私は鬼に食べられたいの

ピロ子

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5.急転直下

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 学年一の可愛いと評される白木紗季から告白された正臣が、彼女とお付き合いを始めた三日目。

 この日は正臣の二十歳の誕生日、待ちに待った日なのに花の気分は晴れない。
 紗季が告白した翌日には、二人の周りをキラキラ系女子達の鉄壁の守りで固めてしまい、以前から正臣と交流がある花をはじめとした普通ジャンルの女子は彼に近付くことが出来なくなった。
 特に、花が正臣の近くを通りがかろうものならばキラキラ女子達に睨まれる。
 あからさまな敵意に、最初こそ面白がっていた友人達もさすがに呆れて紗季と取り巻き女子達を見ていた。
 完全に紗季にのぼせ上っているらしい正臣は幸せそうにしており、よくあのキラキラ女子の中に居られるものだと尊敬してしまう。

(完全に紗季ちゃんから警戒されているな。従弟だっていうのを信じていないのかな。これじゃ、今日中に誕生日プレゼントを渡せそうにないじゃない)

 こんなに警戒されていたらメッセージアプリで連絡を取れるのも遠慮してしまう。もしかしたら、紗季のお願いを聞いた正臣は花をブロックしてしまうかもしれないなと、苦笑いした。

(今日はきっと、まー君と紗季ちゃんは夜まで一緒にいるんだろうな。鬼さんはいつ、私を食べに来るんだろう)

 肩を落として花は一人で薄暗い道を歩く。
 大学から下宿先のアパートまでは街灯が少ない道のため、時間が合えば途中まで正臣と一緒に帰っていた。
 これから一人で帰るのならば、明日からは自転車で通うかと夕暮れの茜色から濃紺色へ変化していく途中の空を見上げた。

(鬼さんは、まー君と紗季ちゃんをどう見ているのかな?)

 三日前は全く興味が無さそうだったが、もしも正臣の中に居る鬼が紗季の精気を気に入ってしまったら? 正臣の中から出て来た鬼が紗季に触れたら? 
 そんなことは想像したくもないのに、一度考えてしまうと想像は止まらない。胸が張り裂んばかりに痛くなり、目の奥がツンッとして泣き出しそうになった。

 バサリッ
 大きな羽音が聞こえ、花は音のした前方を見る。

 先程まで誰も居なかったはずの前方の道に二人の男が立っていた。
 道を塞ぐように立つのは、白衣の上から鈴懸を着て結袈裟と掛けて頭には頭襟という、テレビでしか見たことがない修験者のような法衣を纏った厳めしい顔をした大男と、同じく修験者姿の長い前髪で目を隠した長身の男。
 立ち竦む花の頭の先から足元まで見下ろした大男は、鋭い目を更に吊り上げ睨んだ。

「お前、臭うな」
「えっ」

 坂道を歩いて来たため汗はかいていても、不快に感じるほどは臭くはないはず。
 目の前にいるのはどう見ても不審者で、相手にしてはいけないと分かるのに初対面の相手から臭いについて言われ、花の思考は完全に止まる。

「娘、お前に体からあの鬼の臭いが染みついている」
「鬼を解放したのはお前か」

 距離を縮めてくる男達の口からでた“鬼”という言葉で、我に返った花は後退りながら周囲を確認する。
 周りは人の気配無く、住宅も無い竹林に囲まれた道路で助けを呼ぶのは困難だ。ならば叫ぶしかない。

「ち、痴漢っもがっ」

 大声を出そうと息を吸った花の口を、一気に距離を縮めた長身の男の手が塞ぐ。

「騒ぐな。我らと共に来てもらおうか」
「この娘を餌にすれば、鬼が釣れるやもしれぬな。どうする?」
「我らだけであの鬼を迎え撃つのは危険じゃ。娘を連れて戻り、お館様に報告をせねばならぬ」

 頷いた長身の男は、花の腰を米俵のように小脇に抱える。細身の体躯のどこにそんな力があるのかと、花は大きく目を見開いた。
 バサリッ、大きな羽音とともに男たちの背に大きな漆黒の翼が広がる。

(鬼さんっ!! 助けて!!)

 叫びたいのに恐怖のあまり呻き声すら上げられず、せめてもの抵抗にと花は手足を激しく動かした。



 ***



 二十歳の誕生日と付き合い始めた記念にと、一緒に夕食を食べようと入ったカジュアルイタリアンレストランで、メニュー表を見ていた正臣は隣に座る紗季の腕を振りほどき立ち上がった。
 驚いた紗季は宙を睨む正臣を見上げて、普段とは違う険しく冷たい彼の表情に目を見開く。

「えっ、正臣君どうしたの?」
「行かなければ」
「えっ?」

 目蓋を閉じた正臣の体から力が抜け、ぐらりと傾いていく。

「正臣君!?」

 傾ぐ体を支えようと、咄嗟に紗季は両腕を差し出すが間に合わず。椅子をなぎ倒して正臣は床へ倒れた。



 ***



「んーんんー!!」

 手足を動かして暴れる花の抵抗にもビクともせず、長身の男は翼を羽ばたかせて上昇する。

「ちっ、暴れるなよ。落ちるだろ」
「怪我させたら後々面倒じゃ。眠らせておけ、うおぉっ!?」

 赤い閃光が男達の間を走り抜け、大男が翼を羽ばたかせて横へ退く。

 ザシュッ!

「ぐあっ!」

 小脇に花を抱えていたため、避けきれなかった長身の男の片翼が千切れて大量の漆黒の羽が夜空へ散る。
 落下しかけた花を抱えなおそうとした長身の男の腕から血しぶきが上がった。

「触れるな」

 目を瞑る花の体を誰かの腕が抱き寄せる。
 耳と鼻孔へ届いたのは、いつもより低く冷たい、聞きなれた声と嗅ぎなれた狩衣からに焚き染められた香り。
 目蓋を開いた花の視界に飛び込んだのは、自分を腕に抱く艶やかな黒髪と冷たい美貌の鬼だった。
 視線に気付いた鬼は、金色の瞳を細めて花の頬を伝う涙を手の甲で拭い、烏天狗へ刃物の様に鋭い殺気を向ける。

「この娘は我の獲物だ」

 軽い音を立てて着地した鬼は、片手で花を縦抱きに抱えなおす。

「くそっ!」
「まだ封印は完全に解けていないならば、この場で捕らえてやる!」

 体勢を整えた烏天狗達は錫杖を構え、掛け声を上げながら鬼目掛けて突進する。

「愚か者どもが、我を捕らえるだと?」

 片手で持つ太刀を突進してくる烏天狗へ向け、鬼は愉しそうに喉を鳴らして嗤った。

「石鎚山法起坊でもない貴様等が、出来るというのならばやってみよ」

 大男の錫杖による突きを全てかわし、長身の男が放った術を太刀の刀身で弾く。

「その程度か」

 鬼が太刀に炎を纏わせて振るえば炎は深紅色の無数の刃となり、烏天狗達へ襲いかかる。
 深紅の刃に切り裂かれた烏天狗達の体は漆黒の羽に包まれて消えた。
 花を抱えたままで片腕しか使えないのに、太刀を振るう鬼は圧倒的な強さで烏天狗達を圧倒したのだ。
 舞い散る羽が道路へと落ちた後、現れたのは二羽の烏。
 飛び立とうとする烏を漆黒の炎が包み、燃え上がった炎が柱となり次の瞬間には消滅した。

「不味い」

 吐き捨てるように言い、鬼は抜き身の太刀を腰の鞘へ納める。

「殺しちゃったの?」

 道路を覆いつくすほど散り落ちた烏天狗の羽と二羽の烏は、羽の一枚も残さず消えてしまっていた。

「命だけは取らずに、送り返してやっただけだ。力は奪ったがな。おかげで完全に封印は解けた」

 悪役の様に、否、実際のところは悪役なのだろう鬼は、ニヤリと口角を上げる。
 悪役な笑みに見惚れかけた花は、ハッとなり未だに下ろしてくれずに自分を抱く腕を抱えるように掴む。
 鬼が抜け出た後の正臣のことを思い出したのだ。

「鬼さんっ! まー君はどうしたの?」
「ああ、正臣の体は置いてきた。今頃は昏倒して、あの女に介抱されているだろう。今の正臣ならば、我が離れていても生きてはいられる」
「ええー? 今頃、紗季ちゃん困っているんじゃないの?」

 急に正臣が昏倒して、一緒に居た紗季は怖かっただろう。いくら好きな相手でも百年の恋も冷める、というものだ。
 これが原因となり、二人が別れてしまったらどうしようか。

「正臣はお前ではない女を選んだのに、お前は奴等のことを案ずるのか?」
「まー君は紗季ちゃんを選んでも、鬼さんは紗季ちゃんじゃなくて私を選んでくれたでしょう? 来てくれて嬉しかった。ありがとう」

 満面の笑みを向ける花に、鬼は僅かに目を開く。

「今日で、まー君は二十歳になったよ」

 手を伸ばした花は、表情を消した鬼の手に触れて指を絡める。

「約束通り、私を食べて」
「愚かな娘だ」

 呆れた声色の中に、眩暈がするくらいの色気が混じっていて、花は体の奥が切なく疼き出すのを感じた。

「契約を果たしてもらおうか」
「うん」

 熱に浮かされたように瞳を潤ませた花は頷くと、真っ赤な顔を隠すために狩衣へ顔を埋めた。



✱✱✱
昏倒した正臣君は、救急車で搬送されました。
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