ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)

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六 なし崩し 六

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 ならば、磯にもわずかな痕跡があっていいはずだ。専門家ではないから詳しくは不明瞭だが、まさか跡形もなく消えたのではなかろう。もっとも、戦後の出来事であるから機雷自体が老朽化していたかもしれない。それなら人間を殺傷するには十分だが岩を破壊するほどではなかったのだろう。

「先輩、そろそろ陽が暮れますよ」
「わかった」

 磯に傷が残ってないと判明しただけでも収穫だろう。

 日没が近づくにつれ、急に空気が重く冷たくなってきた。季節がら当たり前かとも思ったが、恩田は特に寒がってない。もしや風邪でも引いたかと思ったものの、咳もくしゃみも出ていなかった。

「先輩、さっきの女の子……ホラフキさんのやり方知ってましたよね」
「うん? ああ」

 不意に襲ってきた問いかけに、岩瀬は慌てて答えた。

「でも、先輩は『だーれだ』って返しませんでした」
「そうだったかな」
「そうですよ。ホラフキさんに取り憑かれちゃいますよ」
「ただの都市伝説だよ」

 一笑にふそうとして、どうしてか笑いが湧いて来なかった。
 
「神出君が覚正村とかかわりがあって、ホラフキさんのルーツがそこなら天邪鬼とホラフキさんが同じ可能性がますます高まりますね」
「それだと、まるで神出自身がホラフキさんを一から作ったように思えてくるな」
「本人、亡くなっちゃいましたけどね」

 こだわりも悲しみも感じられない口調だった。

「そうだ、追悼行事の記事を書かなきゃいけないんだった」
「先輩、忘れてたんですか? ひどーい」

 おどけながら、恩田はうわべだけ岩瀬を責めた。

「すまなか……」

 岩瀬の謝罪は、最後まで続かなかった。

 岩の上面にあたる、平らな部分から生えている赤い海藻。海水につかっておらず、ノートに描いた落書きさながら岩肌にぺったりとへばりついていた。

 海藻は手の平サイズで、バトミントンの羽根を逆さに立てたような形をしていた。丸い穴が二つ、左右に並んでいる。黒々とした岩のせいで、目玉さながらに思えてきた。

 たまたま視野に入ってきただけだと思ったが、そうではなさそうだ。半ば無意識に、岩瀬は姿勢を低くして左手を岩についた。それから右手を赤い海藻へと伸ばした。

 海藻をはがすと、岩にうがたれた割れ目が見つかった。好奇心の命ずるままに、岩瀬は割れ目に手を差し込んだ。ポケットをまさぐるように割れ目を指で物色すると、何か硬い物に当たった。岩とは質感が微妙に一致しない。

「先輩、どうしちゃったんですか?」

 恩田が首をかしげた。彼女でなくとも意味不明だろう。

 危険な生き物や、ガラス片の類ならどうする。ケガでもしたら愚の骨頂だ。金や財宝があるわけでもない。一ついえるのは、引っ張り出さない限り正体の判断がつかないことだ。

 人差し指と中指でそれをつまみ、岩瀬は収穫を夕陽にさらした。

 丸くて緑色をしたゴムだった。材質を無視するなら、分厚いコインのようだ。海水をしたたらせ、岩瀬の指に応じて左右に揺れている。

「先輩、それ何ですか?」
「機雷の部品だよ」
「誰だ!?」

 恩田に答えたのは岩瀬ではない。
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