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2.王都
2.道中
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アメリアは城下に隠れて夜を待ち、闇に紛れて領地を出ればいいくらいに考えていたが、クロとトビの考えは違っていた。フウが忙しい日中のうちに領地を出て、身を隠した方が王都に間違いなく着けるというのだ。
アメリアの護衛の2人はとても優秀で、フウさえ動き出さなければ他の人間はどうにでもなるらしい。
アメリアは悪い笑みを浮かべたトビに、詳しく聞きはしなかった。
「怪我をさせたりしないでね。」
これだけは絶対に言っておかなくてはと、アメリアは強めに念を押す。
「辺境伯軍の軍人相手なら、多少の怪我は問題ないよ。」
トビはサラッと不穏な事を言ったが、そんなことをするなら一緒には行かないと言ったら、つまらないなと言いながらしぶしぶ頷いてくれた。
方針が決まるとアメリアは侍女を部屋に残し、クロとともにお城を出る。侍女は真っ青な顔をしていたが、アメリアがお願いすると時間稼ぎのためにアメリアのふりを引き受けてくれた。
「お嬢様、おでかけですか?」
「うん、城下で買い忘れたものがあったの。」
「そうですか、お気をつけて。」
男装をしたアメリアは外が明るいうちの行動は制限されていないので、お城を守る辺境伯軍の軍人たちも笑顔でアメリアを見送ってくれた。軍人たちは時間で交代するので、アメリアが帰って来なくても騒ぎにはならないだろう。それでも、アメリアを信じて送り出してくれている軍人に後ろめたくて、アメリアは心の中で謝罪した。
問題になるのは、ペンブローク辺境伯領の中心地である城下町を出る方法だ。安全のため壁で囲まれた城下は、人の出入りが厳重に管理されている。アメリアは城下町の外に出ることは辺境伯に許されていない。その事は辺境伯軍の人間なら知っているし、軍の人間には顔もバレてしまっているので普通の方法では出ていけないだろう。アメリアは辺境伯本家の者しか知らない脱出用の通路を使おうかと考えていたが、クロは普通に城下の外へとつながる正門に向かっている。
「どうするつもり?」
「普通に正門を出ますよ。」
「え?!」
アメリアは驚くが、クロはそれ以上のことは何も説明せずに歩いていく。アメリアがドキドキしながら正門に近づくと、なぜか、正門を見張っているはずの辺境伯軍の軍人が一人もいない。あまりにもあっけなく城下の外に出ると、トビが馬を3頭連れて待っていた。
「お嬢様、この馬をどうぞ。」
合流したトビは、平然と馬の手綱をアメリアに渡す。アメリアが先程自室で用意していた荷物は、別の馬に括り付けられていた。2人のどちらかが運んでくれるのだろう。
「ねぇ、門番がいないって、どういう事? 誰か城下に入り込んだら大変でしょ?」
普段は通行証がないと城下には入れないし、出るときには、きちんと手続きしておかないと2度と城下に戻ることが出来なくなる。アメリアは一応領主の娘なので2度と入れないということはないとは思うが……
「気にしなくていいよ。通れたのはお嬢様だけだから。」
トビはいつものようにヘラヘラ笑っている。アメリアは理由を詳しく知りたかったが、この様子では教えてくれないだろう。
「フウ隊長に見つかる前に急ぎましょう。」
「怪我はさせてないのよね?」
「お嬢様が駄目って言ったんだろう? やり方はいくらでもあるんだよ。」
トビはニヤリと笑って馬に跨がる。そこさえ守ってもらえたなら、アメリアにはもう何も言えない。軍人としての秘密もあるだろうからとアメリアはむりやり納得して馬に跨った。
「準備ができましたのでこちらでお休み下さい。」
あたりが暗くなり始めた頃、アメリアはクロに促されてテントの中に入った。結局、領地を出るための関所もあっさりと通過し、隣の領地の森にテントを張って今日は休むことになった。2人は本当に優秀な護衛だ。自分の我が儘に付き合ってくれていることに、アメリアは感謝してもしきれない。
急に決めた事だったにも関わらず、追手どころか普通の旅と変わらないぐらい快適な移動だった。何をどうやったかは不明だが、辺境伯にバレたときにはアメリアが謝ればいい。今回は、人生最大の緊急事態なので、アメリアも細かいことに気を配る余裕がなかった。
アメリアはひと息ついて婚約破棄について考える。アメリアとジェラルドの結婚は国のためには絶対に必要だと聞いていた。そう思って安心しきっていたのがいけなかったのだろうか。
ペンブローク辺境伯領は50年前まで隣接する国との争いが絶えなかった。そのため、独自に用意された軍は純粋な戦闘部隊だけでなく、諜報や隠密行動に秀でた部隊など一国の国軍と言っても良いほど多岐にわたっている。
シャルト王国の国軍である騎士団より強くなってしまっていることは長年公然の秘密であり、中央政府の悩みの種でもあった。辺境伯軍を解体すべきだという意見もある。しかし、辺境伯軍がなくなれば隣国がどのように動くか予想がつかない。
そのために行われたのが、アメリアとジェラルドの婚約だった。乱暴な言い方をすれば人質として辺境伯が溺愛するアメリアを王都に置くための政略結婚である。
(それでも、ジェラルドとはちゃんと気持ちが通じ合っていると私は思っていたのに……)
アメリアは左手にはめられた指輪を見つめた。
アメリアの護衛の2人はとても優秀で、フウさえ動き出さなければ他の人間はどうにでもなるらしい。
アメリアは悪い笑みを浮かべたトビに、詳しく聞きはしなかった。
「怪我をさせたりしないでね。」
これだけは絶対に言っておかなくてはと、アメリアは強めに念を押す。
「辺境伯軍の軍人相手なら、多少の怪我は問題ないよ。」
トビはサラッと不穏な事を言ったが、そんなことをするなら一緒には行かないと言ったら、つまらないなと言いながらしぶしぶ頷いてくれた。
方針が決まるとアメリアは侍女を部屋に残し、クロとともにお城を出る。侍女は真っ青な顔をしていたが、アメリアがお願いすると時間稼ぎのためにアメリアのふりを引き受けてくれた。
「お嬢様、おでかけですか?」
「うん、城下で買い忘れたものがあったの。」
「そうですか、お気をつけて。」
男装をしたアメリアは外が明るいうちの行動は制限されていないので、お城を守る辺境伯軍の軍人たちも笑顔でアメリアを見送ってくれた。軍人たちは時間で交代するので、アメリアが帰って来なくても騒ぎにはならないだろう。それでも、アメリアを信じて送り出してくれている軍人に後ろめたくて、アメリアは心の中で謝罪した。
問題になるのは、ペンブローク辺境伯領の中心地である城下町を出る方法だ。安全のため壁で囲まれた城下は、人の出入りが厳重に管理されている。アメリアは城下町の外に出ることは辺境伯に許されていない。その事は辺境伯軍の人間なら知っているし、軍の人間には顔もバレてしまっているので普通の方法では出ていけないだろう。アメリアは辺境伯本家の者しか知らない脱出用の通路を使おうかと考えていたが、クロは普通に城下の外へとつながる正門に向かっている。
「どうするつもり?」
「普通に正門を出ますよ。」
「え?!」
アメリアは驚くが、クロはそれ以上のことは何も説明せずに歩いていく。アメリアがドキドキしながら正門に近づくと、なぜか、正門を見張っているはずの辺境伯軍の軍人が一人もいない。あまりにもあっけなく城下の外に出ると、トビが馬を3頭連れて待っていた。
「お嬢様、この馬をどうぞ。」
合流したトビは、平然と馬の手綱をアメリアに渡す。アメリアが先程自室で用意していた荷物は、別の馬に括り付けられていた。2人のどちらかが運んでくれるのだろう。
「ねぇ、門番がいないって、どういう事? 誰か城下に入り込んだら大変でしょ?」
普段は通行証がないと城下には入れないし、出るときには、きちんと手続きしておかないと2度と城下に戻ることが出来なくなる。アメリアは一応領主の娘なので2度と入れないということはないとは思うが……
「気にしなくていいよ。通れたのはお嬢様だけだから。」
トビはいつものようにヘラヘラ笑っている。アメリアは理由を詳しく知りたかったが、この様子では教えてくれないだろう。
「フウ隊長に見つかる前に急ぎましょう。」
「怪我はさせてないのよね?」
「お嬢様が駄目って言ったんだろう? やり方はいくらでもあるんだよ。」
トビはニヤリと笑って馬に跨がる。そこさえ守ってもらえたなら、アメリアにはもう何も言えない。軍人としての秘密もあるだろうからとアメリアはむりやり納得して馬に跨った。
「準備ができましたのでこちらでお休み下さい。」
あたりが暗くなり始めた頃、アメリアはクロに促されてテントの中に入った。結局、領地を出るための関所もあっさりと通過し、隣の領地の森にテントを張って今日は休むことになった。2人は本当に優秀な護衛だ。自分の我が儘に付き合ってくれていることに、アメリアは感謝してもしきれない。
急に決めた事だったにも関わらず、追手どころか普通の旅と変わらないぐらい快適な移動だった。何をどうやったかは不明だが、辺境伯にバレたときにはアメリアが謝ればいい。今回は、人生最大の緊急事態なので、アメリアも細かいことに気を配る余裕がなかった。
アメリアはひと息ついて婚約破棄について考える。アメリアとジェラルドの結婚は国のためには絶対に必要だと聞いていた。そう思って安心しきっていたのがいけなかったのだろうか。
ペンブローク辺境伯領は50年前まで隣接する国との争いが絶えなかった。そのため、独自に用意された軍は純粋な戦闘部隊だけでなく、諜報や隠密行動に秀でた部隊など一国の国軍と言っても良いほど多岐にわたっている。
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