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五 浜辺の悲劇 二
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病院から帰ってきた日と違い、客がいるので芯からくつろぐわけにはいかない。その代わり、重要な意見が入手できるかも知れない。
「それで、俺が体験したことだが……」
おもむろに、岩瀬は奇怪な一連を明かした。ただし、発作が絡んで頭に浮かんできたことはさすがに手控えた。
「先輩、天邪鬼に好かれ過ぎですよ」
岩瀬が話し終えてすぐ、にこにこしながら恩田はコメントした。
「好かれ過ぎ!?」
余りにも予想を外した反応に、岩瀬は愕然とした。
「だって、先輩のこと死ぬほど好きだから湿地まで追って来たんでしょ?」
「い、いやそういう問題じゃなくて……」
「何だか納得できません。どうしてあたしは川に落ちて、先輩は天邪鬼に好かれるんですか!」
変なところで恩田は怒り始めた。
「知らないよ!」
「なーんてね。嘘ですよ、嘘」
「あのな……」
「ちょっとしたシャレじゃないですか。それより、薄山先輩がちょっと気になりますよね」
突然ふざけたり真面目になったりで、恩田の思考ペースは支離滅裂だった。
「そうだな、俺もだ」
つまらない冗談に振り回されるのがようやく終わり、岩瀬は心の中でほっとした。
「ドアを閉めたってことは、わざと閉じられないふりをしていた……?」
「そうなるな」
「じゃあ、やっぱり薄山先輩と天邪鬼はグルですよ絶対」
「俺も似たような結論になりつつあるんだが……いつ、どこでそんな関係になったんだ?」
「先輩」
「ん?」
「そのいい方、ほんのりBL風味が……」
BLとは男性同士の恋愛を描いた分野の作品である。
「やかましい!」
「天邪鬼が女性ってパターンもあるか……いや男の娘かも……あ、いや先輩。ちょっと可能性の取捨選択を広めただけです」
「真面目にやれ」
「はい」
恩田は首をすくめた。岩瀬はビスケットを一枚かじった。
「そもそも天邪鬼って本当にいるんですか?」
「いや、いるはずがない。あくまで民話なんかにでてくるファンタジーだ」
「ということは、やっぱり天邪鬼にそっくりな格好をした人間ということですよね」
「そのくらいは想像できる。なんのためにあんなことをするんだ?」
「よそ者が気にくわないとか?」
「薄山はどうなんだ」
「薄山先輩は覚正村の出身かもしれませんよ」
それは死角だった。
「それだけで、ああまでするのか?」
「なにか故郷のことでトラウマを抱えてるのかも」
トラウマなら、岩瀬こそ薄山よりはるかに深い物を飼っている。
「そういえば、村を散々けなしていたな」
「でしょでしょ? どうせ天邪鬼のことはわかりはしませんし、薄山さんについて調べませんか?」
「どうやって」
内気で人の輪に入らない人間だったから、ネットでも現実でもほとんど発言を残してない。
「薄山先輩のハンドルネームって何でしたっけ」
「あつしだ」
自分の名前に『薄』があるから、その反対ということで思いついた。本人がそう語っていたのは知っている。
今にして思えば、本人なりの冗談だったかもしれない。岩瀬はさほど関心を持たなかった。
恩田は自分のスマホを出した。
「調子が悪いんじゃないのか?」
「検索くらいはできるんです。すごく時間かかりますけど」
「そうか」
「『あ、つ、し』と……あと、薄山先輩の学部は……」
「史学部だ」
「『あつし』、『歴史』、『覚正村』……これで検索したらどうかな……」
「俺もやらなきゃいけないな」
二人でスマホを使って調べると、数分で共通のブログに突き当たった。あつしと名乗る学生が日々の雑感を書き連ねたもので、『あつしのブログ』と題名がついている。ブログそのものは良くある無料レンタル形式で、誰でも簡単に使える。
「何というか……そのまんまですね」
「一年前から始めたのか。二人で手分けしよう」
「じゃあ、あたしは古い方の半年を読みます」
「俺は直近半年分か」
薄山は、几帳面にも毎日ブログを更新していた。大半は日々の講義についての感想だった。自分の記事についてはコメント欄を閉じており、連絡先も非公表となっていた。
『合理主義と新大陸の魔女』……。今から二か月ほど前の記事にある書名に、岩瀬は目をみはった。紛れもなく岩瀬も購入した本だ。かなり注意深く読み込んでいるが、書評ではなく参考文献として挙げたようだ。記事自体は、『鬼と機雷』と名づけてあった。
「うーん、あんまり収穫ないですね。勝田川機雷爆発事故くらいかなぁ」
「えっ!?」
「ど、どうしたんですか先輩? 食いつき良すぎますよ」
「いや、俺も追悼行事のときに調べてはいたんだ」
神出が岩瀬や薄山からひんしゅくを買っていたことが、もう何か月も前に思えてくる。
「それで、俺が体験したことだが……」
おもむろに、岩瀬は奇怪な一連を明かした。ただし、発作が絡んで頭に浮かんできたことはさすがに手控えた。
「先輩、天邪鬼に好かれ過ぎですよ」
岩瀬が話し終えてすぐ、にこにこしながら恩田はコメントした。
「好かれ過ぎ!?」
余りにも予想を外した反応に、岩瀬は愕然とした。
「だって、先輩のこと死ぬほど好きだから湿地まで追って来たんでしょ?」
「い、いやそういう問題じゃなくて……」
「何だか納得できません。どうしてあたしは川に落ちて、先輩は天邪鬼に好かれるんですか!」
変なところで恩田は怒り始めた。
「知らないよ!」
「なーんてね。嘘ですよ、嘘」
「あのな……」
「ちょっとしたシャレじゃないですか。それより、薄山先輩がちょっと気になりますよね」
突然ふざけたり真面目になったりで、恩田の思考ペースは支離滅裂だった。
「そうだな、俺もだ」
つまらない冗談に振り回されるのがようやく終わり、岩瀬は心の中でほっとした。
「ドアを閉めたってことは、わざと閉じられないふりをしていた……?」
「そうなるな」
「じゃあ、やっぱり薄山先輩と天邪鬼はグルですよ絶対」
「俺も似たような結論になりつつあるんだが……いつ、どこでそんな関係になったんだ?」
「先輩」
「ん?」
「そのいい方、ほんのりBL風味が……」
BLとは男性同士の恋愛を描いた分野の作品である。
「やかましい!」
「天邪鬼が女性ってパターンもあるか……いや男の娘かも……あ、いや先輩。ちょっと可能性の取捨選択を広めただけです」
「真面目にやれ」
「はい」
恩田は首をすくめた。岩瀬はビスケットを一枚かじった。
「そもそも天邪鬼って本当にいるんですか?」
「いや、いるはずがない。あくまで民話なんかにでてくるファンタジーだ」
「ということは、やっぱり天邪鬼にそっくりな格好をした人間ということですよね」
「そのくらいは想像できる。なんのためにあんなことをするんだ?」
「よそ者が気にくわないとか?」
「薄山はどうなんだ」
「薄山先輩は覚正村の出身かもしれませんよ」
それは死角だった。
「それだけで、ああまでするのか?」
「なにか故郷のことでトラウマを抱えてるのかも」
トラウマなら、岩瀬こそ薄山よりはるかに深い物を飼っている。
「そういえば、村を散々けなしていたな」
「でしょでしょ? どうせ天邪鬼のことはわかりはしませんし、薄山さんについて調べませんか?」
「どうやって」
内気で人の輪に入らない人間だったから、ネットでも現実でもほとんど発言を残してない。
「薄山先輩のハンドルネームって何でしたっけ」
「あつしだ」
自分の名前に『薄』があるから、その反対ということで思いついた。本人がそう語っていたのは知っている。
今にして思えば、本人なりの冗談だったかもしれない。岩瀬はさほど関心を持たなかった。
恩田は自分のスマホを出した。
「調子が悪いんじゃないのか?」
「検索くらいはできるんです。すごく時間かかりますけど」
「そうか」
「『あ、つ、し』と……あと、薄山先輩の学部は……」
「史学部だ」
「『あつし』、『歴史』、『覚正村』……これで検索したらどうかな……」
「俺もやらなきゃいけないな」
二人でスマホを使って調べると、数分で共通のブログに突き当たった。あつしと名乗る学生が日々の雑感を書き連ねたもので、『あつしのブログ』と題名がついている。ブログそのものは良くある無料レンタル形式で、誰でも簡単に使える。
「何というか……そのまんまですね」
「一年前から始めたのか。二人で手分けしよう」
「じゃあ、あたしは古い方の半年を読みます」
「俺は直近半年分か」
薄山は、几帳面にも毎日ブログを更新していた。大半は日々の講義についての感想だった。自分の記事についてはコメント欄を閉じており、連絡先も非公表となっていた。
『合理主義と新大陸の魔女』……。今から二か月ほど前の記事にある書名に、岩瀬は目をみはった。紛れもなく岩瀬も購入した本だ。かなり注意深く読み込んでいるが、書評ではなく参考文献として挙げたようだ。記事自体は、『鬼と機雷』と名づけてあった。
「うーん、あんまり収穫ないですね。勝田川機雷爆発事故くらいかなぁ」
「えっ!?」
「ど、どうしたんですか先輩? 食いつき良すぎますよ」
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