【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

文字の大きさ
上 下
43 / 72
〈番外編〉皇太子殿下の苦悩

8.将来

しおりを挟む
 ルイスからの報告書が上がってきたのは、すっかり寒くなった数ヶ月後の年末だった。ルイスは賭博場に出入りを繰り返し知り合いを増やしていったようだ。その間、ジェラルドとの繋がりを知られると困るため連絡はしていなかった。

「相変わらず有能だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 わざわざ立ち上がって恭しくお礼を言ったルイスは、クスクス笑って椅子に座り直した。ジェラルドはその態度に呆れながら資料を机においた。ジェラルドはルイスと2人で前回と同じ飲み屋の個室にいる。

 ルイスの報告書には子爵家の息子が学園内で賭博場への勧誘をしている事や、賭博場に出入りしている貴族たちの名前、そして経営している商人たちについても細かく記載されていた。

「こっちで調べた内容とも合致している。助かったよ」

 ジェラルドは部下の調べた情報の裏付けがとれてルイスに感謝した。これだけ証拠があれば言い逃れは出来ない。

 ジェラルドの部下には王宮に提出されている書類から所有者を特定し、会場の所有者の動きから繋がりのある商人そして貴族へと探らせていった。部下の報告書にはルイスの書類にも出てくる子爵家の関与を裏付ける証拠が添付されていた。経営している商人(というよりは裏の人間という側面の方が強そうだが)についても同じ人物の名前があがっている。もちろんジェラルドは隠密部隊も動かしたので関係者の屋敷にも侵入している。同じ情報をルイスは隠密部隊なしに得たのだ。

(絶対に必要な人材だ)

「それで? 殿下からも何かお話があるのでは?」

 聡い男はジェラルドが切り出すより前に聞いてきた。

「ミカエル様がいらっしゃらなかったので何かあるのかと思いまして」

「ああ、ルイスは卒業後どうするのかを聴きたかったんだ。騎士団に入るつもりか?」

「いいえ、騎士団には入りません。卒業後はしばらくどこか田舎で傭兵でもしながらのんびり暮らすつもりです」

「それは兄のためか?」

「はい」

 ルイスはいつになく真剣な表情でジェラルドに答えた。

 ジェラルドはルイスの身辺調査を行っていた。もっとも、ルイスの父親は男爵位で王宮騎士団の団長をしているため調べなくてもある程度噂として情報は入ってきている。

 ルイスの母親は後妻でルイスには8歳年上の異母兄がいる。文官として王宮で働いていて優秀な男だと聴いているが、騎士にならなかったのはルイスの家系では異例だ。ルイスの家系は武を重んじるため、ルイスの兄は親戚から跡継ぎとして不安視されているようなのだ。

 そして、ルイスは騎士としてもそれ以外においても有能だ。父親との確執は兄が男爵位を問題なく継ぐためにルイス自身が流したのだろう。

「勝手に身辺を調べて悪いが、今回の賭博場の件、ただの学生には任せられない案件になりそうなんだ」

 賭博場の実質の経営者だった子爵はサモエド侯爵に近い人物だった。もっと詳しく調べる必要はあるがおそらく謀反の動きの資金源とみて間違いない。普通の事件に比べると危険性がかなり高いし簡単に話せる内容でもない。

「私はルイスを私の側近に迎えたいと思っている。そのつもりがあるなら実家が落ち着くまではに相応しい立場も用意する」

 ルイスは黙って思案している。

 ジェラルドに回ってくる仕事は年々増えている。皇帝陛下も高齢であるからこれからも増え続けるだろう。 

 今、ジェラルドの手伝いをしているヴィクトルは辺境伯軍からの人質として騎士団に入った。アメリアと結婚した後はその役目はアメリアに引き継がれヴィクトルは辺境伯軍に戻ってしまう。ジェラルドの抱えている仕事の指揮をミカエルと2人だけでとるのはかなり厳しい。優秀で信頼出来る側近がジェラルドには必要だった。

 ミカエルとの関係を築き直す必要はあるが、ルイスが一番適任であるとジェラルドは思っている。ミカエルも難しい顔をしながらも引き受けてくれるならそれがいいと同意した。

「今日中に結論を出す必要はない。長くは待てないが考えてみてくれ」

 ジェラルドは立ち上がって部屋を出ようとしたがルイスに呼び止められた。

「考える時間は充分頂きました。殿下の元で働かせて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします」

 ルイスは今度はふざけることもなくジェラルドに騎士の礼をとった。

「ルイス、お前には期待している。これからもよろしく頼む」

 ジェラルドもシャルト王国の皇太子としてそれを受けいれる。

「期待に応えられるよう精進いたします」

 ルイスの言葉にジェラルドはホッとして再び席についた。ルイスの事も座らせ、すぐに今後について相談を始める。

 ジェラルドとルイスが話し合った結果、貴族としては異例だが、しばらくルイスを隠密部隊として扱う事となった。

 隠密部隊は近衛の位置づけだが名前や年齢などを公表しておらず、その者たちの情報は他の騎士たちとは別に王族が、現在は統括するジェラルドが管理している。これならば男爵家の親戚には傭兵でもしている事に出来る。

「男爵になりたいとは思わないのか?」

「領地経営のような地道で堅実な仕事は私には向いてませんよ。きっと、数年で飽きてしまいます」

「そうか」

 ジェラルドの側にいれば確かに刺激は多いし、飽きることはない。ただそれ以上に忙しくても逃げられないという現実はあるが、ルイスならばうまく息抜きもできるだろう。

 ジェラルドは武器密輸入に始まる一連の出来事をルイスに説明した。ルイスからの疑問にいくつか答えると席をたつ。流石のルイスも事が大きすぎて情報を整理する時間が必要だろう。

 ルイスはジェラルドを見送りながら入れ代わりに女性たちを呼び入れている。どうやら女好きなのは演技ではないようだ。

 新たな味方を得てジェラルドは晴れ晴れした気分で飲み屋を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!

さこの
恋愛
 婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。  婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。  100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。  追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

処理中です...