続・骸行進（裏怪談）

師「霊視鑑定人X氏」の禁話

梅雨と女

これは、X氏の記憶に残る「一番古い記憶」だという。

遡る事、数十年前。

彼が、まだ学生だった時の話だ。

彼の両親は共働きで、夜遅くまで帰って来ない事が日常であった。
その為、夏休みや冬休みといった大型の連休には
祖父母の家に預けられていたのだという。

そして、その祖父母宅が・・・この話の舞台であるそうだ。

祖父母宅は実家から距離があり
預けられた際、彼は暇つぶしの為
多くの遊び道具を持参していたという。
・・・無理もない。知り合いなど皆無に等しい土地だった。

とは言え、家に引き篭もるだけではなく
近場の公園なども利用していたそうだ。

そうなれば、当然
名も知らぬ即席の友達も出来る。
だが、それらの友人とは長く関係は続かなかった。

そんなある年の夏。
長雨に悩まされる年だったという。

祖父母宅の縁側から庭先をぼんやりと眺めていた時だ。

地味な色の傘を差したスーツ姿の女が家の前を横切った。

女は家の玄関前で佇むと、暫く立ち尽くしていた。

祖父母どちらかの客か？
そう思い、立ち上がり玄関へ向かおうとした時
女は踵を返し、去っていった。

祖父は農家で朝早くから家を出ていた。
祖母はお昼まで畑を手伝い、お昼以降は夕飯の支度などで家に帰って来る。
そして夕飯時、祖父母に来客を伝えたそうだ。

「あぁ、セールスの人だったんだろうさ。ここ最近よく来るよ。」

祖父母はそう言い、皆で納得していたという。

だが、X氏はこの時
納得とは別に、何か不思議な感覚も覚えていたという。
その女性が妙に引っかかる。
祖父母から説明を聞き、正体も分かった。
なのに、興味が削がれる所か一層「今度は祖父母に会わせなければ」という
謎の使命感に駆られていたという。

当時の事を、X氏は
「子供ながらに、お客さんに居留守を使ってしまった罪悪感を持っていたんだと思う。」
と明かしてくれた。

数日後。
再び、チャンスは訪れた。
居間でテレビを見ていた際、窓から先日見た傘の女性が見えた。

X氏は急いで玄関の戸を開けた。

玄関の前で立ち尽くす女。

「あ、あの！お客さん・・・ですか？」

声を掛けるも、女はピクリとも動かない。
そして、先日と同じように去っていく。

その日はお昼を過ぎていた為、直ぐにでも祖母を呼べる状態であった。
だが、その女は何も言わず立ち去ったのだ。

そして、更に数日後の御昼時。

「あの傘の人だ！」

縁側で待ち伏せる様に過ごしていたX氏は直ぐに玄関へ向かう。
今度は、玄関の外まで出て女性を引き留めようとした。

「お姉さん！用事なら、中にお婆ちゃんが居るから。」

X氏は、その時初めて
傘で隠れた女の顔を覗き込んだ。

・・・女の表情は今も忘れないという。

無表情の中、薄っすらと口角を上げ
生気の無い青白い笑顔だったという。
目の焦点は合わず、何処を見ているのかすら・・・。

「あ・・・あの。」

少年の問いに女は微動だにしなかった。

少年が恐れを抱き逃げるには十分の理由だ。

・・・だが、逃げようとしたその腕を
女は突然、物凄い力で掴み少年の必死の抵抗も虚しく一進一退の攻防となった。

「放してよ！放せ！・・・お、お婆ちゃん！」

恐怖のあまり、少年は叫ぶように祖母を呼ぶ。
女は、無言のままケタケタと肩を揺らし笑う。

一向に助けに来ない祖母。

数分間の攻防が続いたそうだ。
X氏は「この数分が、今まで経験してきたどんな事よりも長く、恐ろしく感じた。」という。

少年の必死の抵抗で、女の手首周辺は真っ赤に染まった。
それでも女は手を離さない。

そして、とうとう少年は地面に落とした傘を拾い上げ、女を殴打し撃退した・・・。

祖母は自宅の中で、夕飯を作っていたが
玄関で起こったこの一連の出来事には気が付かなかったという。

とは言えだ・・・。

住宅街の真ん中で、子供が叫ぶほどの騒ぎだ。
誰も気が付かなかったのは些か不自然である。




X氏はこの出来事が
生きた人間による悪質なイタズラだったのか、心霊的な出来事だったのか
未だに分からないのだそうだ・・・。