20 / 44
第20話 新たな暮らし
しおりを挟む
私はいくつかの街を渡り歩き、故郷に雰囲気の似た街に落ち着いた。移住して一年が経った頃からは、冒険者ギルドの勧めで光魔導師が数年前まで暮らしていた一軒家を借りて住んでいる。冒険者として魔獣と対峙することはなく、治癒薬の販売と、ギルドから紹介があった人物の治療が主な仕事だ。
この街に住み始めてすぐの頃にはビクビクしていたが、襲撃を受けることもなく、警戒はしつつも暮らしは穏やかだ。
ドンドンドン
「はーい! 今、行きます!」
二階の居住スペースでお茶を飲んでいると、一階の玄関を叩く音が聴こえてくる。知り合いもほとんどいないので、私の家の扉が叩かれるのは急患が来たときくらいだ。私は急いで階段を降りて扉を開き、一階の診療所スペースに入った。明かりを付けて診察用のベッドの横を通り玄関の扉を開ける。
「お待たせ致しました」
「聖女様ですね。お話があるのですが、よろしいですか?」
玄関前にいたのは女神を信仰する神殿の神官だった。眼の前に立つ三人の男性に怪我をしている様子はない。
神殿の者に会うのは、アランが魔法契約を結んだとき以来だ。私は失礼だとは思いつつ三人を観察する。
真ん中に立つ老齢の男性は祖国の神官と同じ衣装を着ている。神殿内でそれなりの立場にある人間なのだろう。後ろに控える二人の若い男性は、衣装から見習いであると推測できた。
「私は治癒魔法が得意なだけで、聖女様と呼んで頂けるような人間ではありません」
「あなたがそう仰るなら、そういうことにしておきましょう」
老齢の神官は優しい微笑みを浮かべている。いかにも私益を捨てて神に仕える者の慈悲深い笑顔だが、なぜか背中がヒヤリとした。
この人たちを信じて良いのだろうか? せっかちな私は、その答えを知る手っ取り早い方法を取ることにした。
「……とにかく、中に入って下さい」
私は扉を大きく開けて診療所の中へと促す。
「聖女様、我々が入れるように加護を解除して下さいますかな?」
老齢の神官が落ち着いた笑顔で私を見つめる。一般の人は何も感じずに通過する扉だが、私の敵となりうる人間は入れないように加護がかけられている。ちなみに二階に上がれるのは私が心を許した者だけだ。
「私の害にならなければ入れるはずですよ?」
老齢の神官は眉を少し動かしただけだったが、後ろの見習い男性のうち一人が気不味そうに視線を彷徨わせた。神官は思案する様子を見せたので、完全に敵対する気で訪れたわけではないのかもしれない。ただ、疚しいところがあることは確かだろう。
「どうやら、警戒心の強い方のようですな。それでは外で話しませんか?」
「入れないなら、この場で要件を言って頂けますか?」
私としては今すぐ帰ってもらいたいが、納得してもらえないと外出時に待ち伏せされる可能性もある。
この者たちとは関係ないが、ヒロインが神官を選んで攻略した場合には、派閥の違う老齢の神官が敵となる。神に遣える神官だからと言う理由だけで犯罪まがいのことをしないとは言い切れない。
しかも、私がヒロインとして男爵に引き取られていたなら、ゲームの本編が始まる始業式まで一ヶ月と迫っている。よくある小説のように何か強制的にゲームのシナリオに戻される可能性も考えてしまい、どうしても慎重になってしまう。
「椅子を持ってきますね」
私は黙って悩み出した神官を横目に、患者家族用の丸椅子を運ぶことにした。
この街に住み始めてすぐの頃にはビクビクしていたが、襲撃を受けることもなく、警戒はしつつも暮らしは穏やかだ。
ドンドンドン
「はーい! 今、行きます!」
二階の居住スペースでお茶を飲んでいると、一階の玄関を叩く音が聴こえてくる。知り合いもほとんどいないので、私の家の扉が叩かれるのは急患が来たときくらいだ。私は急いで階段を降りて扉を開き、一階の診療所スペースに入った。明かりを付けて診察用のベッドの横を通り玄関の扉を開ける。
「お待たせ致しました」
「聖女様ですね。お話があるのですが、よろしいですか?」
玄関前にいたのは女神を信仰する神殿の神官だった。眼の前に立つ三人の男性に怪我をしている様子はない。
神殿の者に会うのは、アランが魔法契約を結んだとき以来だ。私は失礼だとは思いつつ三人を観察する。
真ん中に立つ老齢の男性は祖国の神官と同じ衣装を着ている。神殿内でそれなりの立場にある人間なのだろう。後ろに控える二人の若い男性は、衣装から見習いであると推測できた。
「私は治癒魔法が得意なだけで、聖女様と呼んで頂けるような人間ではありません」
「あなたがそう仰るなら、そういうことにしておきましょう」
老齢の神官は優しい微笑みを浮かべている。いかにも私益を捨てて神に仕える者の慈悲深い笑顔だが、なぜか背中がヒヤリとした。
この人たちを信じて良いのだろうか? せっかちな私は、その答えを知る手っ取り早い方法を取ることにした。
「……とにかく、中に入って下さい」
私は扉を大きく開けて診療所の中へと促す。
「聖女様、我々が入れるように加護を解除して下さいますかな?」
老齢の神官が落ち着いた笑顔で私を見つめる。一般の人は何も感じずに通過する扉だが、私の敵となりうる人間は入れないように加護がかけられている。ちなみに二階に上がれるのは私が心を許した者だけだ。
「私の害にならなければ入れるはずですよ?」
老齢の神官は眉を少し動かしただけだったが、後ろの見習い男性のうち一人が気不味そうに視線を彷徨わせた。神官は思案する様子を見せたので、完全に敵対する気で訪れたわけではないのかもしれない。ただ、疚しいところがあることは確かだろう。
「どうやら、警戒心の強い方のようですな。それでは外で話しませんか?」
「入れないなら、この場で要件を言って頂けますか?」
私としては今すぐ帰ってもらいたいが、納得してもらえないと外出時に待ち伏せされる可能性もある。
この者たちとは関係ないが、ヒロインが神官を選んで攻略した場合には、派閥の違う老齢の神官が敵となる。神に遣える神官だからと言う理由だけで犯罪まがいのことをしないとは言い切れない。
しかも、私がヒロインとして男爵に引き取られていたなら、ゲームの本編が始まる始業式まで一ヶ月と迫っている。よくある小説のように何か強制的にゲームのシナリオに戻される可能性も考えてしまい、どうしても慎重になってしまう。
「椅子を持ってきますね」
私は黙って悩み出した神官を横目に、患者家族用の丸椅子を運ぶことにした。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆
白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』
女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。
それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、
愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ!
彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます!
異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆
《完結しました》
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
【完結】悪役令嬢になるはずだった令嬢の観察日記
かのん
恋愛
こちらの小説は、皇女は当て馬令息に恋をする、の、とある令嬢が記す、観察日記となります。
作者が書きたくなってしまった物語なので、お時間があれば読んでいただけたら幸いです。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる