【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

文字の大きさ
上 下
38 / 72
〈番外編〉皇太子殿下の苦悩

3.嫉妬

しおりを挟む
「遅くないか?」

 ジェラルドは執務室で確認を終えた書類をミカエルに渡しながら呟くように言った。今日はアメリアが来る予定になっている。いつもならとっくに使用人がアメリアの到着を伝えにきている時間だった。

 辺境伯がジェラルドの執務室に来た日から数週間。皇弟とサモエド侯爵については隠密部隊による監視のみに留め、ジェラルドは通常業務のみをこなして過ごしていた。

 苦い理由ではあるが、時間ができたジェラルドは久しぶりにアメリアともゆっくり過ごせそうだと喜んでいた。

「そういえば、アメリアにしては遅いね。どうしたんだろう? 誰かに確認させるね」

 ミカエルはジェラルドが渡した書類を持って執務室を出ていった。

 少しして戻ってきたミカエルの話によると、アメリアはまだ王宮に入っていないようだ。おかしい。アメリアは早く来ることはあってもジェラルドを待たせるような事はしない。ジェラルドは胸騒ぎがした。

「迎えに行ってくる」

 ジェラルドが立ち上がるとミカエルがオロオロしている。仕方ないというようにヴィクトルがジェラルドに近づいてきた。

「殿下、ご存知の通りアメリアは少し抜けている所があります。単純に時間を間違えただけかもしれません。こちらで調べますのでお待ち頂けますか?」

 穏やかな笑顔を浮かべながらも、ヴィクトルからは否定を許さないという意志が伝わってくる。

「分かった。ヴィクトルに任せる」

 今日はシャルト学園に入学する者たちからの挨拶を受ける事になっている。学園が始まるまでは2ヶ月ほどあるが、ジェラルド以外の一般貴族には入学前の手続きがある。そのため、地方に住む者もこの時期に王都へやってくるのだ。王族への挨拶も学園入学前の行事のようなもので、数年前からは皇帝ではなくジェラルドが挨拶を受けている。その行事までの時間が空いていたので、アメリアと過ごす予定にしていたのだ。公式行事なので、ジェラルドの所在をはっきりさせて置かないと困る者がいる。 

 ジェラルドはため息をついて椅子に座った。執務室でただ心配していてもアメリアのために出来ることはない。ジェラルドが仕方なく机の上の資料に目を移すと、それを見届けてヴィクトルは執務室を出ていった。


 ところがジェラルドが公式行事に向かう時間になってもアメリアは来なかった。

(何かあったわけじゃないよな?)

 ジェラルドはヴィクトルからの報告も受けられぬまま謁見に挑んだ。普段は皇帝陛下が使用している謁見の間で同級生として学園に入学する者たちからの挨拶を次々と機械的に受ける。アメリアの事が気になってまったく集中できなかったが、皇太子としての所作は慣れているので周りに気づかれてはいないだろう。

 やっと、全ての謁見を終えて部屋を出たジェラルドをヴィクトルが扉の外で待っていた。

「アメリアは先程到着して今は中庭で殿下の手が空くのを待っております。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」 

 ヴィクトルはアメリアの兄として頭を下げる。ジェラルドは問題ないとヴィクトルに言ってアメリアの無事を確かめるために急いで中庭に向かった。

 ジェラルドが中庭を見渡せる所まで行くとアメリアをすぐに見つける事ができた。ジェラルドはアメリアの無事を確認してホッとするが、よく見るとアメリアは先程挨拶に来た数人の令息に囲まれていた。後ろ姿だけでもアメリアが相手の下心にも気づかずに人懐っこい笑みを浮かべている事が想像できる。

 ジェラルドはイライラしながらもしっかり男たちの名前を頭に記憶しながら近づいた。

(こいつら学園に入ったら気をつけて見ておく必要があるな)

 ジェラルドがアメリアの側に行く前に令息たちはジェラルドに気がついて逃げていった。

 アメリアは令息たちがいなくなった理由が分からず困惑している。ジェラルドはつい不機嫌さを隠せずにアメリアにあたってしまった。そんな自分が情けなくてアメリアに背を向けて歩き出す。

「せっかくジェラルドに会いに来たのにどこに行くのよ。約束に遅れた事怒ってるの?」

 理由がわからないながらも追いかけて来るアメリアが可愛くて、ジェラルドはドレスのアメリアでも追いかけやすいように少しゆっくり歩いた。


 ジェラルドは建物の近くまで行くと後ろについてきていたアメリアの手首を掴んで王宮の柱の影に引き込んだ。

「ジェラルド?」

 アメリアの紫色の綺麗な瞳が不安そうにジェラルドを見上げてくる。優しく頬を撫でてやるとすぐに安心したように緩んだ。そのまま手をアメリアの唇に滑らせて触れる。ジェラルドが近づくとアメリアは目をゆっくりと閉じた。

 ジェラルドはアメリアの柔らかい唇にそっと口づけする。ジェラルドの醜い嫉妬がアメリアに伝わらないように気をつけながら優しくついばむように口づけを繰り返した。

 ジェラルドが唇を離すとアメリアは顔を赤くしてジェラルドを見上げてくる。それを見てジェラルドはやっと苛つきを治めることができた。

 アメリアに怒っていたわけではないと伝わるようにジェラルドはアメリアを優しく抱きしめる。

「ジェラルド、今日変だよ?」

 ジェラルドの腕の中でアメリアは囁くように言ってジェラルドの背中に腕を回した。

 アメリアの身体は小さくて柔らかい。学園に通うようになれば美しく人懐っこいアメリアには寄ってくる者も多いだろう。それなのにアメリアは自分の事がよく分かっていない。

(俺が守らなくては……)

 アメリアをぎゅっと抱きしめ直してジェラルドは決意を固めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!

さこの
恋愛
 婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。  婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。  100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。  追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?

処理中です...