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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
9.手紙
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ジェラルドは久しぶりに忙しい半年を過ごし、新しい年を迎えた。
年が明けるとすぐに、辺境伯がジェラルドの執務室を訪れた。てっきり賭博場の件かと思ったが渡されたのは手紙の束だった。読んでみると皇弟に誰かが謀反について説明や報告をしている手紙だとすぐに分かる。
ジェラルドは執務室にいたミカエルとヴィクトルにもその手紙を見せた。
「どうやって手に入れた?」
ジェラルドの声がいつもより低くなる。皇弟の屋敷に忍び込むのは他の貴族の屋敷に入るのとはわけが違う。もし、表沙汰になれば犯罪捜査のためだとしても皇帝でさえ庇いきれない。
「殿下が知る必要のないことです。私は若い頃からこのような仕事を陛下に頼まれて行ってきました。殿下の時代ではヴィクトルがその役を担うことになるでしょう」
辺境伯の言葉にヴィクトルが力強く頷く。
『このような仕事』
表には出しにくい危ないことを騎士団の代わりに行なって来たのだろう。
ヴィクトルが騎士団に来たのは人質のためだが、皇帝陛下と辺境伯はいずれ汚れ仕事をさせるため、ジェラルドと信頼関係を築くためにヴィクトルをジェラルドの側においたのかもしれない。
長年辛い立場に置かれたヴィクトルをさらにジェラルドのためにきつい仕事に追いやると思うと何ともいえない気持ちになった。そして、ジェラルドは国のためにもその役目を担ってもらいたいと思ってしまっているのだ。
「殿下、私のことならお気になさらずに。ここに来た10数年前から決めていた事です。辺境伯領に戻ってからも陰ながら殿下の治世をお守りいたします」
「頼りにしている」
ジェラルドがヴィクトルを見て頷くとヴィクトルは嬉しそうに微笑んだ。
束になった手紙の内容を簡単にまとめると以下のようなことが書かれていた。
・謀反の実行日はジェラルドが学園を卒業した半年後。結婚の準備のためにアメリアが王宮入りする日を狙う。
・王宮に向けて移動中のアメリアを人質にし辺境伯軍の動きを止め説得して味方につける。
・王宮の騎士団を制圧し皇帝陛下、皇后陛下、ジェラルドはみつけ次第殺害。
・皇弟を即位させてアメリアを皇后とする。
そして、〇〇が出した案だとか、〇〇が担当するという言葉とともにサモエド侯爵、武器倉庫の男爵、賭博場の子爵の名前がときどき出てきていた。この手紙を読む限りでは、こちらの把握していない貴族は協力していないようだ。
「辺境伯軍をずいぶん舐めている計画ですがね」
辺境伯が冷めた目で手紙を一瞥した。
「なんか、アメリアがずいぶん可愛い子になっていますね」
アメリアは普通の令嬢と想定して書かれている。武器なんか持ったことのない弱い女の子。こんな方法で従わせたら実際のアメリアだとしたらいつ逃げたり反撃したりするか分からない。アメリアは普段は怖がりだが、一度やる気になったら普通の兵士では止められない。
ヴィクトルはそれに触れたのだろうが、ジェラルドはもし計画が実行されても抵抗せずに令嬢らしく大人しく捕まっていてほしいと思ってしまう。精神的な苦痛を考えると逃げるべきかもしれないが、大人しくしていれば計画通りなら殺されることはない。もちろん、絶対に実行させる気などないが。
とりあえず、全員が内容をしっかり把握したところで辺境伯が仕切り直した。
「殿下からの報告を聞いて、そろそろこちらから動くべきかと思いましてね」
武器倉庫と賭博場の件がだいぶはっきりしてきた事を考えると、ジェラルドもこの手紙さえあれば先にすすめると確信していた。すぐには無理でも皇弟の屋敷に踏み込んだ後ならこの手紙も証拠として使える。皇弟を犯人扱いして証拠がでなければ踏み込んだ側の立場が危なくなる。それが防げるのは心強い。
タイミングを見て出してきたようだが、辺境伯はどのくらい前からこの手紙を入手していたのだろうか。
「問題はこちらで把握出来ていない人間がどれくらいいるかだな」
皇弟ノーマン、サモエド侯爵、武器倉庫に関わっていた男爵家と商人、賭博場の子爵家とそれを助けている者たち。ジェラルドたちが把握しているのはこんなところだ。今回の手紙にもそれ以外の重要人物は出てきていない。
「そんなに規模は大きくないと思いますよ。現在のシャルト王国は隣国も攻める気にならないくらい盤石です。私も武器密輸を見つけたときには目を疑いましたから」
辺境伯は馬鹿な計画だとでも言いたそうな顔をしている。
「この計画を見るとアメリアと殿下の仲が険悪で、辺境伯家がすぐに裏切る事を前提に動いてますよね。父上の所に打診はなかったのですか? 父上が受けるとは思いませんが、この計画なら先に辺境伯軍を味方につけておいた方が、まだ成功の可能性があります」
ヴィクトルが言ったことは正しい。ジェラルドが謀反を起こす側なら最低でも辺境伯を味方につけられなければ実行に移そうとは思わないだろう。
「ないな。エドガーからも聞いてない。私があちら側についたらサモエド侯爵の好きに出来なくなるから不都合だろう? 私が絡んでいたらもっと穴のない計画をたてる」
辺境伯はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。ヴィクトルは聞かなければ良かったという顔をしていた。
ここまで辺境伯が言ってしまえるのは皇帝と辺境伯との間の絆が深いことをここにいる人間が知っているからだ。外で言ったら洒落にならない。
ジェラルドとの絆はあるかどうか怪しいが、少なくとも皇帝を辺境伯が裏切る事はないとジェラルドも思っている。
ただ、ジェラルドほど図太くないミカエルは真っ青になっていて、少し心配になるほどだった。
年が明けるとすぐに、辺境伯がジェラルドの執務室を訪れた。てっきり賭博場の件かと思ったが渡されたのは手紙の束だった。読んでみると皇弟に誰かが謀反について説明や報告をしている手紙だとすぐに分かる。
ジェラルドは執務室にいたミカエルとヴィクトルにもその手紙を見せた。
「どうやって手に入れた?」
ジェラルドの声がいつもより低くなる。皇弟の屋敷に忍び込むのは他の貴族の屋敷に入るのとはわけが違う。もし、表沙汰になれば犯罪捜査のためだとしても皇帝でさえ庇いきれない。
「殿下が知る必要のないことです。私は若い頃からこのような仕事を陛下に頼まれて行ってきました。殿下の時代ではヴィクトルがその役を担うことになるでしょう」
辺境伯の言葉にヴィクトルが力強く頷く。
『このような仕事』
表には出しにくい危ないことを騎士団の代わりに行なって来たのだろう。
ヴィクトルが騎士団に来たのは人質のためだが、皇帝陛下と辺境伯はいずれ汚れ仕事をさせるため、ジェラルドと信頼関係を築くためにヴィクトルをジェラルドの側においたのかもしれない。
長年辛い立場に置かれたヴィクトルをさらにジェラルドのためにきつい仕事に追いやると思うと何ともいえない気持ちになった。そして、ジェラルドは国のためにもその役目を担ってもらいたいと思ってしまっているのだ。
「殿下、私のことならお気になさらずに。ここに来た10数年前から決めていた事です。辺境伯領に戻ってからも陰ながら殿下の治世をお守りいたします」
「頼りにしている」
ジェラルドがヴィクトルを見て頷くとヴィクトルは嬉しそうに微笑んだ。
束になった手紙の内容を簡単にまとめると以下のようなことが書かれていた。
・謀反の実行日はジェラルドが学園を卒業した半年後。結婚の準備のためにアメリアが王宮入りする日を狙う。
・王宮に向けて移動中のアメリアを人質にし辺境伯軍の動きを止め説得して味方につける。
・王宮の騎士団を制圧し皇帝陛下、皇后陛下、ジェラルドはみつけ次第殺害。
・皇弟を即位させてアメリアを皇后とする。
そして、〇〇が出した案だとか、〇〇が担当するという言葉とともにサモエド侯爵、武器倉庫の男爵、賭博場の子爵の名前がときどき出てきていた。この手紙を読む限りでは、こちらの把握していない貴族は協力していないようだ。
「辺境伯軍をずいぶん舐めている計画ですがね」
辺境伯が冷めた目で手紙を一瞥した。
「なんか、アメリアがずいぶん可愛い子になっていますね」
アメリアは普通の令嬢と想定して書かれている。武器なんか持ったことのない弱い女の子。こんな方法で従わせたら実際のアメリアだとしたらいつ逃げたり反撃したりするか分からない。アメリアは普段は怖がりだが、一度やる気になったら普通の兵士では止められない。
ヴィクトルはそれに触れたのだろうが、ジェラルドはもし計画が実行されても抵抗せずに令嬢らしく大人しく捕まっていてほしいと思ってしまう。精神的な苦痛を考えると逃げるべきかもしれないが、大人しくしていれば計画通りなら殺されることはない。もちろん、絶対に実行させる気などないが。
とりあえず、全員が内容をしっかり把握したところで辺境伯が仕切り直した。
「殿下からの報告を聞いて、そろそろこちらから動くべきかと思いましてね」
武器倉庫と賭博場の件がだいぶはっきりしてきた事を考えると、ジェラルドもこの手紙さえあれば先にすすめると確信していた。すぐには無理でも皇弟の屋敷に踏み込んだ後ならこの手紙も証拠として使える。皇弟を犯人扱いして証拠がでなければ踏み込んだ側の立場が危なくなる。それが防げるのは心強い。
タイミングを見て出してきたようだが、辺境伯はどのくらい前からこの手紙を入手していたのだろうか。
「問題はこちらで把握出来ていない人間がどれくらいいるかだな」
皇弟ノーマン、サモエド侯爵、武器倉庫に関わっていた男爵家と商人、賭博場の子爵家とそれを助けている者たち。ジェラルドたちが把握しているのはこんなところだ。今回の手紙にもそれ以外の重要人物は出てきていない。
「そんなに規模は大きくないと思いますよ。現在のシャルト王国は隣国も攻める気にならないくらい盤石です。私も武器密輸を見つけたときには目を疑いましたから」
辺境伯は馬鹿な計画だとでも言いたそうな顔をしている。
「この計画を見るとアメリアと殿下の仲が険悪で、辺境伯家がすぐに裏切る事を前提に動いてますよね。父上の所に打診はなかったのですか? 父上が受けるとは思いませんが、この計画なら先に辺境伯軍を味方につけておいた方が、まだ成功の可能性があります」
ヴィクトルが言ったことは正しい。ジェラルドが謀反を起こす側なら最低でも辺境伯を味方につけられなければ実行に移そうとは思わないだろう。
「ないな。エドガーからも聞いてない。私があちら側についたらサモエド侯爵の好きに出来なくなるから不都合だろう? 私が絡んでいたらもっと穴のない計画をたてる」
辺境伯はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。ヴィクトルは聞かなければ良かったという顔をしていた。
ここまで辺境伯が言ってしまえるのは皇帝と辺境伯との間の絆が深いことをここにいる人間が知っているからだ。外で言ったら洒落にならない。
ジェラルドとの絆はあるかどうか怪しいが、少なくとも皇帝を辺境伯が裏切る事はないとジェラルドも思っている。
ただ、ジェラルドほど図太くないミカエルは真っ青になっていて、少し心配になるほどだった。
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