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60.失われた宝石
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クラウディアはその日のうちにタライロン公爵家での生活を始めた。一度は暮らしていた屋敷だ。緊張より帰って来たという安心感の方が強い。
アルフレートの手荒れが治ったり、ディータのリハビリがはじまったり。一つ一つ日常が戻って来る過程で、アルフレートが暗い顔をすることも減っていった。戦争の傷は残り続けるのかもしれないが、クラウディアはただアルフレートに寄り添い続けるだけだ。
前公爵夫婦はしばらく王都に滞在していたが、アルフレートをよろしくと言って領地に帰ってしまった。それからアルフレートは、公爵の仕事を一人でこなしている。もちろん、侍従はたくさんいて、指示を出すアルフレートは格好良い。王宮で会議があったり忙しそうだが、クラウディアの知る学園時代よりは余裕がありそうだ。
「自分が当時どれだけ背伸びしてたか分かるよ。今なら、あんなふうになる前に誰かに頼ってる」
アルフレートは反省を口にするが、あの時はどんなに上手くこなしていても、追い詰められるまでさらに仕事を増やされただけだったと思う。当時の状況はクラウディアを引き離す意図があったことは冷静になれば明白だ。
「今だって、わたくしの事を頼って良いのよ」
「いつだって、頼りにしてるよ」
そんな会話もあり、クラウディアはアルフレートの仕事を手伝う気でいた。しかし、前公爵夫人からアルフレートの妻としての仕事を引き継ぎ、逆にクラウディアの方が一杯一杯になってアルフレートに手伝ってもらっている。アルフレートは頼ると嬉しそうな顔をするが、忙しいのに手伝わせるのは申し訳ないし正直に言うと悔しい。
……
「クラウディアに頼みがあるんだ」
ある日、クラウディアが夫婦の寝室でアルフレートの手にハンドクリームを塗っていると、そんなふうに切り出された。
「ちょっと、待ってちょうだい。塗り終わったら聞くわ」
仕事を頑張る大きな手を労る時間は、クラウディアにとって大切で幸せな時間だ。最初は困っていたアルフレートも、最近では寝室に入ると自然に手を出してくれる。相手がアルフレートでも邪魔されたくない。
「それで? 何かしら?」
クラウディアは、しっとりと触り心地の良くなったアルフレートの手に満足して問いかける。アルフレートはなんだか緊張した雰囲気を醸し出していた。のんびりハンドクリームを塗っている場合ではなかったと、クラウディアは密かに反省する。
「このネックレスに闇魔法を入れてほしいんだ」
アルフレートがクラウディアに見せたのは、見覚えのあるネックレスだった。クラウディアが光魔法で小さくなって間もない頃、聖女カタリーナと対峙するアルフレートのためにディータに手伝ってもらって作ったものだ。アルフレートに危険が狭ったとき、防御膜が発動するようになっていた。
「ネックレスになんで闇魔法が入っていないのか、聞いても良いかしら?」
防御魔法が使われて、宝石が蒸発するように無くなったから。それ以外の理由をクラウディアは知らない。きっと、今輝いている宝石は修復時に新しく用意したものなのだろう。
「ああ。ずっと言えなくてごめん。クラウディアに心配をかけたくなかったんだ。今なら冷静に話せそうだと思ったんだが、クラウディアは聞けそうか?」
「ええ、平気よ」
クラウディアは一人で座って聞くのは不安で、隣に座るアルフレートにぎゅっと抱きつく。今がアルフレートを支えるべきときなのに、また甘えてしまっている。これでは良くないと不安になってアルフレートの顔を見ると、なんだか嬉しそうに見つめ返されて複雑な気分になった。
「クラウディアはそのままで良いよ」
「わたくしは何も言ってないわよ」
複雑な感情まで正確に読み取られて、つい返事が冷たくなる。そんな行動に出てもアルフレートは小さく笑うだけなので、長い付き合いなのが良いのか悪いのか分からない。
「言ってなかったか?」
アルフレートは惚けながらクラウディアを抱き上げて自分の膝の上に座らせる。最近のアルフレートは二人きりになるとすぐにこうしたがる。『子供じゃない』と抗議したが、『子供じゃないから良いんだ』と返されて、本当は嫌ではないクラウディアは拒否できなくなっている。
「誤解するなよ。宝石が昇華するほどの攻撃は受けていない。前の宝石に亀裂が走っていたから、交換して保管してあるだけだ」
アルフレートはそんな前置きをしてから話し始めた。語られたのは、クラウディアの知らなかった戦場での話だ。
「戦争も終盤に差し掛かった頃、敵の奇襲にあった。ディータが前線で倒れているのを見て、俺は慌ててしまったんだ」
クラウディアはアルフレートに身体を預けて、話に耳を傾ける。
「敵の攻撃を防げないと思ったとき、このネックレスの防御が発動した」
緩んだ雰囲気のままサラリと語られたのは、予想通りアルフレートの危機についてだった。どの程度の攻撃を受けたのかは分からないが、『誤解』ではないと思う。アルフレートが無事でクラウディアのそばに居る奇跡に改めて感謝する。
「アルフレートの役に立てたなら良かったわ」
「ああ……」
クラウディアはもっと詳しく知りたかったが、アルフレートに話す気がないなら聞くべきではないと黙って闇魔法をネックレスの宝石に入れていく。魔女のギーゼラのもとで修行したからか、記憶よりも早く宝石に魔法を入れ込むことが出来た。そばにアルフレートがいるので、当時よりも想いの籠もった魔道具ができたと思う。出来れば、発動する日が来ないことを願う。
「アル、私もお願いしたい物があるの。取ってきて良い?」
「ああ、良いよ」
クラウディアは自分専用の部屋に行って、侍女に貴重品を入れた箱を出してもらった。その中に仕舞ってあったブレスレットを手にとって、アルフレートの待つ寝室に戻る。
つい、アルフレートの膝の上に戻ってしまって、満面の笑みを向けられる。クラウディアは自分の無意識の行動に顔を赤くした。
アルフレートの手荒れが治ったり、ディータのリハビリがはじまったり。一つ一つ日常が戻って来る過程で、アルフレートが暗い顔をすることも減っていった。戦争の傷は残り続けるのかもしれないが、クラウディアはただアルフレートに寄り添い続けるだけだ。
前公爵夫婦はしばらく王都に滞在していたが、アルフレートをよろしくと言って領地に帰ってしまった。それからアルフレートは、公爵の仕事を一人でこなしている。もちろん、侍従はたくさんいて、指示を出すアルフレートは格好良い。王宮で会議があったり忙しそうだが、クラウディアの知る学園時代よりは余裕がありそうだ。
「自分が当時どれだけ背伸びしてたか分かるよ。今なら、あんなふうになる前に誰かに頼ってる」
アルフレートは反省を口にするが、あの時はどんなに上手くこなしていても、追い詰められるまでさらに仕事を増やされただけだったと思う。当時の状況はクラウディアを引き離す意図があったことは冷静になれば明白だ。
「今だって、わたくしの事を頼って良いのよ」
「いつだって、頼りにしてるよ」
そんな会話もあり、クラウディアはアルフレートの仕事を手伝う気でいた。しかし、前公爵夫人からアルフレートの妻としての仕事を引き継ぎ、逆にクラウディアの方が一杯一杯になってアルフレートに手伝ってもらっている。アルフレートは頼ると嬉しそうな顔をするが、忙しいのに手伝わせるのは申し訳ないし正直に言うと悔しい。
……
「クラウディアに頼みがあるんだ」
ある日、クラウディアが夫婦の寝室でアルフレートの手にハンドクリームを塗っていると、そんなふうに切り出された。
「ちょっと、待ってちょうだい。塗り終わったら聞くわ」
仕事を頑張る大きな手を労る時間は、クラウディアにとって大切で幸せな時間だ。最初は困っていたアルフレートも、最近では寝室に入ると自然に手を出してくれる。相手がアルフレートでも邪魔されたくない。
「それで? 何かしら?」
クラウディアは、しっとりと触り心地の良くなったアルフレートの手に満足して問いかける。アルフレートはなんだか緊張した雰囲気を醸し出していた。のんびりハンドクリームを塗っている場合ではなかったと、クラウディアは密かに反省する。
「このネックレスに闇魔法を入れてほしいんだ」
アルフレートがクラウディアに見せたのは、見覚えのあるネックレスだった。クラウディアが光魔法で小さくなって間もない頃、聖女カタリーナと対峙するアルフレートのためにディータに手伝ってもらって作ったものだ。アルフレートに危険が狭ったとき、防御膜が発動するようになっていた。
「ネックレスになんで闇魔法が入っていないのか、聞いても良いかしら?」
防御魔法が使われて、宝石が蒸発するように無くなったから。それ以外の理由をクラウディアは知らない。きっと、今輝いている宝石は修復時に新しく用意したものなのだろう。
「ああ。ずっと言えなくてごめん。クラウディアに心配をかけたくなかったんだ。今なら冷静に話せそうだと思ったんだが、クラウディアは聞けそうか?」
「ええ、平気よ」
クラウディアは一人で座って聞くのは不安で、隣に座るアルフレートにぎゅっと抱きつく。今がアルフレートを支えるべきときなのに、また甘えてしまっている。これでは良くないと不安になってアルフレートの顔を見ると、なんだか嬉しそうに見つめ返されて複雑な気分になった。
「クラウディアはそのままで良いよ」
「わたくしは何も言ってないわよ」
複雑な感情まで正確に読み取られて、つい返事が冷たくなる。そんな行動に出てもアルフレートは小さく笑うだけなので、長い付き合いなのが良いのか悪いのか分からない。
「言ってなかったか?」
アルフレートは惚けながらクラウディアを抱き上げて自分の膝の上に座らせる。最近のアルフレートは二人きりになるとすぐにこうしたがる。『子供じゃない』と抗議したが、『子供じゃないから良いんだ』と返されて、本当は嫌ではないクラウディアは拒否できなくなっている。
「誤解するなよ。宝石が昇華するほどの攻撃は受けていない。前の宝石に亀裂が走っていたから、交換して保管してあるだけだ」
アルフレートはそんな前置きをしてから話し始めた。語られたのは、クラウディアの知らなかった戦場での話だ。
「戦争も終盤に差し掛かった頃、敵の奇襲にあった。ディータが前線で倒れているのを見て、俺は慌ててしまったんだ」
クラウディアはアルフレートに身体を預けて、話に耳を傾ける。
「敵の攻撃を防げないと思ったとき、このネックレスの防御が発動した」
緩んだ雰囲気のままサラリと語られたのは、予想通りアルフレートの危機についてだった。どの程度の攻撃を受けたのかは分からないが、『誤解』ではないと思う。アルフレートが無事でクラウディアのそばに居る奇跡に改めて感謝する。
「アルフレートの役に立てたなら良かったわ」
「ああ……」
クラウディアはもっと詳しく知りたかったが、アルフレートに話す気がないなら聞くべきではないと黙って闇魔法をネックレスの宝石に入れていく。魔女のギーゼラのもとで修行したからか、記憶よりも早く宝石に魔法を入れ込むことが出来た。そばにアルフレートがいるので、当時よりも想いの籠もった魔道具ができたと思う。出来れば、発動する日が来ないことを願う。
「アル、私もお願いしたい物があるの。取ってきて良い?」
「ああ、良いよ」
クラウディアは自分専用の部屋に行って、侍女に貴重品を入れた箱を出してもらった。その中に仕舞ってあったブレスレットを手にとって、アルフレートの待つ寝室に戻る。
つい、アルフレートの膝の上に戻ってしまって、満面の笑みを向けられる。クラウディアは自分の無意識の行動に顔を赤くした。
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