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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
28.癒やし
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ジェラルドは貴賓用の牢屋を出ると自室でシャワーを浴びて着替えてから、隣の皇太子妃の寝室へと続く扉をそっと開けた。しばらくすると夜明けをむかえるような時刻だったがとてもこのまま眠る気にはなれなかったのだ。
ベッドに近づくとアメリアが幸せそうに眠っていた。近くにあった椅子を引き寄せて座っても起きる様子はない。
「訓練しているから夜中に誰かが部屋に入ってきたらすぐわかるわ。たとえぐっすり眠っていたとしても負けたりしないのよ。」
子供の頃にアメリアが自慢げに言っていたのは何だったのだろうか。ジェラルドはこんなときなのにクスリと笑ってしまう。
4日前には熱も下がり、今朝会ったときにはやることがないと暇そうにしていたが、まさかまた体調を崩したのだろうか。そう思ってアメリアの額に手を伸ばしかけてジェラルドは手をおろす。
どうしてもこの手で純粋なアメリアに触れる気にはなれなかった。
(俺のした事をアメリアが知ったらどう思うだろうか。)
もちろん、ジェラルドが先程皇弟にした事は相手がアメリアであっても話すことは出来ない。むしろ話せなくて良かったと思ってしまう自分が情けなくて仕方なかった。
ジェラルドはそっとため息をつく。
そのまま夜が明けきるまでの間、ジェラルドは静かにアメリアの寝顔を眺めていた。
夕方になって再びジェラルドがアメリアの部屋を訪れるとアメリアは夕食後のお茶を楽しんでいるところだった。
ジェラルドはアメリアの隣に座るとすぐに事件の顛末をアメリアに伝えた。無意識に皇弟が自ら考えたような言い回しになったのはジェラルドの願望だろう。皇弟にはせめて操られたのではなく自らの意志で動く誇り高い王族であってほしかった。
「警備騎士団でね文官みたいな仕事をしていたの。その時に扱っていた報告書を真似して書いてみたんだけどどうかな?」
重い話が終わって何気なく手にとった書類は立派な報告書だった。普段のんびりしているから忘れそうになるが、アメリアはあの辺境伯の娘だ。しかも妃教育だけでなく、特殊部隊からも訓練を受けている。
これなら、皇太子妃の仕事も問題なくこなしていけるだろう。
嬉しい反面少し心配にもなる。優秀だとしてもアメリアにはジェラルドのいる気を抜くことが出来ない世界には近づけたくなかった。
(婚約を続ける以上巻き込むのか。)
それでも、アメリアには側にいてほしい。それだけはジェラルドにも譲れなかった。
話が終わるとすぐに、アメリアは席を立とうとした。頭で考えるより先に大丈夫だからと言ってアメリアを引き止めてしまっていた。仕事は山のようにあるのにここを離れがたい。アメリアに触れることすら躊躇しているのに、どうやら自分は相当参っているようだ。
「ジェラルド、あんまり無理しないでね。」
アメリアの紫色の瞳がジェラルドを力付けるように見ている。アメリアは何をどのくらい理解しているのだろうか。
ジェラルドの苦悩を知ってほしいと少しだけ思ってしまうがやっぱり何も知らずに笑っていてほしいと口をつぐんだ。
なんの前触れもなくアメリアがジェラルドの腕を抱きしめて小さな手でジェラルドの手をギュッと握ってきた。
ジェラルドは触るのを躊躇していたアメリアの行動にピクッと肩が揺れてしまう。
「いつでも甘えていいって言ったじゃない。」
アメリアはこちらを見ることなく甘えるように言った。その可愛さに自然に顔がほころぶ。ジェラルドもアメリアの手を優しく握り返した。
それからしばらくジェラルドはアメリアの手から伝わる温もりを感じながら黙って過ごした。アメリアの手を握っているとジェラルドはそれだけで心が癒やされていく気がした。
今はただ、ジェラルドに甘えたいというアメリアの言葉に甘えていたかった。
ベッドに近づくとアメリアが幸せそうに眠っていた。近くにあった椅子を引き寄せて座っても起きる様子はない。
「訓練しているから夜中に誰かが部屋に入ってきたらすぐわかるわ。たとえぐっすり眠っていたとしても負けたりしないのよ。」
子供の頃にアメリアが自慢げに言っていたのは何だったのだろうか。ジェラルドはこんなときなのにクスリと笑ってしまう。
4日前には熱も下がり、今朝会ったときにはやることがないと暇そうにしていたが、まさかまた体調を崩したのだろうか。そう思ってアメリアの額に手を伸ばしかけてジェラルドは手をおろす。
どうしてもこの手で純粋なアメリアに触れる気にはなれなかった。
(俺のした事をアメリアが知ったらどう思うだろうか。)
もちろん、ジェラルドが先程皇弟にした事は相手がアメリアであっても話すことは出来ない。むしろ話せなくて良かったと思ってしまう自分が情けなくて仕方なかった。
ジェラルドはそっとため息をつく。
そのまま夜が明けきるまでの間、ジェラルドは静かにアメリアの寝顔を眺めていた。
夕方になって再びジェラルドがアメリアの部屋を訪れるとアメリアは夕食後のお茶を楽しんでいるところだった。
ジェラルドはアメリアの隣に座るとすぐに事件の顛末をアメリアに伝えた。無意識に皇弟が自ら考えたような言い回しになったのはジェラルドの願望だろう。皇弟にはせめて操られたのではなく自らの意志で動く誇り高い王族であってほしかった。
「警備騎士団でね文官みたいな仕事をしていたの。その時に扱っていた報告書を真似して書いてみたんだけどどうかな?」
重い話が終わって何気なく手にとった書類は立派な報告書だった。普段のんびりしているから忘れそうになるが、アメリアはあの辺境伯の娘だ。しかも妃教育だけでなく、特殊部隊からも訓練を受けている。
これなら、皇太子妃の仕事も問題なくこなしていけるだろう。
嬉しい反面少し心配にもなる。優秀だとしてもアメリアにはジェラルドのいる気を抜くことが出来ない世界には近づけたくなかった。
(婚約を続ける以上巻き込むのか。)
それでも、アメリアには側にいてほしい。それだけはジェラルドにも譲れなかった。
話が終わるとすぐに、アメリアは席を立とうとした。頭で考えるより先に大丈夫だからと言ってアメリアを引き止めてしまっていた。仕事は山のようにあるのにここを離れがたい。アメリアに触れることすら躊躇しているのに、どうやら自分は相当参っているようだ。
「ジェラルド、あんまり無理しないでね。」
アメリアの紫色の瞳がジェラルドを力付けるように見ている。アメリアは何をどのくらい理解しているのだろうか。
ジェラルドの苦悩を知ってほしいと少しだけ思ってしまうがやっぱり何も知らずに笑っていてほしいと口をつぐんだ。
なんの前触れもなくアメリアがジェラルドの腕を抱きしめて小さな手でジェラルドの手をギュッと握ってきた。
ジェラルドは触るのを躊躇していたアメリアの行動にピクッと肩が揺れてしまう。
「いつでも甘えていいって言ったじゃない。」
アメリアはこちらを見ることなく甘えるように言った。その可愛さに自然に顔がほころぶ。ジェラルドもアメリアの手を優しく握り返した。
それからしばらくジェラルドはアメリアの手から伝わる温もりを感じながら黙って過ごした。アメリアの手を握っているとジェラルドはそれだけで心が癒やされていく気がした。
今はただ、ジェラルドに甘えたいというアメリアの言葉に甘えていたかった。
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