【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

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4.安らげる場所

9.潜入

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 アメリアは、ジェラルドの手を借りて馬車から降りた。この地域は夜でも賑わいを見せている中心街とは違い、街灯があまりないので馬車の外は真っ暗で不気味だ。

「リア、君は私の愛人だからね。」

「恋人でいいでしょ。」

「愛人の方が雰囲気出るだろ?」

 アメリアを不安にさせないためか、ジェラルドはくだらない事を言ってくる。長い付き合いなので、アメリアの気持ちは、ジェラルドに筒抜けだ。

 アメリアはジェラルドが差し出した腕に自分の腕を絡める。なんだか悔しいけれど、よく知るジェラルドのぬくもりは、アメリアを自然と落ち着かせてくれた。

 ジェラルドにエスコートされて歩いていくと、怪しい雰囲気の漂う扉の前に、正装した男が2人立っていた。建物の護衛も兼ねているのだろう。鍛えあげられているのが服の上からでもわかる。

「いらっしゃいませ。招待状はお持ちですか?」

「ああ、持ってきたよ。」

 ジェラルドが男に一枚のカードを差し出す。このカードは騎士団が手に入れた本物で、出発前の会議でジェラルドが受け取っていたものだ。男がカードを念入りに調べるとジェラルドとアメリアを値踏みするように見てきた。アメリアは緊張してジェラルドの腕をぎゅっと引き寄せる。

「リア、緊張してるの?」

 アメリアが見上げると、ジェラルドが優しく微笑む。空いている手をアメリアの頬に添えるとジェラルドはアメリアの唇に触れるだけの口づけをした。アメリアは予想外の行動に顔を赤くするが、ジェラルドは仮面をしていても分かるような悪い笑みを一瞬浮かべると、今度は深くアメリアの唇を味わうように奪った。

「雰囲気になれれば、リアもきっと楽しめると思うよ。」

 ジェラルドはとても楽しそうだ。アメリアを落ち着かせたいのか、動揺させたいのか分からない。それでも受付を無事に通過する助けにはなったようだ。受付の男は呆れた顔をしながら、ジェラルドとアメリアを建物の中に通した。

(私、ちゃんとできるかな。)

「アメリアは俺だけを見ていればいい。」

 男たちから見えない位置まで来ると、アメリアの思いを見透かしたようにジェラルドが耳元で囁く。アメリアは任務も忘れて顔を真っ赤にして俯いた。
 
 会議で見せられた見取図によると、賭博場は地下にあるはずだ。アメリアは階段を降りながら、気持ちを立て直した。

「リア、この扉の先が賭博場だよ。」

「楽しみね。」

 はしゃいだような声での会話だったが、ジェラルドの準備はいいかというメッセージに、アメリアが問題ないと答えた形だ。

 ジェラルドは満足そうに頷いて扉を開けた。

 静かだったここまでとは違って、会場はたくさんの人で賑わっていた。ジェラルドのエスコートでさり気なく会場を回って仲間の居場所を確認する。アメリアたちが最後に入ることになっていたため、他の2組は予定通り問題なく配置についていた。その確認が終わると、アメリアもジェラルドとともに指示されていた場所付近に並んで座る。

 アメリアの目の前にあるのは、回転する円形の台にボールを入れて、ボールが止まった場所の数字を当てるものだ。ジェラルドは現金を賭博場専用のコインに換金すると賭けを始めた。ここからは、時間がくるまで怪しまれないように過ごせればいい。

 ジェラルドはアメリアの肩を抱き寄せながら、「リアは黒と赤どっちが好き? 私は紫かな。」と言って仮面をつけたアメリアの目元に口づけしてきたり、「リアの生まれた日に賭けるよ。」と微笑んでみたり、なんだか楽しそうだ。

 普段とは違う王子らしいジェラルドに、公式行事のときの変貌ぶりが重なって見える。人前に立つときのジェラルドは、いつもアメリアの横でキラキラしている。ある意味いつも通りなのだ。その様子を見ていると、アメリアは落ち着いて周囲を観察することができた。

 予定時刻が迫ってくる頃には、人は一段と多くなっていた。賭博場の関係者は剣を持っているが、客で武器を持っているものはいないようだ。アメリアの見立てでは、クロやトビのような人間も紛れていない。

 バタン

 急に騒がしくなって扉が乱暴に開く。

 ミカエルとヴィクトルを先頭に近衛騎士が数人、続いて警備騎士団の者たちが多勢入ってきた。

「皇太子殿下の名のもとに、この場を改めさせて頂く。全員立ち上がって手を上げろ。怪しい動きをした者は命の保証はしない。」

 ミカエルが声を張り上げている間にも一部の人間が逃げようと走り出す。

 アメリアは近くで走り出した男にトビ特製の小さいボールを投げつけた。

 男の首元にボールが当たって砕けると、受け身も取らずに、その場でバタンと男が倒れた。効き目の強さに一瞬アメリアも唖然とする。

 他にも動く者がいるので躊躇している暇はない。アメリアは周囲の安全を確認しながら、ポケットからボールを取り出して次々と首元に投げた。ジェラルドも側で数人拘束している。

 周囲が落ち着いてきて、アメリアが全体を見回すと数ヶ所で騎士と賭博場の男が剣を構えて睨みあっていた。一番近い場所に加勢に向かおうとするが、ジェラルドに腕を掴まれてしまう。

「落ち着け、リアが行く必要はない。」

 アメリアはジェラルドに手を引かれて手近な椅子に座った。ジェラルドは騎士に拘束された者たちが近くを騒ぎながら通って行くのも気にせずに、アメリアの全身をくまなく確認している。

「怪我なんてしてないわ。」

 アメリアが言っても、ジェラルドは聞こえないふりをしていて、取り合ってくれない。しつこいくらい確認して、やっと納得したのかジェラルドはゆっくり息を吐き出した。

「アメリア、さっき何を投げてたんだ?」

 ジェラルドはアメリアの隣の椅子にドカリと座ると、アメリアの手に視線を向ける。

「これだけど、何なのかは知らないわ。」

 アメリアはボールの残りをポケットから出してジェラルドに見せた。

 アメリアは力が弱いので、短剣を致命傷になる位置に投げつけて逃げる訓練を中心に行ってきた。それ以外の戦闘もそれなりには出来るが、相手を拘束したり気絶させたりするために敵に近づく事は、護衛が許可しなかった。かわりに渡してくれたのがこのボールだ。

 宿屋で襲われた際に相手を殺してしまうことが恐ろしくて何も出来なかった事が、このボールを用意してもらった一番の原因だが、それに関してはジェラルドに伝えるつもりはアメリアにはない。

「トビが作ってくれたのよ。2日くらいすれば目を覚ますって言ってたわ。」

 アメリアが説明すると、ジェラルドが少し顔を引き攣らせた。こんなに驚いているところをみると、騎士団にはない技術なのかもしれない。

 このボールは劣化が激しいため作り置きできず、使う事が前から分かっているときにしか用意できない。逆にすぐに毒性がなくなるので、顔の近くに投げつけられた相手にしか被害はない。アメリアはジェラルドにそう説明した。

「分かった。とにかく危ないから、もう持ち歩くなよ。」

 安全だと説明したのに、ジェラルドはそんな事を真面目な顔をして言ってくる。アメリアは仕方がないので頷いておくことにした。必要ならジェラルドに内緒でトビに用意して貰えばいい。そう密かに考えていた。
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