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五 浜辺の悲劇 七

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「あれ、本当だ。すいません、読み違えました」
「いや、ありふれた名前だから誤解するのも仕方ない。だが、何故噛み合わないんだ?」
「最近になって作り直したとか?」
「どうして」
「名前の間違いに気づいたからです」
「まあ、それ以外に考えられないな」

 と、急に岩瀬の目の前がまっ暗になった。

「ホラフキさんだーれだ」

 小さな女の子の声で、耳元に囁きかけられた。

「これっ、失礼な」

 大人の女性がたしなめる声がして、視野が回復した。

 振り向きながら立ち上がると、母娘とおぼしき二人連れがいた。

 大人の方は青いロングスカートにモスグリーンのセーターを身につけ、三十代の中盤といったところか。結婚指輪ははめてない。

 娘の方はピンク色のズボンに同じ色のダウンジャケットで、五歳くらいだった。にこにこしながら母親のスカートにしがみついている。

「どうも申し訳ありません。娘が失礼しました」

 母親が丁寧に謝罪した。

「ほらっ、早く謝りなさい」
「いやあ、可愛らしいいたずらですし。どうということはありませんよ」

 岩瀬は本音をいった。

「どうもすみません」

 母親はまた頭を下げた。

「あのう、失礼ですけどホラフキさんをご存知なんですか?」

 タイミングを見計らったかのように、恩田が質問した。

「え? いえ、近くの無人駅でそんな落書きがあったのを娘が見つけたんです。ふざけて真似をし始めて」
「そうだったんですね。ありがとうございます」

 恩田は軽く会釈した。

「駅はどの辺にあるんですか?」

 岩瀬としてもこれは知っておきたかった。

「そこの港の裏です」
「ありがとうございます」

 神出の名前はさておき、ホラフキさんの名前がでてきたことで岩瀬の頭には新たな考察の方向が浮かんだ。

 薄山は、覚正村を混乱させた鬼を天邪鬼とは表現してない。だが、状況証拠をふんだんに臭わせている。天邪鬼は嘘ばかりつくし、他人に化ける。そして、天邪鬼とホラフキさんが同じ化け物としたら……。

「それこそ失礼ですが……その記念碑に何かご縁でもおありですか?」

 母親からすれば、単なる都市伝説のホラフキさんに岩瀬と恩田からそろってこだわられると薄気味悪いのだろう。話題をずらしてきた。

「いえ、私の同期生がここで起きた事故を調べてブログに発表したんです。それで、興味を持ってここに来ました」

 岩瀬はごく穏当な説明をした。

「まあ、それはそれは。私のひいおじいさんの兄も亡くなったんですよ」
「ええっ!?」

 岩瀬と恩田は、思わず口をそろえて叫んでしまった。
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