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七 疲弊という名の休息 六

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 油断できないとはいえ残り体力を意識せねばならず、必然的に速さは落ちる。それでも、小一時間ほどでたどり着いた。『林道覚正線』と標識までたっている。標識にまんべんなくまぶされたコケやシミは、紛れもなく数十年の歳月を感じさせた。

 林道に足を降ろすと、周囲の色彩や光景が微妙に変わったかのように感じられた。目や耳の話ではない。全身を押し包むような圧迫感が、一歩ずつじわじわと増していく。

 薄山は、まだあの廃屋にたてこもっているのだろうか。もしそうなら、水や食料はどう賄っているのか。いや。そもそも彼は、どうやって村にきたのだろう。はっきりしたことはわからないと本人も述べていた。まさか岩瀬のような症状を抱えているのでもあるまい。ならば、嘘をついているのか。

 ブログで突拍子もない主張をしていたとはいえ、薄山は邪悪な嘘つきともまた違う。

 邪悪でない嘘つきがいるのか。いるだろう。実例を挙げるなら、無邪気な冗談だって嘘といえば嘘だ。

 薄山が嘘をつく動機……それは狂信か。カルト宗教の類ではなく、疑似科学に近い。疑似科学とカルト宗教が合体することもあるからややこしいが、薄山からすればあくまで学術的な考察をしているつもりなはずだ。

 薄山によれば、天邪鬼は最終的に自分が乗ってきた機雷ごと木っ端微塵になったはずだ。岩瀬がかかわる要素は一つもない……のか?

 ブログの最後の記事で、薄山はホラフキさんについて考察しようとしていた。死んだ天邪鬼がホラフキさんになったとでもいいたかったのだろうか。

 まとめると、薄山が自分の仮説を立証するためにわざと岩瀬に嘘をついた可能性がある。古里も大なり小なり絡んでいる節があった。

「先輩……」

 恩田が岩瀬の考えを中断させた。百メートルほど先に、看板がある。薮に覆われた急斜面を背景にしていた。

「あれか」

 いっそう歩調が速くなった。数分で時間は足りた。

 いざ看板を前にすると、洞窟を出てから目にしたそれと大同小異な品だった。内容も同じで、散策路の案内だ。

「ここを登るのか……」

 岩瀬は看板ごしに斜面を仰いだ。高くはないが薮をどうにかしないといけない。トゲだらけの茨が渦を巻いていた。とても素手では無理だ。

「看板を剥がして引きちぎるのに使ったらどうでしょう?」
「いくらなんでもめちゃくちゃだ」
「でもあたし達、鎌も梯子も持ってませんし」

 看板は木の板に薄いトタンを釘打ちしている。トタンは長年の風雨でぼろぼろになっているから、剥がすのは簡単だろう。むしろ茨に負けて折れてしまうのが心配なくらいだ。

 ぐだぐだ迷っている暇はない。岩瀬は腹をくくり、トタンに手をかけた。慎重に力を加えたものの、紙を裂くようにあっさり外せた。それを適当な長さや幅に折って細長い板にしてから、薮の端を突き抜けるように通した。それから板の両端を両手で持ち、綱引きさながらに引いた。かなりな力仕事になったが、一引きする度に少しずつ薮が抜けていく手応えが作業を促した。

「ふうっ」

 林道に落とした薮の束を見下ろし、岩瀬は息をついた。本来なら、邪魔にならないよう道際にでも寄せておかねばならない。今の彼にそこまで求めるのは酷だろう。

「お疲れ様です」

 恩田がねぎらってくれて、多少は気が軽くなった。

「俺が先にいこう」

 看板のてっぺんによじ登れば、恩田でも背が届く。まずは岩瀬が安全を確認せねばならない。
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