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おまけ
中庭の木
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12歳のジェラルドには悩みがあった。
無理やり押し付けられたアメリアの好きな小説に書いてあったのだが、異性として想い合う相手とは必ず口づけをするものらしい。
小説の中の皇太子殿下は婚約者とは結婚前なのだからとふしだらなことはしていなかった。令嬢に結婚前に口づけするなど良いことではない。これが貴族としての常識だ。
だから、ジェラルドだってアメリアに口づけなどした事がなかった。家庭教師からもどんなに仲良くなったとしても結婚するまでは節度ある距離を保つよう口を酸っぱくして言われている。
しかし、小説の皇太子殿下はヒロインと恋人になる前から木の下で口づけを交わしていた。甘い言葉を浴びせながら物語の山場と言われる時には必ず口づけを交わす。
アメリアはこの小説が好きなのだ。しかもヒロインの容姿から考えるとアメリアはヒロインに憧れているのだろう。
ジェラルドにアメリア以外の恋人が現れる事など今後も絶対にありえない。でも、アメリアはどうだろう。
人懐っこくてかわいいアメリアを他の男たちが放っておくだろうか?
もし、物語の皇太子のように甘い言葉を囁く男が現れたなら……
ジェラルドは考えただけでゾッとした。
(これは小説の皇太子が好きなアメリアのためだ。俺がアメリアに口づけしたいわけではない)
ジェラルドは自分に言い訳をして決意を固める。小説と同じ木の下では芸がない。どうせなら木の上にしよう。
チャンスは思ったより早く訪れた。
仕事に余裕がある日にアメリアを呼んでミカエルも含めた3人で東屋でお茶をしていた。しばらく話しているとミカエルがウトウトしてそのうち眠ってしまった。ジェラルドに付き合って仕事を初めたばかりのミカエルは疲れていたのだろう。
ジェラルドはアメリアに静かにするよう合図を送り東屋をそっと出るとアメリアの手をひいてまっすぐに中庭の大きな樹の下へと向かった。
ジェラルドはいつもと変わりない雰囲気を心がけながら木に登っていく。アメリアもいつも通りジェラルドに続いて登ってきた。
2人のお気に入りの枝に並んで座ると空がちょうど茜色に染まってくる。
「きれい」
アメリアが嬉しそうに呟いた。
「アメリア」
ジェラルドが呼ぶとアメリアが笑顔のまま振り向く。ジェラルドはアメリアに慎重に近づいてそのまま自分の唇をアメリアの唇に押し付けた。
ぶつかるような口づけは甘い言葉で表現されていた小説の口づけとはほど遠いものだった。
ジェラルドは少し悔しく思いながらアメリアから離れるとアメリアは目を見開いたまま真っ赤になっている。
「アメリア?」
ジェラルドはまったく動かないアメリアの顔の前で手を振ってみる。しばらく固まっていたアメリアがハッと我に返ってジェラルドから距離を取ろうと後ろに下がった。
アメリアは慌てているので木の上にいることを完全に忘れている。登って来た幹に後頭部を打ち付けて驚いたアメリアはバランスを崩して枝から落ちそうになった。
ジェラルドは焦りながらアメリアを片手で支えて空いている手で頭上の枝を掴んでバランスをとる。
なんとか二人とも落ちずに済んでジェラルドはホッと息を吐き出した。
(ちゃんと鍛えておいてよかった)
ジェラルドは掴んだ枝を見上げた。手の届く位置にもう一本枝が伸びていたことも幸運だった。アメリアに視線を戻すと今にも泣きそうな顔をしていて声も出ないようだ。
「アメリア、大丈夫か? 痛いところはない?」
ジェラルドが声をかけるとアメリアはジェラルドに抱きついて泣き出してしまった。
「ちょっ、アメリア、落ち着け。今、木の上だから」
なんとか枝を摑んでいた手に力を入れてアメリアを支えるが動揺しているアメリアがどう動くか分からずジェラルドは内心ヒヤヒヤしてしまった。
アメリアは何も言わずにジェラルドにしがみついている。木の上でアメリアを支えている状況では慰めるのもままならない。しゃくりあげるアメリアにときどき声をかけながら落ち着くのを待っているとあたりは真っ暗になってしまっていた。
暗くて怖いというアメリアを励ましながら木から降りる。怖がっていてもスルスルと危なげなく降りていくところがアメリアらしい。
アメリアの手をひいて王宮に戻ると仁王立ちのヴィクトルが待ち構えていた。人払いをした東屋から何も言わずに離れたので帰りが遅いと近衛騎士がかなり探したようだ。今回は全面的にジェラルドが悪い。
木の上でアメリアを驚かせてしまったと口づけだけを濁して話しヴィクトルに謝る。
ヴィクトルの説教を聞きながら、少し冷静になってきたジェラルドはアメリアに嫌われてないか心配になってアメリアを振り返る。アメリアはジェラルドの視線に気がつくと恥ずかしそうに笑ってジェラルドの手をギュッと握ってきた。
「殿下、聞いていらっしゃいますか?」
ヴィクトルがくどくどと長い説教を続けていたがジェラルドはアメリアの手を握り返してふわふわと少し上の空だった。
無理やり押し付けられたアメリアの好きな小説に書いてあったのだが、異性として想い合う相手とは必ず口づけをするものらしい。
小説の中の皇太子殿下は婚約者とは結婚前なのだからとふしだらなことはしていなかった。令嬢に結婚前に口づけするなど良いことではない。これが貴族としての常識だ。
だから、ジェラルドだってアメリアに口づけなどした事がなかった。家庭教師からもどんなに仲良くなったとしても結婚するまでは節度ある距離を保つよう口を酸っぱくして言われている。
しかし、小説の皇太子殿下はヒロインと恋人になる前から木の下で口づけを交わしていた。甘い言葉を浴びせながら物語の山場と言われる時には必ず口づけを交わす。
アメリアはこの小説が好きなのだ。しかもヒロインの容姿から考えるとアメリアはヒロインに憧れているのだろう。
ジェラルドにアメリア以外の恋人が現れる事など今後も絶対にありえない。でも、アメリアはどうだろう。
人懐っこくてかわいいアメリアを他の男たちが放っておくだろうか?
もし、物語の皇太子のように甘い言葉を囁く男が現れたなら……
ジェラルドは考えただけでゾッとした。
(これは小説の皇太子が好きなアメリアのためだ。俺がアメリアに口づけしたいわけではない)
ジェラルドは自分に言い訳をして決意を固める。小説と同じ木の下では芸がない。どうせなら木の上にしよう。
チャンスは思ったより早く訪れた。
仕事に余裕がある日にアメリアを呼んでミカエルも含めた3人で東屋でお茶をしていた。しばらく話しているとミカエルがウトウトしてそのうち眠ってしまった。ジェラルドに付き合って仕事を初めたばかりのミカエルは疲れていたのだろう。
ジェラルドはアメリアに静かにするよう合図を送り東屋をそっと出るとアメリアの手をひいてまっすぐに中庭の大きな樹の下へと向かった。
ジェラルドはいつもと変わりない雰囲気を心がけながら木に登っていく。アメリアもいつも通りジェラルドに続いて登ってきた。
2人のお気に入りの枝に並んで座ると空がちょうど茜色に染まってくる。
「きれい」
アメリアが嬉しそうに呟いた。
「アメリア」
ジェラルドが呼ぶとアメリアが笑顔のまま振り向く。ジェラルドはアメリアに慎重に近づいてそのまま自分の唇をアメリアの唇に押し付けた。
ぶつかるような口づけは甘い言葉で表現されていた小説の口づけとはほど遠いものだった。
ジェラルドは少し悔しく思いながらアメリアから離れるとアメリアは目を見開いたまま真っ赤になっている。
「アメリア?」
ジェラルドはまったく動かないアメリアの顔の前で手を振ってみる。しばらく固まっていたアメリアがハッと我に返ってジェラルドから距離を取ろうと後ろに下がった。
アメリアは慌てているので木の上にいることを完全に忘れている。登って来た幹に後頭部を打ち付けて驚いたアメリアはバランスを崩して枝から落ちそうになった。
ジェラルドは焦りながらアメリアを片手で支えて空いている手で頭上の枝を掴んでバランスをとる。
なんとか二人とも落ちずに済んでジェラルドはホッと息を吐き出した。
(ちゃんと鍛えておいてよかった)
ジェラルドは掴んだ枝を見上げた。手の届く位置にもう一本枝が伸びていたことも幸運だった。アメリアに視線を戻すと今にも泣きそうな顔をしていて声も出ないようだ。
「アメリア、大丈夫か? 痛いところはない?」
ジェラルドが声をかけるとアメリアはジェラルドに抱きついて泣き出してしまった。
「ちょっ、アメリア、落ち着け。今、木の上だから」
なんとか枝を摑んでいた手に力を入れてアメリアを支えるが動揺しているアメリアがどう動くか分からずジェラルドは内心ヒヤヒヤしてしまった。
アメリアは何も言わずにジェラルドにしがみついている。木の上でアメリアを支えている状況では慰めるのもままならない。しゃくりあげるアメリアにときどき声をかけながら落ち着くのを待っているとあたりは真っ暗になってしまっていた。
暗くて怖いというアメリアを励ましながら木から降りる。怖がっていてもスルスルと危なげなく降りていくところがアメリアらしい。
アメリアの手をひいて王宮に戻ると仁王立ちのヴィクトルが待ち構えていた。人払いをした東屋から何も言わずに離れたので帰りが遅いと近衛騎士がかなり探したようだ。今回は全面的にジェラルドが悪い。
木の上でアメリアを驚かせてしまったと口づけだけを濁して話しヴィクトルに謝る。
ヴィクトルの説教を聞きながら、少し冷静になってきたジェラルドはアメリアに嫌われてないか心配になってアメリアを振り返る。アメリアはジェラルドの視線に気がつくと恥ずかしそうに笑ってジェラルドの手をギュッと握ってきた。
「殿下、聞いていらっしゃいますか?」
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