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教育とは ~その4~

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「飯島君。」

「はい?」

その日、俺はフロアー責任者の「島田」に呼び止められた。

「こっちの施設に移ってから結構経つし、仕事も慣れた頃合いでしょ?」

「えぇ、そうですね。」

「そろそろ、夜勤やってみない?」

「是非!」

この仕事をしていると、二つの「一人前ルール」が存在する。

1つ目は
食事中でもトイレなどの話を普通にできるようになったら一人前(職業病)とされ
2つ目は
その後、夜勤に入りこなせるようになったら一人前(介護士として)というものだ。

正直な所、最初の一人前の門を潜るにはとても抵抗がある。
だが、気付いたらその門を素通りしていた。
かつては、学生時代の友人たちに食事に誘われる事があったが
ここ数年、その誘いはめっきり無くなった。
その理由が、食事中の会話に合ったのだと気付いた時には、連絡の取れる友人は
一人しか残っていなかった。

「俺んとこの上司がさぁ、すげぇうるせぇ奴でさぁ~。何時か覚えてろよって感じ。」

「分かる。こっち何て管理職ついてから、部下のケツ叩きっぱなしだよ。そうしないと上が五月蠅いし。」

「だよなぁ!・・・なぁ、飯島ん所はどうなんだよ。」

「え・・・俺?大変っちゃ大変だぜ。毎日戦争よ。」

「お、どんな事が起きてるんだぁ!?包み隠さず話したまえよ!」

「いやぁ、看護師が利用者の睡眠時間を計算して朝に出るように下剤飲ませて来るんさ。
それのせいで、ほぼ毎朝、誰かしら下痢の人とかいてさぁ。」

「・・・へ、へぇ・・・。凄いんだな・・・。」

大部分の人間が、普通の職場で働くサラリーマンだ。
食事中に汚物の話が出る事など、ますあり得ない。
だが、俺達「介護士」の中では当たり前の日常。
そのギャップに引いていく友人達。どんなに酔っていたとしても
俺に話が振られた途端、その酔いは台無しになる。

そうして、孤独になっていき、身の回りに他の介護職員を集め出した時
その門を潜り抜けた事になるのだ。

そして、この夜勤で俺は、とんでもない事実と遭遇する。

3回目の夜勤
メンバーは、榊・俺・沼田の3人だ。
沼田は年齢19歳資格こそない物の山崎と仲が良く、その技術を真似て少しずつ成長している。
俺達から見れば、ヒヨッコも同然なのだが、当人は謎の自信を手に日々を過ごしている。

「いやぁ、今日も男3人。水入らずっすね!榊さん!」

「お前、夜勤になるとテンション高いよな。」

「だって、うるせぇの居ないじゃないっすか!」

「そうだけどよ・・・。」

そういうと二人は当たり前の様に煙草のケースを取り出し、吸い始めた。
勿論、ステーション内は禁煙であり移動するのかと思ったが
彼らは窓を開けただけで、堂々と吸っていた。

「あ、飯島さん吸わないんすか?ならこの事チクらないでくださいよぉ?」

「・・・ま、換気もしてくれてるし文句は言わないよ。」

「そーそー。固い事言いっこなしでね。」

「夜勤位、自由に出来なきゃ続けられないよ・・・。ハードになっていく一方だし。」

「・・・榊さん。」

榊の言う事も尤もであるが、やっている事は人としては間違っている。
だが、長い物には巻かれて億。
それが、俺の学んだ人生感だ。

そして、夜も更け深夜二時半。
ここから三時にかけてオムツ交換である。
流石の3人態勢という事も有り、4人部屋は直ぐに終わってしまう。とはいう物の
4人部屋もいくつもある訳で、それに夜中という事も有り疲労の色も濃くなる。

個室に差し掛かった時には、3人とも汗だくだ。

個室の一人を終え、廊下のオムツ台車まで戻り、次の準備をしているとコレが聞こえた。

「おらあぁぁぁ!」

まるでヤクザの叫び声だ。
慌ててその部屋に入ると、そこは「青山さん」の個室で
沼田が、オムツ交換に入っていた。

「ぬ、沼田。今すげぇ声したけど!」

「あ、聞こえちゃいました?この時間、もう腕に力入らなくて・・・自分に喝入れないと体交できないんすよ。」

体交とは
オムツ交換や、褥瘡対策の為に定期的に利用者の体の向きを変える事だ。

「いや、だからってあの大声はないだろう。こえぇよ。」

「す、すいません。気を付けまーす。」

そういいながら部屋を後にする沼田。
室内灯に照らされたその髪は茶髪に見えた。

「ぬ、沼田!」

「はい?」

「ちょっとこっちきて。」

「なんすか、もう。俺も疲れてるんすけど~。」

「沼田って髪染めてるん?」

「あぁ、地毛が茶髪に近いんすよ。で、面接とかで印象わりぃと思って黒染めしてるんすよ。」

「な、なるほど・・・。」

全ての謎が一気に解けた。

青山さんの朝の変貌っぷり。それは沼田のせいだったのだ。

朝の施設内では、比較的明るい物のそこまで茶色が目立つような強い光にさらされることが無い。
それ故に、沼田のこの変化を知らなかった俺は、ああ言うしかなかった。

「沼田、もうちょっと利用者の気持ちになってやってくれ。な?」

「・・・分かりました。」

「それがクリアできれば、山崎より良い介護士になれるよ。お前ならね。」

誰に対しても、フランクさのある沼田。
そのフランクさがたまに傷だが、それもこれから揉まれて行けば学んでいくはずだ。
俺は本心から彼にそう告げた。

それから一か月後。俺は二階への転属が言い渡されることになる。
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