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ニ トラウマの発掘 五

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 そこからしばらくは、待合室を舞台にごく事務的な作業に終始した。普段から保険証を所持していたので面倒な手続きもなく、湿布も院内に薬局があるから会計と同時に渡してもらえた。一晩だけとはいえ入院費が高くついたが、こればかりは払うほかなかった。

 その場で湿布を貼りたいのを我慢して、建物をでてからすぐスマホをだした。本来の……というのもおかしな話だが……担当医がいる病院へ電話をかける。

「はい、浦原病院です」

 なじみのある医療事務の職員が、すぐに電話にでた。

「患者の岩瀬です。お世話になります。担当医と相談したいことがあってお電話しましたが、予約は取れますか?」
「少々お待ちください……直近ですと三十分後か、あとは早くても一週間後になりますね」
「なら、三十分後に伺いますので予約したいです」
「かしこまりました。お待ちしております」
「ありがとうございます。では」

 電話を切ってすぐ、流しのタクシーを拾った。

「サンダイモーターズまでお願いします」

 岩瀬が運転手に告げた名前は、この近辺では有名なバイク屋だった。かかりつけの病院まで数十メートルの距離にある。精神病院をじかに指定すると、露骨に嫌な顔をされる場合がある……という知識はネットで拾った。普段は電車と徒歩だが、変なところで予備知識が役にたった。

 二十分ばかりかかったあと、サンダイモーターズ前で岩瀬はタクシーを降りた。予想外の出費が重なったものの、ある種の期待感を禁じ得ない。診断がくだってから数年間、ごく形式的な会話とともに薬を処方されるだけだったから。

 しかし。思い起こせば、この展開はホラフキさんがもたらしたものかもしれない。いや、ホラフキさんがいると思いこんでいるだけだ。無意識に、病気から逃げだそうとしているに過ぎない。理詰めになりそうでならなさそうな、あやふやな気持ちもまた岩瀬の心にしつこくまとわりついた。

 とにかく、告げないことには始まらない。サンダイモーターズからは、一分かそこらで浦原病院の敷地にさしかかった。駐車場を抜けて玄関のドアを開け、検温と手の消毒を経てから受付で用件を告げた。予約していただけに、すぐ診察室へ通された。

「こんにちは」

 ドアを開けるなり、担当医の久慈《くじ》は微笑みながら挨拶した。四十代の後半くらいな歳のようでいて、染めているのか白髪は一本もなく背筋も堂々としている。腹はいささかつっぱってきているようだが。商社か銀行でやり手の男性管理職になっていてもおかしくない風貌だった。

「こんにちは」

 返事をしながら、岩瀬はドアを閉めた。久慈に椅子を勧められ、一礼して座る。

「今日はどうされましたか?」
「はい、……」

 丸部整形外科で三宅と交わしたのと同じ話が繰り返された。唯一、ホラフキさんにかかわる一連を加えたのが異なった。

「ホラフキさん……ですか……」

 予想していたこととはいえ、久慈が顔をしかめながら首をひねるのは患者として不安になる。久慈からすれば、毎日のように聞く苦悩や妄想のなかでもとびきり判断に困るだろう。自分が殺されそうになっているという系列なら珍しくはない。しかし、複数の人々が一つの存在に……正確にはその意図に……応じて行動するとは。しかも、それはホラを吹くよう強制するのだ。

「はい」
「あなたはそれをどうしたいのですか?」
「さっさと消したいです」
「ふむ……あなたの主張に沿うなら、少なくともあなたからは消えたはずですね」
「はい……ですが、まだ信じている会員がいると思います」
「最初にホラフキさんをもたらした会員さんにはなにか注意でもしたんですか?」
「いえ、まだです」

 聞かれて気づいた。ホラフキさんを否定することばかりにこだわり、そもそも神出をたしなめてない。

「すると、その会員さんとはどんなかかわりあいでいたいですか?」

 久慈はあくまで穏やかに、ゆっくりと質問した。

「うーん」

 開店休業のサークルで、言葉は悪いが神出ごときが牛耳ろうが牛耳るまいが大した影響にはならない。個人的に愛着はあったから腹もたったが、自分の身を危険にさらしてまで抗議するべきとまではいえなかった。

「それほどかかわりたくないです」
「なら、特にこだわる内容じゃないですよね」
「はぁ……」

 久慈の台詞はもっともだった。
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