【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

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4.安らげる場所

5.パンケーキ

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 すっかり上機嫌になったジェラルドが話を元に戻す。

 アメリアの馬車が襲われたのは、ジェラルドと辺境伯への脅しではないかとジェラルドたちは考えた。2人の周りで弱い人間。悔しいがアメリアしかいない。

 辺境伯はアメリアにはイジメや嫉妬を避けるためと嘘をついて辺境伯領に閉じ込め、影武者を学園に通わせた。

「辺境伯領にいれば、アメリアの側にはこの国で一番恐ろしい集団がついているからな。」

 アメリアが領地にいる間、辺境伯軍特殊部隊の誰かがいつも側にいてくれた。襲撃があったのなら、辺境伯がアメリアを領地に閉じ込めたことも理解できる。

 学園生活を送りながら皇弟を見張り続けたジェラルドたちは、今年に入り皇弟の計画を具体的に知った。もう泳がせる必要もない。辺境伯と相談して協力者を徐々に排除していく事にした。

「追い詰められたら逆恨みして、俺の大切にしているものを捨て身で害そうとする可能性もある。辺境伯軍特殊部隊が側にいても安心しきれなかった。」

 ジェラルドとの関係がなくなれば、アメリアは安全だ。そう考えて実行されたのが、卒業パーティーでの偽装婚約破棄だった。

「辺境伯はどこまで偽装のつもりだったか分からないけどな。」

 きっと辺境伯なら婚約破棄になったら喜びそうだとアメリアも思う。そういうとジェラルドが顔を引き攣らせた。

「辺境伯はちゃんと書類を用意して婚約破棄しようとしてたんだ。俺が卒業パーティーで騒ぎを起こした方が、本当に破棄するより効果があるって言って、なんとか説得した。」

 ジェラルドの目論見通り、婚約破棄の報道は過熱しており、今では国中が知っている。

「卒業パーティーは『皇太子殿下の恋人』の名場面を再現したの? ジェラルドが読んでいたなんてびっくりした。」

「まぁ、うん。あのときは怒鳴って追い出したりして悪かったな。」

 子供の頃の事なのに、ジェラルドが気不味そうに謝るので、アメリアは少し笑ってしまう。素敵な小説だったでしょとアメリアが聞くとジェラルドは曖昧に笑った。


 最終的には辺境伯もジェラルドの意見を受け入れ、婚約破棄は偽装にする事となった。辺境伯はアメリアには全てが終わってから伝えるべきだと言って、ジェラルドもそれに同意した。アメリアが自らに降りかかるかもしれない危険を知って、不安になるのを避けたかったのだそう。

 影武者のミケは演技だとしても、アメリアには先に婚約破棄について説明してほしいと訴えていたようだが、皆に説得されて卒業パーティーでもアメリアを演じた。

「アメリアは何も知らないまま、辺境伯領でパンケーキでも食べて、のんびりしていてもらうつもりだったんだ。領内には情報が入らないようにしてあったしな。」

「あ、そういえば、私のお気に入りのパンケーキ屋さん、辺境伯領にも出店したんだよ。」

「知ってる。その店を辺境伯領に作らせたの俺だから。アメリアがパンケーキ食べたさに王都に来ちゃうんじゃないかって心配だったからな。」

 アメリアは呆れてジェラルドを見たが、黄金色の瞳があまりに真剣だったので、黙ってため息をつく。引っかかることはあるが、あのパンケーキを3年も食べられなくて悲しかったのは事実だ。

「パンケーキ屋さん、作ってくれてありがとう。」

「なっ! アメリアが素直にお礼を言うなんて……イテッ」

 アメリアに叩かれてジェラルドが大げさに痛がってみせた。こんな風に2人で他愛のないやり取りができることが、アメリアには嬉しかった。

「ねぇ、ジェラルド。そんな状況だったのに、私はどうして領地を出て王都に来られたの? お父様に閉じ込められていても不思議じゃないよね?」

 辺境伯が婚約破棄を事前に知っていたにも関わらず、卒業パーティーから1週間も経っていたのに、あの日アメリアは城下に降りてパンケーキを食べる事ができていた。アメリアが婚約破棄を知れば王都に行く可能性は充分予想できたはずだ。

「それは辺境伯軍の特殊部隊とアメリアの関係が良好すぎるからだな。」

「どういう事?」

 ジェラルドも辺境伯に聞いただけのようだがアメリアに話してくれた。

 だいぶ前から特殊部隊は、辺境伯よりアメリアの気持ちを優先して動くような事があった。辺境伯は愛する娘を最優先にしてくれているならと容認し、どちらかと言えば進んでそうなるようにも動いてしまっていた。どんな状況でもアメリアが守られるようにと願って。

 卒業パーティーでの偽装婚約破棄を決めたとき、それが問題になってしまった。

 辺境伯はアメリアにこの問題を隠したい。だが、アメリアは知りたいと思うだろう。特殊部隊はアメリアのためにどうするだろうか?

 もし選択によって、辺境伯軍や辺境伯領に不利益が起こるなら、特殊部隊は辺境伯の指示に従うだろう。残念ながらこの件にはそういった公的な話は関わってこない。

 流石に辺境伯が領地にいて直接指示すれば特殊部隊も従うだろう。そう考えた辺境伯は影武者アメリアの卒業を見届けてから馬を飛ばして領地へ戻り、自ら直接特殊部隊に命令し、アメリアの情報を遮断するつもりでいた。  

「そんな駆け引きみたいなことまで特殊部隊の人たちとしなくても、私に話してくれればそれで全部丸く治まったのに……」

 アメリアが呆れてジェラルドを見ると、ジェラルドはさり気なく視線をそらして果実水を飲んだ。

「俺は側にいてやる事もできないのに、アメリアを不安にさせるような事を伝えたくはなかった。」

 そんな風に言われてしまってはアメリアも言い返す言葉が見つからない。

 幸い領地において、アメリアの周りには若い女性しかいない。馬の移動にかかる時間くらいは特殊部隊の力を借りなくても情報を遮断する事は可能だと思っていた。

「でも、知ってしまったのね。」

 ジェラルドは頷く。女性の情報収集能力を見誤ったようだ。

「お父様にしては珍しいミスね。きっとお母様を基準にしてしまったのね。お母様はおっとりしていて人の噂なんて興味ないもの。」

 ジェラルドは苦笑するだけで何も言わなかった。

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