57 / 80
八 理不尽な日常 三
しおりを挟む
毛野は書類から目を離して岩瀬を見た。
致命的ともいえる秘密が恩田に暴露された。まさに、強制的に裸にさせられたのも同然の屈辱だ。しかし、もっと根本的な疑問がある。
「俺は事故にはあってないんだ! どうして間違った記録をつけるんだ!」
「そりゃあんたでしょ」
毛野は笑いながら答えた。
「あんた……?」
「事故があって、丸部整形外科に入院した時に発見されたんだよ」
「何がだ!」
「あんたの脳の具合がさ! 良く煮えたねぇ!」
毛野は、鍋からレントゲン写真を出して指でつまんだ。おたまでカレーをこそぎ落とすと、白黒の脳がはっきりした。本来の脳にくっつく形で、親指大のこぶのような物が前頭葉の左脇についている。
「最初は腫瘍か血の塊かと思ったらしいんだけどね。違うのよ。赤の他人の脳がくっついてるのさ!」
「そ、その写真が俺の脳だといいたいのか!?」
「でなきゃなんなんだい!」
毛野はおたまをもてあそぶようにくるくる回した。カレーのしずくが机に散った。
「真相解明に一歩近づいたな」
おたまに目が釘づけとなった岩瀬の耳元で、ホラフキさんがいった。
「黙れ」
岩瀬はぼそっと命じた。異様な上に不快極まりないが、おたまからは注意がそれた。
「次は、もう一つの脳とやらが何なのかだ」
「黙れといってる」
「カレー……毛野さんは食べたんですか?」
恩田がごくまっとうな疑問を持ちかけた。どういう理由でか、恩田こそ異質で異常な気がしてきた。
「食べれるわけないでしょ、こんなの! あたしを馬鹿にしてるの!?」
「うわっ、地雷踏んじゃった」
顔をしかめながら一歩下がる恩田。
「ホラフキさんのいうとおりにしたんだから! ちゃんとごほうびがあるのよね! あんた達、古里も木辻も連れてきたんでしょ! どこにいるの!」
「知らないよ!」
岩瀬は、毛野より恩田を見た。さりげなくポケットに手をやっている。
「嘘つくなーっ!」
毛野は片手で鍋を掴んで岩瀬に投げつけた。どうにか横に飛んでかわす。鍋が甲高い音をたてて床に転がり、床にまきちらされた。恩田はポケットから石を出して投げたが、毛野はおたまで跳ね返した。
「さっさと出せーっ!」
おたまを振りあげながら、毛野は恩田に突進した。もう抜き差しならない。釘抜きを構え、岩瀬は真横から毛野に挑んだ。毛野は恩田に気を取られて隙だらけだ。
がつんっと音がして、岩瀬の釘抜きは毛野の側頭部を直撃した。白目をむいて毛野は倒れた。
「ケガはないか、恩田?」
「はい、大丈夫です」
二人は毛野を見下ろした。口から泡を吹いて手足がけいれんしている。薄山の時と同じ要領で殴った。だから、死んだり後遺症が出たりはしないはずだ。もっとも、仮に出なかったところで毛野はもはや筋道だった説明などできはしないだろう。
毛野の手から、岩瀬は自分の医療記録を拾った。広げて読んだら、毛野が説明した通りだった。黙って折りたたみ、自分のポケットに入れた。
「俺がかかっている病気については、事実だ」
虚しく火を灯しているガスコンロを、岩瀬は眺めた。
「知ってました」
静かに恩田は応じた。
「いつから?」
「前から、ちょっとずつ変だなって……あ、すいません」
「いや、気にしてない。いつからだ?」
「細かい気づきなら、二、三か月くらい前からです」
その時分、久慈の薬はちゃんと服用していた。わざわざメールの下書きで記録している。
致命的ともいえる秘密が恩田に暴露された。まさに、強制的に裸にさせられたのも同然の屈辱だ。しかし、もっと根本的な疑問がある。
「俺は事故にはあってないんだ! どうして間違った記録をつけるんだ!」
「そりゃあんたでしょ」
毛野は笑いながら答えた。
「あんた……?」
「事故があって、丸部整形外科に入院した時に発見されたんだよ」
「何がだ!」
「あんたの脳の具合がさ! 良く煮えたねぇ!」
毛野は、鍋からレントゲン写真を出して指でつまんだ。おたまでカレーをこそぎ落とすと、白黒の脳がはっきりした。本来の脳にくっつく形で、親指大のこぶのような物が前頭葉の左脇についている。
「最初は腫瘍か血の塊かと思ったらしいんだけどね。違うのよ。赤の他人の脳がくっついてるのさ!」
「そ、その写真が俺の脳だといいたいのか!?」
「でなきゃなんなんだい!」
毛野はおたまをもてあそぶようにくるくる回した。カレーのしずくが机に散った。
「真相解明に一歩近づいたな」
おたまに目が釘づけとなった岩瀬の耳元で、ホラフキさんがいった。
「黙れ」
岩瀬はぼそっと命じた。異様な上に不快極まりないが、おたまからは注意がそれた。
「次は、もう一つの脳とやらが何なのかだ」
「黙れといってる」
「カレー……毛野さんは食べたんですか?」
恩田がごくまっとうな疑問を持ちかけた。どういう理由でか、恩田こそ異質で異常な気がしてきた。
「食べれるわけないでしょ、こんなの! あたしを馬鹿にしてるの!?」
「うわっ、地雷踏んじゃった」
顔をしかめながら一歩下がる恩田。
「ホラフキさんのいうとおりにしたんだから! ちゃんとごほうびがあるのよね! あんた達、古里も木辻も連れてきたんでしょ! どこにいるの!」
「知らないよ!」
岩瀬は、毛野より恩田を見た。さりげなくポケットに手をやっている。
「嘘つくなーっ!」
毛野は片手で鍋を掴んで岩瀬に投げつけた。どうにか横に飛んでかわす。鍋が甲高い音をたてて床に転がり、床にまきちらされた。恩田はポケットから石を出して投げたが、毛野はおたまで跳ね返した。
「さっさと出せーっ!」
おたまを振りあげながら、毛野は恩田に突進した。もう抜き差しならない。釘抜きを構え、岩瀬は真横から毛野に挑んだ。毛野は恩田に気を取られて隙だらけだ。
がつんっと音がして、岩瀬の釘抜きは毛野の側頭部を直撃した。白目をむいて毛野は倒れた。
「ケガはないか、恩田?」
「はい、大丈夫です」
二人は毛野を見下ろした。口から泡を吹いて手足がけいれんしている。薄山の時と同じ要領で殴った。だから、死んだり後遺症が出たりはしないはずだ。もっとも、仮に出なかったところで毛野はもはや筋道だった説明などできはしないだろう。
毛野の手から、岩瀬は自分の医療記録を拾った。広げて読んだら、毛野が説明した通りだった。黙って折りたたみ、自分のポケットに入れた。
「俺がかかっている病気については、事実だ」
虚しく火を灯しているガスコンロを、岩瀬は眺めた。
「知ってました」
静かに恩田は応じた。
「いつから?」
「前から、ちょっとずつ変だなって……あ、すいません」
「いや、気にしてない。いつからだ?」
「細かい気づきなら、二、三か月くらい前からです」
その時分、久慈の薬はちゃんと服用していた。わざわざメールの下書きで記録している。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/2:『はながさく』の章を追加。2025/3/9の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/1:『でんしゃにゆられる』の章を追加。2025/3/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/28:『かいじゅう』の章を追加。2025/3/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/27:『ぬま』の章を追加。2025/3/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/26:『つり』の章を追加。2025/3/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/25:『ぼやけたひとかげ』の章を追加。2025/3/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/24:『あさ』の章を追加。2025/3/3の朝4時頃より公開開始予定。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる