33 / 44
第33話 特別な加護
しおりを挟む
「どうだった? やっぱり、格好良かったか?」
私がぼんやりとしていると、いつの間にかアランが戻ってきていた。心配そうに見つめられて、慌てて笑顔を作る。
私がいる場所を考えれば、玄関での様子を覗いていたことは明らかだ。
「ごめんね。アランのことは見ていなかったの」
私は誤魔化しようがないので、正直に謝罪する。
「いや、俺じゃなくて……」
アランが言い淀んだことで、ようやく言葉の意味を理解した。私はアランの推察どおり攻略対象者を観察していたわけだが、容姿なんて気にもしていなかった。そういえば、あの中には私がアランに攻略すると宣言していた騎士団長の息子と魔導師団長の息子もいた。アランが気にしてくれていたと思うと嬉しい。
「今度会ったら、よく見て報告するね」
私は頬が緩むのを抑えきれなくて、アランに抱きついた。躊躇なく甘えられる関係に幸せを噛みしめる。
「よく見なくて良いよ」
アランは呆れたように言ったが、当たり前のように抱きしめ返してくれる。アランの腕の中から見上げると、先程まで強張っていた顔に微笑みが浮かんでいた。
「王子たちは何のようだったの?」
アランの顔を曇らせたくなかったが聞かないわけにもいかない。私は朝食の準備に取り掛かりながら、話を攻略対象者に戻す。
「俺には何も言わなかったよ。午後に出直して来るらしいが大丈夫か? 追い返せなくてごめんな」
アランが殺気を本気で放てば、彼らを簡単に祖国へ追い返せた気がする。私が会いたいと思っている可能性を考えて、強引な手を使わなかっただけなのだろう。
「気にしなくて良いわ。この国は平等とはいえ、相手は王子だもの。追い返して騒がれたら、この街に居づらくなっちゃう」
私はそのことには敢えて触れなかった。ホッとしたようなアランの顔を見れば、その判断は間違っていない気がする。アランが私の気持ちを信じられるように、これからはちゃんと気持ちを伝えようと思う。
「昨日のうちに押しかけて来なかったのは、テレーゼさんが頑張ってくれたおかげかもしれないわね」
私は早々に話を反らして、作りおきのスープを鍋にかける。
冒険者ギルドには守秘義務がある。夜に押しかけるのは申し訳ないとか、そういう配慮が彼らにあるとも思えない。私の居場所は朝になって、出発前の冒険者から上手く聞き出したのだろう。
「そもそも、どうしてこの街にジャンヌがいるって分かったんだ?」
「たぶん、この街に落ち着くまで監視されてたんだと思う。私、アランみたいに人の気配を探るとか出来ないもの」
私は生まれ育った街から悪役執事の部下に付けられていた事をアランに説明した。隠していた訳では無いが、あまり思い出したくなくて伝えていなかった。
「あいつら……」
アランが魔法で焼いているハムエッグを見つめたまま殺気立つ。フライパンがミシミシと鳴っているのを聞いて、私はアランの腕にそっと触れた。アランは恥ずかしそうに笑って、少し焦げたハムエッグをお皿に盛る。
「そういえば、アランはどうして私の居場所が分かったの? ブリスさんには国境を越えたときに連絡したけど、その後の動向は知らせていないわよ?」
心配しているだろうと冒険者ギルドを通じて地元には一度だけ連絡していた。ただ、巻き込んでしまう可能性を考えて、その後の移動先はあやふやにしてあった。
「ジャンヌは、この街の冒険者ギルドに『聖女の花』を依頼したんだろう? 何代か前の聖女様の末裔で、祖国で『聖女の花』の管理をしている男性が教えてくれたんだ。ジャンヌが一人で暮らしているかもしれないからって心配していたぞ」
「そう」
冒険者ギルドを通じて手に入れた『聖女の花』に添えてあった手紙を思い出す。その送り主が聖女の末裔だったことは初耳だ。今度、お礼の手紙を出そうと思う。
「勘違いするなよ。彼は俺にしかジャンヌの居場所を話していないと思う」
聖女の末裔の男性はアランに会ってすぐに、かけられた私の加護に気づいたようだ。そのため、私を助けたいと言ったアランを信じ、特別に教えてくれたらしい。私が『聖女の花』を欲したときにも、聖女の力で作った治癒薬との交換が条件だった。慎重な人なのだろう。
「でも、加護って魔石を媒介しないと一日で消えてしまうわよね。図書館の本にもそう書いてあったわよ」
私は網の上にパンを並べて焼きながら、祖国にいた頃のことを思い出す。アランに関しては毎日一緒にいたので分からないが、他の人に加護をかけたときには次に会ったときには消えていたと思う。
「知ってる。でも、遠隔で加護がかけられる聖女は過去にもいたらしいぞ」
聖女の花から一番近い街には、そんな情報も残されていたらしい。王都以上に聖女の情報が豊富だ。そういえば、聖女の花の使い方も王都の図書館には詳細が書かれていなかった。過去の聖女は、後に現れる同胞を政治の駒にされないように考えてくれたのかもしれない。
「ジャンヌ、加護をかけてくれてありがとう」
「お礼なんていらないわ。無意識だったんだもん」
「そうか、無意識か……」
アランが噛みしめるように言って照れたように微笑む。
聖女の末裔の男性は、私がアランに抱く感情を当時のアラン以上に見抜いていたのかもしれない。私は赤くなった頬を隠すようにアランに背を向けた。テーブルの上で温めたスープを取り分けていると、アランが焼き上がったパンを運んでくる。
「それじゃあ、冷めないうちに食べるか」
「うん」
アランの座る位置がいつもより近い。なんとも言えない甘い雰囲気のまま、遅めの朝食となった。
私がぼんやりとしていると、いつの間にかアランが戻ってきていた。心配そうに見つめられて、慌てて笑顔を作る。
私がいる場所を考えれば、玄関での様子を覗いていたことは明らかだ。
「ごめんね。アランのことは見ていなかったの」
私は誤魔化しようがないので、正直に謝罪する。
「いや、俺じゃなくて……」
アランが言い淀んだことで、ようやく言葉の意味を理解した。私はアランの推察どおり攻略対象者を観察していたわけだが、容姿なんて気にもしていなかった。そういえば、あの中には私がアランに攻略すると宣言していた騎士団長の息子と魔導師団長の息子もいた。アランが気にしてくれていたと思うと嬉しい。
「今度会ったら、よく見て報告するね」
私は頬が緩むのを抑えきれなくて、アランに抱きついた。躊躇なく甘えられる関係に幸せを噛みしめる。
「よく見なくて良いよ」
アランは呆れたように言ったが、当たり前のように抱きしめ返してくれる。アランの腕の中から見上げると、先程まで強張っていた顔に微笑みが浮かんでいた。
「王子たちは何のようだったの?」
アランの顔を曇らせたくなかったが聞かないわけにもいかない。私は朝食の準備に取り掛かりながら、話を攻略対象者に戻す。
「俺には何も言わなかったよ。午後に出直して来るらしいが大丈夫か? 追い返せなくてごめんな」
アランが殺気を本気で放てば、彼らを簡単に祖国へ追い返せた気がする。私が会いたいと思っている可能性を考えて、強引な手を使わなかっただけなのだろう。
「気にしなくて良いわ。この国は平等とはいえ、相手は王子だもの。追い返して騒がれたら、この街に居づらくなっちゃう」
私はそのことには敢えて触れなかった。ホッとしたようなアランの顔を見れば、その判断は間違っていない気がする。アランが私の気持ちを信じられるように、これからはちゃんと気持ちを伝えようと思う。
「昨日のうちに押しかけて来なかったのは、テレーゼさんが頑張ってくれたおかげかもしれないわね」
私は早々に話を反らして、作りおきのスープを鍋にかける。
冒険者ギルドには守秘義務がある。夜に押しかけるのは申し訳ないとか、そういう配慮が彼らにあるとも思えない。私の居場所は朝になって、出発前の冒険者から上手く聞き出したのだろう。
「そもそも、どうしてこの街にジャンヌがいるって分かったんだ?」
「たぶん、この街に落ち着くまで監視されてたんだと思う。私、アランみたいに人の気配を探るとか出来ないもの」
私は生まれ育った街から悪役執事の部下に付けられていた事をアランに説明した。隠していた訳では無いが、あまり思い出したくなくて伝えていなかった。
「あいつら……」
アランが魔法で焼いているハムエッグを見つめたまま殺気立つ。フライパンがミシミシと鳴っているのを聞いて、私はアランの腕にそっと触れた。アランは恥ずかしそうに笑って、少し焦げたハムエッグをお皿に盛る。
「そういえば、アランはどうして私の居場所が分かったの? ブリスさんには国境を越えたときに連絡したけど、その後の動向は知らせていないわよ?」
心配しているだろうと冒険者ギルドを通じて地元には一度だけ連絡していた。ただ、巻き込んでしまう可能性を考えて、その後の移動先はあやふやにしてあった。
「ジャンヌは、この街の冒険者ギルドに『聖女の花』を依頼したんだろう? 何代か前の聖女様の末裔で、祖国で『聖女の花』の管理をしている男性が教えてくれたんだ。ジャンヌが一人で暮らしているかもしれないからって心配していたぞ」
「そう」
冒険者ギルドを通じて手に入れた『聖女の花』に添えてあった手紙を思い出す。その送り主が聖女の末裔だったことは初耳だ。今度、お礼の手紙を出そうと思う。
「勘違いするなよ。彼は俺にしかジャンヌの居場所を話していないと思う」
聖女の末裔の男性はアランに会ってすぐに、かけられた私の加護に気づいたようだ。そのため、私を助けたいと言ったアランを信じ、特別に教えてくれたらしい。私が『聖女の花』を欲したときにも、聖女の力で作った治癒薬との交換が条件だった。慎重な人なのだろう。
「でも、加護って魔石を媒介しないと一日で消えてしまうわよね。図書館の本にもそう書いてあったわよ」
私は網の上にパンを並べて焼きながら、祖国にいた頃のことを思い出す。アランに関しては毎日一緒にいたので分からないが、他の人に加護をかけたときには次に会ったときには消えていたと思う。
「知ってる。でも、遠隔で加護がかけられる聖女は過去にもいたらしいぞ」
聖女の花から一番近い街には、そんな情報も残されていたらしい。王都以上に聖女の情報が豊富だ。そういえば、聖女の花の使い方も王都の図書館には詳細が書かれていなかった。過去の聖女は、後に現れる同胞を政治の駒にされないように考えてくれたのかもしれない。
「ジャンヌ、加護をかけてくれてありがとう」
「お礼なんていらないわ。無意識だったんだもん」
「そうか、無意識か……」
アランが噛みしめるように言って照れたように微笑む。
聖女の末裔の男性は、私がアランに抱く感情を当時のアラン以上に見抜いていたのかもしれない。私は赤くなった頬を隠すようにアランに背を向けた。テーブルの上で温めたスープを取り分けていると、アランが焼き上がったパンを運んでくる。
「それじゃあ、冷めないうちに食べるか」
「うん」
アランの座る位置がいつもより近い。なんとも言えない甘い雰囲気のまま、遅めの朝食となった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆
白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』
女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。
それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、
愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ!
彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます!
異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆
《完結しました》
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
【完結】悪役令嬢になるはずだった令嬢の観察日記
かのん
恋愛
こちらの小説は、皇女は当て馬令息に恋をする、の、とある令嬢が記す、観察日記となります。
作者が書きたくなってしまった物語なので、お時間があれば読んでいただけたら幸いです。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる