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1.プロローグ

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 ドラード王国の王都の端には、小さな孤児院がある。今はちょうど夕食時で、食堂には多くの子どもたちが集まっていた。具の少ないスープと固いパンだけの食卓だが、子どもたちには笑顔が溢れている。

 そんな中に一人だけ暗い顔をした少女が混ざっていた。目の前に置かれた食事にも手を付けず、ぼんやりと座っている。

「クララ。少しだけでも良いから食べなさい」

 世話係の修道女が見かねて声をかけると、クララは憂いを帯びた笑顔で頷いた。

 生い立ちが複雑な者の多い孤児の中でも、クララは異質だ。

 透き通るような白い肌に、真っ赤に輝く美しい長い髪。孤児院で用意した服が合わず肌は荒れ、髪の艶も失われてしまったが、育ちが良いのは明らかだ。

 スープを口にする動作だけでも、気品が溢れている。

「迎えが来ると良いのだけれど……」

 修道女は、クララを見守りながら呟いた。近くにいた他の修道女も同意するように頷く。

「クララには厳しい環境みたいだものね。何とかしてあげたいけれど……」

 クララがここでの暮らしに文句を言ったことはない。ただ、修道女やここにいる子供たちが普通に食べている食事でも、すぐに体調を崩してしまうのだ。きっと、貴族令嬢として衛生状態の良い環境で暮らしてきたのだろう。

 子供の多い孤児院でも十分気をつけているが、貴族の生活とは何もかもが異なる。今は火をよく通したものだけを食べさせているが、それでも体調が優れない事が多いようだ。

 この孤児院は、王女の婚約者でもあるタライロン公爵からの手厚い支援を受けている。ここにいる子は、親のいる貧しい家庭の子より良い生活を送っているのだ。それゆえに、クララに同情はしてもこれ以上の環境を用意することは、修道女たちには難しい。

「クララが落ち着くまで待ちましょう。話が聞ければ、何か手助けできるかもしれないわ」

 クララが孤児院に助けを求めるようにやってきてから五日。修道女たちは根気よく問いかけているが、何かに怯えた様子のクララは、名前以外の情報を何も話してくれていない。

「そうよね。待つしかないわ」

 複雑な事情があるなら、迂闊に動くとクララのためにならない。修道女たちはクララを気遣うように見てから、それぞれの仕事に戻っていった。

 
 ……


 修道女たちにクララと呼ばれる少女は、味の薄いスープを喉に必死で流し込んでいた。過酷な生活に疲れ果てて食欲などなかったが、子供たちの大切な食事を分けてもらっているのだ。手をつけてしまったからには残すわけにはいかない。

 今は十にも満たない子供の姿をしているが、本当は市井なら働いていてもおかしくない十四歳。孤児院に保護してもらえる年齢でもない。

 修道女たちは名前しか聞けていないと思っているが、クララと言う名前も咄嗟に考えた偽名だ。

 彼女の本当の名はクラウディア・ドラード。ドラード王と亡くなった正妃の間に生まれた第二王女である。

 では、なぜ王女であるクラウディアが本来より幼い姿で孤児院にいるのか?

 それはまだ明るみになっていないある事件が発端だった。
 
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