事をしておいて悪びれもしないチャーリーに、ディランは口を尖らせる。『把握しきれない』とは、おそらく謁見室や禁書室でのことだろう。それ以外をチャーリーが知っていることは、ディランに隠す必要のない当たり前の事らしい。
「いいから早く話せ」
「話しますけど、僕の報告を聞いたら、兄上も知っていることを話してくださいよ」
「まぁ、いいだろう」
チャーリーは褒美をねだった家臣に仕方なくそれを与えるかのように言った。ディランはなんとなくイラッとしたが、面倒なので顔には出さない。
「2人に聞かせてもよろしいのですか? どこで得た情報かは知っているんですよね?」
ディランはメモを取る勢いのハリソンと、のほほんとお茶を飲んでいるトーマスに視線を走らせた。
「どうせ二度手間になるだけだ」
「兄上がそう仰るなら、このまま話しますね」
念の為、ディランは部屋に防音の魔法をかけた。秘密部隊の人間にまで聞かせるのはディランが容認できない。
チャーリーはディランの行動には言及せずに、チョコレートを食べている。ディランはそのチョコレートの箱を見て一瞬固まってしまう。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
(というか、兄上が食べているチョコレート、エミリーと入ったお店のだよね。偶然? そんなわけないか……)
ディランは気づいていなかったが、エミリーとガトーショコラを食べていたときのことも、誰かが見ていたらしい。
(聞かれて困ることは話してないからいいけど)
遠回しに知らせるんじゃなくて、はっきり言ってほしいところだが、ディランは何も言わなかった。反応を示せばチャーリーが喜ぶだけだ。
ただ、『全部知っているぞ!』という無言のメッセージは受け取ったので、ディランは王太子との会話だけ省いて何もかもをチャーリーに話した。
「なるほど、魅了の魔法の存在か」
「はい、おそらく間違いないかと」
「こちらで調べた内容からも裏付けられる。ハリソン」
チャーリーに呼ばれてハリソンが歩み出る。
「では、僭越ながら私から話をさせて頂きます」
ハリソンは優雅にお辞儀をするとチャーリーの隣に腰掛けた。チャーリーは狭くなって嫌そうな顔をしたが、ハリソンは気にしない。従順にみえて、チャーリーの扱いが時々雑になるのは幼馴染みで同級生でもあるからだ。ちなみに黙々とチョコレートを食べているトーマスは、一つ年下でディランの同級生でもある。
「私はチャーリー殿下のご指示で、エミリー嬢の調査をしておりました」
エミリーに取り巻きができたことを怪しんで、ハリソンは調査のために紛れ込んだらしい。エミリーの話とも時期が一致している。
「彼女の周囲にいる男子生徒は、魅了状態にあるとすぐに分かりました。エミリー嬢が魅惑草を使った香水や食べ物を使用している形跡はなかったので、『誘惑の秘宝』が原因であると早期から推定して動いていました」
ここまでのハリソンの説明はディランの予想通りだ。ちなみに、魅惑草とは魅了の魔法薬の原料のことだ。
「しかし、チャーリー殿下の護衛をお借りして調べてみると、『誘惑の秘宝』の可能性も否定されてしまったのです」
ハリソンはサラリと言ったが、『チャーリーの護衛』とは、秘密部隊のことだろう。大方、エミリーの風呂などを覗いて……ディランは想像してはいけないと考えて首をふった。
「これ以上の原因特定は我々には難しいと判断し、調査は中断。その後は魅了状態の解き方について調べ始めました。その結果、魅了の効果は約5日続き、その間にエミリー嬢に近づかなければ解けると確認できています。これは『誘惑の秘宝』の効果と変わらないと言って良いでしょう」
「どうやって調べたの?」
「被験者が身近にいましたので、魅了状態になったところでチャーリー殿下の護衛に預けて、色々と調べてもらいました。薬や痛みでの効果短縮はなく、自然に効果が抜けるのを待つしかないようです」
ハリソンはちらりとトーマスを見る。トーマスは、その時のことを思い出したのか顔色が悪くなっていた。
チャーリーの側近であるにも関わらず、魅了状態になったトーマスは褒められたものではない。それでも、ディランはひどい扱いを受けたであろうトーマスに同情してしまった。
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