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青の勇者編 この勇者、魔王すぎる
魔王、案内する
しおりを挟むリンゴーン、リンゴーン。
「もう夕方か」
遠くで聞こえた村の教会のチャイムに、魔王は窓を振り返って呟きました。
ここは、城の四階の廊下。灰色の石壁と床が遠くまで続きます。
「まあ、だいたい城の中の案内はしたな。とにかくここがお前の部屋だ、ちなみに隣はエルの部屋。さっきの広間はこの階段を降りた場所にある。ちなみにホリーの部屋は上の階で、私の部屋は……部下には秘密だ」
「なるほど、わかりました」
魔王の説明に、勇者は頷きます。
本当は寝首を搔かれたくないため、魔王は勇者に自分の部屋を教えませんでした。
「城は広いからな、もし迷ったらその辺の絵画と甲冑に聞くといい。城の魔力で話すことができるんだ」
「お化け屋敷みたいですね」
「私の城だぞ。ロマンチックと言え」
感心する勇者に、魔王は訂正します。
魔王はふと、思い出したように顔を上げ、
「そうだアズレア……いや、贅沢な名前だな。今日からお前の名前はアズだ。アズ!」
「何ですか急に。元々四文字なので、そんなに変わらないかと思うんですけど」
「だって、ホルテシアがホリー、エドワルドがエルだろう、お前も名前を短くして、アズで揃えればいいじゃないか」
「はあ……それで、ご用件とは?」
しぶしぶ納得したアズレアに、魔王はこう言いました。
「もう夜になるし、先に風呂に入ってこい」
「魔王の城の風呂? ええ、大丈夫なんですかそれ……」
「嫌そうな顔するんじゃない! 本当に失礼なやつだな! お前が丸腰なら総攻撃しているところだ」
「けど僕、潔癖症なんで……」
「そうなのか? なるほど、勇者のくせに、やたら汚れるのが嫌だと言っていると思ったら……」
マントで体を覆って後ずさる彼に、魔王は納得して前で腕を組み、そして得意げに笑いました。
「では尚更、魔王の城の設備をなめてもらっては困る」
「最高ですね!!」
カポーン!
風呂特有の効果音と共に、勇者の声が風呂場に反響します。
ピカピカな大理石の床、泳げるくらいの大きなお風呂、シャワー、ジャグジー。そしてどこからか聞こえてくるカポーンという癒しの音声。
「高級宿屋ですかここは。しかも貸し切りって。もう一生ここで暮らしたい。魔王様万歳……」
勇者は魔王に忠誠を誓いながら、お湯に顔の半分までお湯に浸かります。
「そんな理由で一生を捧げて大丈夫なのか」
「え?」
部屋に響いた別の声に、勇者が振り返ると、そこにはひとつのスライムがいました。
児童向けキャラクターのようなデフォルメされた目に、水色の半円体。
勇者は、丁度そのスライムを被せられそうな、文字の書いてある黄色い洗面器を構え、
「魔物? どこから入ってきたんですか。覗きですか、僕がいくら顔が良いからって趣味の悪い」
「違う違う、私だ、魔王だ。今このスライムを乗っ取って会話をしている」
確かによく聴くと、そのスライムからは魔王と同じ声がしました。
勇者は洗面器を下げ、
「『乗っ取って』?」
「こいつに注ぎ込んだのは、私の魔力だからな。こうして意思や視点を同化することができるんだ」
「へえ。けど、どうしてそんなことを」
「いや、もし風呂への不満如きで、城を征服されたらどうしようかと。だが心配のしすぎだったようだな。良かった良かった」
スライム(魔王)は、その赤く染まった瞳を、勇者に向けます。
勇者は微笑み、しかし次にはハッとして、
「――って、どっちにしろ覗きじゃないですか! 魔王様のえっち!」
「ぐああぁあ!?!何故ええぇぇ?!?!!!」
音速で飛んできた洗面器の攻撃を受け、スライム(魔王)は断末魔とともに塵になりました。
「うわ、殺されたぞ。マジか。……ホリー、よくお前の母親のマリアドネ女王は、あいつを勇者にしようと思ったな」
魔王は、何も映さなくなった水晶玉を見つめて、隣にいるホリーに言います。
ホリーは裁縫道具を畳みながら、うーんと首を傾げ、
「お母様の考えは、わたしもよくわかりません。何かしらの基準があるとは思いますが……それより魔王様、できました」
そう言って、手元のハンカチを広げます。
白い布に、黒と赤のキラキラした糸が、トランプのシンボルや綺麗な模様を作っていました。
魔王は表情を和らげます。
「相変わらずホリーはそういうのが上手いな」
「ありがとうございます、魔王様の色をイメージしたのです」
「へ? はっ、わ、私か? そんなもの作ってどうするんだ」
「差し上げようと思ったのですが……お気に召しませんか?」
ホリーは心配そうに、その綺麗な水色の瞳で魔王を見つめます。
魔王は慌てて目をそらし、
「いつも言っているが、私は魔王だ。仮にも王国の娘からなど……」
「では、姫から魔王様へとして、ではなく、ホルテシアからヴィルさん個人への贈り物として……」
「くっ……ほんと、ほんとお前……ああああ」
ホリーの眩しさに魔王は悶え、顔を覆います。
同じ部屋にいるエルは、ハートが飛んでそうな二人のやり取りを聞き流しながら、窓際で空を見上げ、
「自分で作ろうかなぁ、美女」
そうして、穏やかに夜は更けていくのでした。
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