異世界なんてもう嫌だ

メカ

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始まりの村にて ~その1~

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 午後6時半、終業の鐘が鳴り周囲が慌ただしく帰り支度を始める。
行政の働きかけで、金曜のこの日、俺達社会人は残業をせずに帰る事になった。・・・それはいい。給料にも不満はない。だが、何かが足りない。決定的に。
子供の頃、夢見た世界はこんなにも色褪せた世界ではなかった。
事実、仕事を終えれば自宅へ直帰し、寄り道なども興味がわかない。
かつて、俺が憧れた世界は、知恵と勇気が試され仲間たちと共に世界を渡り歩く・・・そんな世界だった。
だが現実はどうだ?何処に行くのも付いて来るのは「金、金、金!」金を手にするために、凡そ半日近くを拘束され労働を強いられる始末。しかも!一日そこらでは終わらない。ほぼ毎日だ!
「冒険?」そんなもの在りはしないし勇気なんて必要ない。必要なのは学歴と社畜精神。上司が右と言えば右を向かなければならない「忠誠心」だ。下端の俺達の意見は一応上司の耳に届く。が、それが反映されるかは上司の匙加減一つだ。良かれと思い進言したとしても「参考にしておくよ。」の一言で実質は「揉み消し」だ。
そんな世界に誰がした?俺か?俺達か?
こんな世界、まっぴらだ。

 帰路にて、「堺 亮」は、社会に対する不満を爆発させていた。
だが、彼は二十四とまだ若い。社会の仕組みに順応できずにもがいているだけの若造だ。自分が信じ慕ってきた正義が一つではない事に苦悩する多感な時期だ。
そして・・・。

「おい!あぶねぇぞ!」
「ん?」
次の瞬間の出来事は覚えていない。否、正確には何が起きたか理解する間もなく地面に伏していた。
「た、大変だ・・・。誰か!救急車!おい、にいちゃん大丈夫か!」
「な・・・何、が・・・。」
「しゃべるな!直ぐ助けが来るから!誰かこっち手伝ってくれ!・・・行くぞ、せぇーの!・・・。」
薄れていく意識の中、唯一確認できたのは、鉄骨の下に敷かれた自身の体であった。
『あぁ、事故か。次に見る景色は見慣れているはずもない病院の天井か、あるいは暗闇か・・・。まぁ、どっちでもいい。暇つぶしにでもなるのなら・・・。』

 サァー。
『この音は・・・風が草を揺らす音か。となると次に来るのは・・・。』
心地の良い風が肌を滑り去っていく。
「ふふ」
思わず笑みが零れる。あまりの清々しさに俺は自身の身の上など忘れていた。
だが、徐々にその清々しさは不安へと変わる。
此処は何処か、自分はどうなったのか、なぜこうなったのか。
同じ問答が繰り返し頭に響く。
この目を開けば、状況は分かる。この口を使えば、状況は問える。
あと一歩、勇気を振り絞れば・・・。
『アレンジなんて要らねぇよ!言われた事だけやってりゃぁさ!』
『君はアルバイトだろう?これは社員会合だ。君が出る幕ではないだろう。』
『これだから高学歴は。・・・自分は出来が違うと言いたいのか?』
「・・・くそ。・・・こんな世界!クソ食らえだぁぁぁ!」
こんな時、思い出すのは些細な失敗。
あの日、俺は二日後に行われる自社会合に使われる書類に良かれと思い手を加えた。直近の上司の反応は良かった。だが思わぬ場所から批判が飛んだのだ。
結果、会合は終始空気が悪く周囲の反応も思ったものではなかった。
俺は思いっきり空気を吸い込み、その場で叫んだ。
心のモヤは何処かへ飛び、清々しさだけが残った。
「さて、ここは何処かな?・・・おい、どういう事だ?何処だよ、此処。」
重い瞼を開いた俺は、周囲を確認するが、ほんの数秒前に考えていたような場所でない事に困惑した。
目に映るのは、よく聞く河川敷でもなければ白い天井でもなく蒼い晴れ間。周囲を囲むのは偉そうな医者や疲れたナースではなく緑茂った木々だった。
上体を起こし、再度確認を行うも結果は同じであった。
「ここが、天国ってわけかい。まぁ、悪い所じゃないな。」
自分の姿を確認すると、仕事帰りのスーツのままでカバンも自身が倒れていた場所の脇に放置されていた。
そのかばんの中身もチェックし立ち上がると、何処からか声が聞こえて来た。
「いらっしゃい、旅人さん。この世界でナビゲートを務めちゃうヤングでナウい有能ゲーターですよ。」
「ゲーターって意味分からんぞ・・・しかもヤングでナウいってもう死語じゃ・・・。」
「うるさい!おだまり!」
「まぁいいや。此処が天国って事で良いのですかねぇ?」
「天国?何この人。ちょっと怖いわぁー。関わっちゃマズイ系?」
「そりゃおめぇの事だよ!ここが天国じゃないのなら、何処なんスかねぇ。」
「そこはウルドの森。近くには狩猟を生業にして生きている村人たちの集落がある場所だ。」
「はぁ?このご時世に狩猟?どこの貴族様ですか。」
「・・・。」
「いや・・・ガチすか?」
「ガチです。」
「冗談でしょ?でも人が居るなら其処へ案内してくれないか?ナビゲーター。」
「おう、俺の事はゲーターと呼べ。」
「はいはい、もう何でもいいよ。頼むよ。ゲーターさん!」
「・・・よかろう。」
「不満かい!」
これが。この世界との出会いである。
自称ナビゲーター・・・もとい、ゲーターの案内で俺は森の中を進む事となった。
「時に、旅人。まだ名前を聞いて無かったな。何と申すのだ?」
「俺は、堺 亮。年齢は二十四だ。」
「ほうほう、リョウか。・・・あ、道通り過ぎちった。テヘ。」
「テヘじゃねぇよ!テヘじゃ!戻るぞ。」
「リョウ、なぜお主はこの世界に来たと思う?」
「え?」
「お主の居た場所と此処は違う場所なのだろう?なら理由があると思わんか?」
「た、確かに・・・。」
「知りたくはないか?」
「・・・教えてくれるのか?」
「・・・。」
「おい?ゲーターさん?」
「そんなもん、自分で考えろ、バーカ。」
「こ、こいつ・・・いつか殺す!」
「冗談だ。・・・この世界には度々、お主と同じように別なる場所から現れる旅人が存在するのだ。」
「俺以外にも?」
「そうだ、彼らは各々でこの世界に生き、この世界で生を終える者も居る。だがその殆どの旅人はある日を境に、姿を消して居る。」
「・・・元居た場所に帰った?」
「それは分からん。だが、その旅人の多くは自身の中に拭い切れない思いを持っていたという。もし、お主の言う通りそれらの旅人が元ある場所へ帰る事が出来たというのであれば、その思いに何かしらの結論を見出したからではないか?・・・お主はどうなのだ?」
「俺は・・・。」
「本当に帰りたいと願う事があるのなら・・・あるいは帰れるかもしれないぞ。」
「本当か?」
「ま、知らんけどな。」
「関西人か!お前はぁ!」
「カンサイジン?何それ。」
「も、もういい!」
「あまり大声で騒ぐのでない、魔物が寄って来るぞ?」
「魔物!」
「ここらの魔物は温厚ではあるが、怒らせればひとたまりもないぞ。」
「そういう事は先に教えてくれよ。」
「言葉と裏腹に、前のめりで探すのではない。」
「いやぁ。魔物なんてゲームの世界でしか見ないしさ。」
「・・・お主、魔物がゲームやおとぎ話の世界だけの物と思っているのか?」
「え?」
「確かに、読んで字の如く『魔物』『異形の物』たちは、人々の空想より産まれしもの。つまり、その姿・形。性質。は人が産んだものだ。」
「!」
「神もまた同じ。人々の想い、願い、祈りをあまねく受け入れる器として祀られたもの。それが神だ。魔物であれ、神であれその元を辿れば、その創造主たるは人なのだ。真に恐ろしきは人の持つ性質よな。」
「人が持つ、恐ろしさ・・・。」
「さぁ、もうすぐ着くぞ。」
「おう。」
「そうだ、その前に一つ。喉が渇いた頃合いだろう。近くに水辺がある。そこの水を飲むなりして休憩を取ろう。」
「おう。」
ゲーターの勧めで、俺は水辺のほとりへと到着し休憩をしていた。
「おい、リョウ。」
「ん?何だよ。ゲーターさん。」
「左の草陰に小さな祠が見えるか?」
「・・・あぁ。」
「その祠に、そこの水をかけお参りしてはくれんか?」
「な、なんだよ。急に。」
「お主の旅路に幸あらん事を願う為だ。さ、早く行くのだ。」
「分かったよ。」
「・・・・・。」
「ゲーターさん?」
「・・・・・。」
「おい、ゲーターさんよぉ?」
ガサガサ!
「!」
ガサ・・・ジャリジャリ。
「な、何だ?魔物か?」
「おう、リョウ。一杯飲む?」
俺の目の前に現れたのは、俺の胸元あたりまでの身長の『ちんまりとした少女』だった。
「・・・あのぉ・・・どちら様で?」
「ここまで一緒にやって来た友を一瞬で忘れるとは・・・清々しい程にアホだな、お主。」
「え・・・まさか・・・。」
「そうだ、今をときめくクールなヤングでナウいゲーターさんだぞ!」
『うわぁ、増えている。何か要らん単語が増えているぅ!』
「つーか、素っ裸なのは放送倫理上マズイだろ!何か服着ろ!」
「細かい事は気にするな。さて、お参りも済んだ事だし、村に急ぐぞ。」
「気にするわ!つーか急ぐな!そんな恰好で急がれたら要らん誤解を招く!」
「さぁ、捕まえてご覧なさい。わはは。」
「ちょ!やめろぉぉぉ!頼むから走るなぁ!」

「で、この道を進めば村だな?」
「そうだ、此処まで連れてきてやった優秀な僕を誉めたまえ。」
「死んでも嫌だね。」
「即答するな!」
「いってぇ!・・・つーか、早!」
「わははは。」
俺の脛を思いっきり蹴り上げた少女は、村へと続く下り坂を猛然と駆け降りる。
その速度は、もはや人間のソレではない。
「お、おい・・・ゲーター。お前、はぁはぁ。何者だ・・・。」
「ん?僕かい?僕はウンディーネだ。精霊界ではちょっと名の通った偉い精霊だぞ。」
「お、お前が・・・?」
「なんや?文句あるのかね?ニーチャン。」
「お前みたいな礼節がねぇのが精霊だって?」
「せやぁ、怒らせたら村一つどころかその大陸が海の底でっせぇ。アンチャン。」
「うわぁ、胡散臭ぇ・・・。」
「な!何だと!信用してないな!」
「いや、だってこれまでの態度からどうやって信じろと・・・。」
「よし、見てろぉ!」
そう意気込むと自称ウンディーネは得体の知れない呪文を唱え始め、しばらくすると村の井戸が地下水の噴出により爆発した・・・。
「いっけね、やっちまった。テヘ。」
「だから、テヘじゃねぇだろ!」
しかし村人達は温泉でも掘り当てたかのような水源に歓喜していた。
後から聞いた話では、この村では数日前に井戸が干上がり、窮地に立たされていたそうだ。
『こいつ・・・本当にウンディーネか・・・。』
その夜、俺は恐ろしくなり、自称ウンディーネが寝ている隙に村を出た。
右も左も分からぬまま歩き続け、たどり着くであろう新たな村で、俺は一から考え直す事にしたのだ。
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