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十 分裂と統合 九
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「こ、古里も殺したのか?」
岩瀬もまた、恐ろしさに震えながら聞いた。
「いや。だが、脳の前半分が潰れたから廃人同然だな。自分が廃人だと気づく程度には手加減してやったよ」
鬼。その一言につきる。
「俺達をどうするんだ?」
「まあ、そう急かすな。下らん裏切りで中断されたが、話の途中だっただろ? あと、一つ忠告しとく。俺は自分で口にした事実から自分の力が弱まったりはしない。お前らが普段からわかりきっている事実を俺にぶつけても同様だ」
「……」
「どこまで話したか。ああ、お楽しみだった。お前のことだよ、恩田」
恩田は終始沈黙していた。
「久慈や古里が、瓜子姫の血をどうやって手に入れたかって? 恩田からだよ」
「まさか……」
「そのまさかだ。恩田こそ、瓜子姫の直系の子孫だ。図らずも俺の血が少しだけ混じったがな」
絶句という表現すら生ぬるい静寂が、岩瀬を襲った。
「恩田は、俺の影響を受けて瓜子姫の力にも目覚めた。だが、あくまでも立場はただの学生だ。お前を救うために、俺の力で悪知恵を得て久慈達に取り入ったのさ」
「恩田……」
「だって……だって……先輩のこと、好きですから! 先輩、あたしの気持ちに全然気づいてくれなかったじゃないですか! でもあたしは先輩を守ってきたんです!」
皮肉にも、ホラフキさんのお陰で恩田にとって一番重要な真実が明かされた。
「洞窟の落盤を起こしたり、村で最初にお前を脅した天邪鬼の正体は古里だ。面白い見世物だった」
「どうして湿地にはまった俺を救出したんだ?」
「あいつらはな、お前を絶体絶命の状況に次々さらせばお前の脳に密着していた俺……お前らがいうところのホラフキさん……の力が目覚めて願い事を叶えてくれると信じてたんだよ」
力が目覚めるというところまでは事実だった。段階的に回復したホラフキさんが、岩瀬を操って少しずつ彼と自分を地下神社に至らしめたというわけだ。
「どうせそう仕むけたんだろう」
「当たり前だ。薄山を使ったよ。あいつらは、薄山の調査をあてにしていたから簡単だった」
「薄山を殺したあと、俺を殴って気絶させてから診療所に運んだのも?」
「古里だ」
「もう一つ。俺の小さい頃の記憶があやふやなのは?」
「俺の記憶とごっちゃにしたんだよ。余計なことを感づかないようにな」
「ああ、理解したよ」
「そうか。ならば……」
ホラフキさんの横顔に、びしゃっと血がかけられた。
「ぐむむ……」
指で血をぬぐいかけたホラフキさんは、いきなりがくりと床に膝をついた。彼ごしに、左手首から血を垂らす恩田が厳しい顔つきでホラフキさんを見据えた。彼女の右手には、血に染まったカッターナイフが握られていた。
「ホラフキさん。もう引き際でしょう?」
「よ、よせ……」
聖水をかけられた吸血鬼さながら、ホラフキさんは弱々しく制止した。真実を吐き出した恩田の血の力は、もはやホラフキさんの血が少しばかり混じっていようと関係なかった。正確には、恩田がそれと自覚したことによって瓜子姫の力が復活した。
「江戸時代からある神事の餅……あたしの血を使えばあなたは封印されるはず」
「ど、どれだけの……量がいると思っているんだ……お前も……」
「死んだっていいもん!」
恩田は、カッターナイフで自分の上着を縦に裂いた。血をつけながら左右に広げると、ブラジャーや生身の肌がさらされた。しかし、それはどうでもいい。広げられた上着の裏地には、親指大のタイルのような紙がびっしりと貼りつけられていた。
「お、俺……?」
一枚一枚が、岩瀬の私生活を盗撮した物だ。寝ている時も食事中も、読書だろうと服薬だろうと。
「ちくちくするんです、先輩! 写真のせいで胸やお腹がちくちくします! でも、それって先輩に気持ちが通じない痛みなんです! 同時に、あたし、ずっとこうやって先輩と一緒にいたんです!」
真実の上塗りだ。二重の意味でとどめに等しい。一言ごとに、恩田は左手を宙に振った。その度に数滴の血がホラフキさんを少しずつ赤く染めていった。
「やめ……ろ……」
「先輩、手を貸して下さい!」
「ど、どうするんだ?」
「ホラフキさんを餅の上に乗せるんです!」
ぐったりしてはいるが、ホラフキさんは相当な体重だろう。
岩瀬もまた、恐ろしさに震えながら聞いた。
「いや。だが、脳の前半分が潰れたから廃人同然だな。自分が廃人だと気づく程度には手加減してやったよ」
鬼。その一言につきる。
「俺達をどうするんだ?」
「まあ、そう急かすな。下らん裏切りで中断されたが、話の途中だっただろ? あと、一つ忠告しとく。俺は自分で口にした事実から自分の力が弱まったりはしない。お前らが普段からわかりきっている事実を俺にぶつけても同様だ」
「……」
「どこまで話したか。ああ、お楽しみだった。お前のことだよ、恩田」
恩田は終始沈黙していた。
「久慈や古里が、瓜子姫の血をどうやって手に入れたかって? 恩田からだよ」
「まさか……」
「そのまさかだ。恩田こそ、瓜子姫の直系の子孫だ。図らずも俺の血が少しだけ混じったがな」
絶句という表現すら生ぬるい静寂が、岩瀬を襲った。
「恩田は、俺の影響を受けて瓜子姫の力にも目覚めた。だが、あくまでも立場はただの学生だ。お前を救うために、俺の力で悪知恵を得て久慈達に取り入ったのさ」
「恩田……」
「だって……だって……先輩のこと、好きですから! 先輩、あたしの気持ちに全然気づいてくれなかったじゃないですか! でもあたしは先輩を守ってきたんです!」
皮肉にも、ホラフキさんのお陰で恩田にとって一番重要な真実が明かされた。
「洞窟の落盤を起こしたり、村で最初にお前を脅した天邪鬼の正体は古里だ。面白い見世物だった」
「どうして湿地にはまった俺を救出したんだ?」
「あいつらはな、お前を絶体絶命の状況に次々さらせばお前の脳に密着していた俺……お前らがいうところのホラフキさん……の力が目覚めて願い事を叶えてくれると信じてたんだよ」
力が目覚めるというところまでは事実だった。段階的に回復したホラフキさんが、岩瀬を操って少しずつ彼と自分を地下神社に至らしめたというわけだ。
「どうせそう仕むけたんだろう」
「当たり前だ。薄山を使ったよ。あいつらは、薄山の調査をあてにしていたから簡単だった」
「薄山を殺したあと、俺を殴って気絶させてから診療所に運んだのも?」
「古里だ」
「もう一つ。俺の小さい頃の記憶があやふやなのは?」
「俺の記憶とごっちゃにしたんだよ。余計なことを感づかないようにな」
「ああ、理解したよ」
「そうか。ならば……」
ホラフキさんの横顔に、びしゃっと血がかけられた。
「ぐむむ……」
指で血をぬぐいかけたホラフキさんは、いきなりがくりと床に膝をついた。彼ごしに、左手首から血を垂らす恩田が厳しい顔つきでホラフキさんを見据えた。彼女の右手には、血に染まったカッターナイフが握られていた。
「ホラフキさん。もう引き際でしょう?」
「よ、よせ……」
聖水をかけられた吸血鬼さながら、ホラフキさんは弱々しく制止した。真実を吐き出した恩田の血の力は、もはやホラフキさんの血が少しばかり混じっていようと関係なかった。正確には、恩田がそれと自覚したことによって瓜子姫の力が復活した。
「江戸時代からある神事の餅……あたしの血を使えばあなたは封印されるはず」
「ど、どれだけの……量がいると思っているんだ……お前も……」
「死んだっていいもん!」
恩田は、カッターナイフで自分の上着を縦に裂いた。血をつけながら左右に広げると、ブラジャーや生身の肌がさらされた。しかし、それはどうでもいい。広げられた上着の裏地には、親指大のタイルのような紙がびっしりと貼りつけられていた。
「お、俺……?」
一枚一枚が、岩瀬の私生活を盗撮した物だ。寝ている時も食事中も、読書だろうと服薬だろうと。
「ちくちくするんです、先輩! 写真のせいで胸やお腹がちくちくします! でも、それって先輩に気持ちが通じない痛みなんです! 同時に、あたし、ずっとこうやって先輩と一緒にいたんです!」
真実の上塗りだ。二重の意味でとどめに等しい。一言ごとに、恩田は左手を宙に振った。その度に数滴の血がホラフキさんを少しずつ赤く染めていった。
「やめ……ろ……」
「先輩、手を貸して下さい!」
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「ホラフキさんを餅の上に乗せるんです!」
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