ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)

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八 理不尽な日常 三

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 毛野は書類から目を離して岩瀬を見た。

 致命的ともいえる秘密が恩田に暴露された。まさに、強制的に裸にさせられたのも同然の屈辱だ。しかし、もっと根本的な疑問がある。

「俺は事故にはあってないんだ! どうして間違った記録をつけるんだ!」
「そりゃあんたでしょ」

 毛野は笑いながら答えた。

「あんた……?」
「事故があって、丸部整形外科に入院した時に発見されたんだよ」
「何がだ!」
「あんたの脳の具合がさ! 良く煮えたねぇ!」

 毛野は、鍋からレントゲン写真を出して指でつまんだ。おたまでカレーをこそぎ落とすと、白黒の脳がはっきりした。本来の脳にくっつく形で、親指大のこぶのような物が前頭葉の左脇についている。

「最初は腫瘍か血の塊かと思ったらしいんだけどね。違うのよ。赤の他人の脳がくっついてるのさ!」
「そ、その写真が俺の脳だといいたいのか!?」
「でなきゃなんなんだい!」

 毛野はおたまをもてあそぶようにくるくる回した。カレーのしずくが机に散った。

「真相解明に一歩近づいたな」

 おたまに目が釘づけとなった岩瀬の耳元で、ホラフキさんがいった。

「黙れ」

 岩瀬はぼそっと命じた。異様な上に不快極まりないが、おたまからは注意がそれた。

「次は、もう一つの脳とやらが何なのかだ」
「黙れといってる」
「カレー……毛野さんは食べたんですか?」

 恩田がごくまっとうな疑問を持ちかけた。どういう理由でか、恩田こそ異質で異常な気がしてきた。

「食べれるわけないでしょ、こんなの! あたしを馬鹿にしてるの!?」
「うわっ、地雷踏んじゃった」

 顔をしかめながら一歩下がる恩田。

「ホラフキさんのいうとおりにしたんだから! ちゃんとごほうびがあるのよね! あんた達、古里も木辻も連れてきたんでしょ! どこにいるの!」
「知らないよ!」

 岩瀬は、毛野より恩田を見た。さりげなくポケットに手をやっている。

「嘘つくなーっ!」

 毛野は片手で鍋を掴んで岩瀬に投げつけた。どうにか横に飛んでかわす。鍋が甲高い音をたてて床に転がり、床にまきちらされた。恩田はポケットから石を出して投げたが、毛野はおたまで跳ね返した。

「さっさと出せーっ!」

 おたまを振りあげながら、毛野は恩田に突進した。もう抜き差しならない。釘抜きを構え、岩瀬は真横から毛野に挑んだ。毛野は恩田に気を取られて隙だらけだ。

 がつんっと音がして、岩瀬の釘抜きは毛野の側頭部を直撃した。白目をむいて毛野は倒れた。

「ケガはないか、恩田?」
「はい、大丈夫です」

 二人は毛野を見下ろした。口から泡を吹いて手足がけいれんしている。薄山の時と同じ要領で殴った。だから、死んだり後遺症が出たりはしないはずだ。もっとも、仮に出なかったところで毛野はもはや筋道だった説明などできはしないだろう。

 毛野の手から、岩瀬は自分の医療記録を拾った。広げて読んだら、毛野が説明した通りだった。黙って折りたたみ、自分のポケットに入れた。

「俺がかかっている病気については、事実だ」

 虚しく火を灯しているガスコンロを、岩瀬は眺めた。

「知ってました」

 静かに恩田は応じた。

「いつから?」
「前から、ちょっとずつ変だなって……あ、すいません」
「いや、気にしてない。いつからだ?」
「細かい気づきなら、二、三か月くらい前からです」

 その時分、久慈の薬はちゃんと服用していた。わざわざメールの下書きで記録している。
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