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九 逆回転 七

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「最初はかくまっただろ? そのあとのあれは緊急避難だ」
「都合のいい理屈をつけるなよ。役場で俺を襲ったのも緊急避難だというのか?」
「ああ、そうだよ」
「何!?」

 理屈に合わない開き直りに、岩瀬は不覚にも困惑した。

「俺は高校時代、酷いいじめにあってすっかり陰キャになってしまったんだ。でも、『たもかん』で恩田が親切にしてくれたから脈があると思っていた。それを横取りしたのがお前だよ、岩瀬!」
「あのな……親切と恋愛を一緒くたにするなよ」
「うるさい! 俺は彼女のために必死に調べたんだぞ!」
「何をだ」

 薄山の境遇にはある程度気の毒だと思うが、正直つきあいきられない。

「覚正村や機雷爆発事故をだ! 俺は、あと少しで真実を掴めた!」
「真実?」

 薄山は、岩瀬からすれば陰謀論者すれすれだ。

「ギ計画は形を変えて進行しているんだ! 俺達の世界にちょっとずつちょっとずつ踏みこんできてるんだ! 天邪鬼のように!」
「世迷言だ」

 岩瀬は議論する気にもなれなかったが、薄山はますますいきりたった。

「機雷爆発事故の追悼記念碑もうどん屋も本物の複製だよ。地域そのものを偽造しつつあるんだ。最近はバス会社まででっちあげた」
「じゃあ、記念碑の犠牲者名簿で、神出 善冶ってあったのは……」
「やっぱり! お前もそこにいきついたんだよな! まぬけな担当者が間違えたんだよ! 俺は、そこから推察を深めたんだ!」
「いや、お前のブログで……」
「ああ、そうだよ。本物はとうに撤去されたんだよ」
「それじゃギ計画にならんだろ」

 あくまでも、偽物と本物を混同させて時間を稼ぐ目論見のはずだ。

「それは戦時中の古い計画! 新しいのは偽造と本物を置き換えるの!」
「そんなことして誰になんの得があるんだよ」

 岩瀬の質問に、薄山は血の気が失せた顔をずいっと近づけた。

「世界そのものを作り変えて、自分がその主になる」
「だから、そんなことして……」
「お前はわかってない! 狂人とは手段と目的の区別がつかなくなった人間をさすんだ!」

 薄山もその一員だという指摘を、賢明にも岩瀬は飲みこんだ。

「なら質問を変える。誰がそれを進めてるんだ?」
「それを突き止める寸前で、俺は殺された。ただ、ノートにこれまでの調査結果をまとめてある」

 恩田が薄山の死体から手にしたのを、岩瀬は覚えていた。

「まー、でも岩瀬先輩も恩田には振られたっぽいすよね」

 神出がつまらないところで茶化した。

「つまらない誤解があっただけだ。いや、そもそも俺は恩田にその気はない」

 慌てて弁解したせいで、不本意にも説得力が欠けてしまった。

「先輩、素直になった方がいいっすよ。恩田はその気らしいし」
「どうしてわかるんだよ」
「でなきゃここまでつきまとわないっしょ?」

 神出はにやにや笑った。

 岩瀬は、誰に対しても距離を取ってきたつもりだ。しかし、相手から寄ってくるというのは生まれて初めての体験だ。どうしていいかわからない。ましてこんな異常で奇怪な状況では。

「もういい! お前らのたわ言は充分だ。死んだなら死んだでさっさとあの世に行ってくれ」
「いわれなくてももう来てるよ」

 薄山は無表情に伝えた。

「どういう意味だ?」
「覚正村そのものがあの世ってことだ」
「はぁ? 殺されたショックで頭おかしくなったのか?」

 岩瀬の指摘も矛盾がある。

「朝が来ればわかるっす」

 神出の愛想良さは、もはや悪い意味で人間性を突きぬけていた。

「じゃあ、俺達もそろそろ……」
「やるっすか」

 二人は床に横たわり、互いの足首を握りあった。そうして二人束になってごろごろ転がった。

「ホラフキさんだーれだ」
「ホラフキさんだーれだ」

 転がりながら、二人は口ずさんだ。

「わーっ!」

 悲鳴を上げながら、岩瀬は椅子をうしろに跳ねとばして立ちあがった。
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