【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩

24.歪み

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 執務室に戻り雑務をこなしていると、いくつかの経過報告が上がってくる。今のところ予定通り進んでいるようだ。

 夜が明けて来た頃、ジェラルドを呼びに近衛騎士が数人執務室にやってきた。ジェラルドは気づかれないように静かに気合を入れる。

 近衛騎士と共に王宮を出たジェラルドは、早朝、屋敷を訪問してもぎりぎり非礼にならない時間に皇弟の屋敷の前に着いた。

 ジェラルドの指示を受けて包囲していた者たちから報告を受ける。皇弟の屋敷は外の物々しい雰囲気とは違い静まり返っていた。

 ジェラルドが訪問をつげると皇弟が自らジェラルドを出迎えた。

「やぁ、ジェラルド。久しぶりだね。待っていたよ。」

 皇弟はジェラルドの後ろに控えている多勢の騎士に気づいていないかのように、爽やかな笑顔を浮かべている。

 シャルト王国の王族を表す柔らかな銀色の髪に少し目尻の下がった黄金色の瞳。ジェラルドが兄のように慕っていた皇弟は小さいときからジェラルドを可愛いがってくれていた。

 今だにこの笑顔を見ていると全て間違いなのではないかとジェラルドは思いたくなってしまう。

 ジェラルドは気持ちを落ち着かせるようにひと呼吸おいて話し出した。

「叔父上、我々が訪れた理由についてはお分かりですね。皇帝陛下がお待ちです。ご同行願えますか?」

 皇弟はあっさりと頷いて騎士の身体検査も受け、ジェラルドが用意していた馬車へと乗り込んだ。

「後は頼む。」

 この後、皇弟の屋敷内部の捜索も行わなくてはいけない。予定通り近衛隊長に捜索を任せると、ジェラルドも馬に乗って王宮へと戻った。





「ノーマン、なぜこのような事をした。」

 皇帝が沈痛な面持ちで床に座り込む皇弟ノーマンに問いかける。ジェラルドはこんな皇帝を見るのは初めてだった。

 謁見の間は人払いがなされ、今は3人しかいない。皇弟に抵抗する様子はないが、念の為ジェラルドは皇帝とは距離を取らせた上でいつでも拘束できるように皇弟の近くに控えた。

 子供がなかなか出来なかった皇帝陛下は年の離れた皇弟を息子のように可愛がっていた。ジェラルドから見ても2人は関係は良好だった。だからこそ、なぜと思わずにはいられない。

「お分かりにならないのですか? 皇帝陛下。私は自分の物を取り戻そうとしただけですよ。非難される謂れはない。」

 皇弟はジェラルドを睨みつける。この4年間で何度も想像していた理由ではあったが実際に敵意を向けられるとジェラルドはやはり辛かった。

「私のものだった皇太子の座も婚約者も、最初から自分のもののように振る舞うジェラルドから奪い返してやりたかったんですよ。」

 謁見の間に皇弟の鋭い声が響き渡る。ジェラルドがいなければ皇太子はノーマンだっただろうし、年齢差はあるがアメリアの婚約者もノーマンになっていたかもしれない。

 皇帝陛下が即位してからジェラルドが生まれるまでの7年間、ノーマンが唯一の皇太子候補だった。この国では側室を娶ることはほぼない。皇后の年齢からも皇太子はノーマンで決まりだと思われはじめた頃にジェラルドが生まれたのだ。

 その後、どちらが相応しいか議論されたが、直系のジェラルドがノーマンに比べて優秀だった事、そして長年の懸念事項だった辺境伯軍に関しても同じ年に生まれたアメリアと結婚させる事で解決できる事など総合的に考えて、ジェラルドが6歳のときに皇太子に指名された。

「なぜだ? お前は皇太子になるのを嫌がっていただろう?」

 皇帝が言うとおり、当時、皇弟自身もジェラルドを皇太子に薦めていた。それが決め手の一つにもなったのだ。

「皆から求められたのですから立ち上がらないわけにはいかないでしょう? 兄上は知らないでしょうが、ジェラルドより私の方が皇太子に相応しいと思っている者は多いのですよ。」

 皇弟は自分に酔っているかのような顔をしている。ジェラルドの知る、穏やかで謙虚な優しい皇弟はもうどこにもいない。

(何がここまで叔父上を変えてしまったのだろう。)

 やはり、サモエド侯爵に利用され洗脳に近い状況なのだろうか。侯爵は武器の輸入にしても皇弟を隠れ蓑に使っていた。一連の騒動で比較的皇弟の名はすぐに調べがついたが侯爵に行き着くのは大変だった。うまくいったとしても皇弟を敬うどころか傀儡のように扱っていたであろう事は疑いようもない。

「もう良い。ジェラルド、連れて行きなさい。」

 皇帝も疲れた顔をしている。ジェラルドは近衛騎士を呼んで皇弟を連れて行かせた。

 皇帝陛下と2人きりになったジェラルドは憔悴している皇帝を見つめる。

「父上、叔父上のは私が判断してもよろしいですか?」

「ああ、すまない。」

「いえ、私の仕事ですから。」

 ジェラルドは皇弟が犯人であると確信したときから覚悟していた。皇弟の身分を考えるとジェラルドか皇帝以外に実行できるものはいない。

『皇弟の処遇』

 交わされた言葉はそれだけだが、この言葉にはもっと重い意味が含まれている。こんな言い回しになったのは、ジェラルドと皇帝陛下がお互いに直接的な表現を避けた結果だ。他国に侮られないためには皇弟が謀反を起こして裁かれるわけにはいかない。


 皇弟の罪を問い、死刑にするわけにはいかないのだ。

 
 これらはあくまでサモエド侯爵が起こした事件だ。

 
   
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