7 / 80
一 ホラフキさんのささやき 七
しおりを挟む
夜中に横断歩道を歩いていて、左折してきた原付に転ばされたという話だ。岩瀬をふくめて、誰一人として現場に居あわせた者はいない。どこの病院に入院したかも知らない。
事故の数日前、薄山とたまたま学食で話をする機会があった。他愛ない世間話で、岩瀬自身これまで忘れていた。
薄山は、現代史の一貫としてアニメオタクの類がどう移りかわってきたのかを研究したいと語っていた。真面目な学術上の問題意識だったが、岩瀬としては興味がないので適当に相槌を打ってすませていた。
薄山の吹いたホラは、どこまでホラだったのか。
「先輩、買い物しないんですか?」
「あ、ああ、するよ」
結局、彼は平凡な板チョコを三枚選んだ。恩田に先に会計させ、すぐ次に自分もすませる。ビニール袋も追加で買った。
「じゃっ、先輩。お疲れ様でした」
店をでてから、恩田は買い物を入れたビニール袋を自転車の籠に入れた。そして去った。
ふたたび一人になり、岩瀬も回れ右して家路についた。
恩田がいなくなると、一時的に盛り上がっていた陽気な気持ちが急に冷えこんでいった。
さっきの命令は、明らかに見知らぬ誰かからもたらされた。いくらなんでも毎日百個なんて議論に値するはずがない。つまりホラ。
ホラフキさんが、自分に取りついたということか? とはいえ、少なくともこれまでのところはなんともない。
だいたい、都市伝説はなんでもそうだがどうにでも解釈できるあやふやな話ばかりだ。厳しく煎じ詰めたらたちまち矛盾があらわになる。
ならば、あれは誰かのいたずらか。あるいは他人同士の雑談がたまたま聞こえただけか。とてもそうは思えない。
冬が近いだけに、夜が深まりだすと加速度的に寒さが増してくる。さっさと帰宅して熱いコーヒーでも淹れたい。チョコレートをつまみながら、コーヒーを飲んで夕食について段取りをまとめたい。
冷たい風に吹かれて、どこからか美味しそうな香りが漂ってきた。焼き鳥だ。仕事帰りの社会人を狙って屋台をだしているのだろう。
それにしても、デレチョコ百個か。一箱十個入りとして十箱。それだけで半月分くらいの食費になる。エンゲル係数どころじゃない。恩田ならそのくらいこなしそうだ。金が続けば、だが。
金か。恩田は岩瀬と似たような家計だろう。お洒落をそれほど意識しているのでもなし、買っているお菓子は高いが大学での昼食はいつもパン一個に牛乳だし。
スマホが振動して、岩瀬は足を止めた。薄山からメールだ。正確には、『たもかん』のウエブサイトで利用する会員専用の個別チャットの通知だ。参加する人間をその場その場で限定できるし、履歴も簡単に削除できる。
まさか、恩田のようにスマホをのっとられたのではなかろう。岩瀬はチャットに参加した。彼と薄山以外は参加も閲覧もできない。
『お疲れ。恩田から変なメールこなかったか?』
『ああ、きたよ。削除した』
わざわざ問いあわわせるようなことだろうか。返信しつつ、岩瀬は首をひねった。
『俺もそうした。でもまたきた』
仮にそうでも、岩瀬からすれば関係ない。ただ、事故にあったのは気の毒だし悪い奴ではないから辛抱強くつきあった。
『それ、乗っとりメールだろ?』
『恩田はそういってた。でも、またきたんだ』
『落ち着け。乗っとった奴が、お前のメールアドレスを確認して嫌がらせかなにかをしてるんだ』
岩瀬としては、むしろ自分自身のスマホやアドレスを速やかに検査したいくらいだ。
『それくらいのことは俺だって想像できる。でも、ホラフキさんがきたんだ』
『そりゃこの前だろ』
『いや、ついさっききた』
『はぁっ!?』
思わず実際に言葉が口をついてでるところだった。
『先日の件は、俺のヤラセだ。神出があんまりうっとおしいからわざと自分からホラを吹いたんだ。それから普通の格好で通学して、ホラフキさんはただのでっちあげだって証明してやるつもりだった』
まさに岩瀬がやったことだ。
事故の数日前、薄山とたまたま学食で話をする機会があった。他愛ない世間話で、岩瀬自身これまで忘れていた。
薄山は、現代史の一貫としてアニメオタクの類がどう移りかわってきたのかを研究したいと語っていた。真面目な学術上の問題意識だったが、岩瀬としては興味がないので適当に相槌を打ってすませていた。
薄山の吹いたホラは、どこまでホラだったのか。
「先輩、買い物しないんですか?」
「あ、ああ、するよ」
結局、彼は平凡な板チョコを三枚選んだ。恩田に先に会計させ、すぐ次に自分もすませる。ビニール袋も追加で買った。
「じゃっ、先輩。お疲れ様でした」
店をでてから、恩田は買い物を入れたビニール袋を自転車の籠に入れた。そして去った。
ふたたび一人になり、岩瀬も回れ右して家路についた。
恩田がいなくなると、一時的に盛り上がっていた陽気な気持ちが急に冷えこんでいった。
さっきの命令は、明らかに見知らぬ誰かからもたらされた。いくらなんでも毎日百個なんて議論に値するはずがない。つまりホラ。
ホラフキさんが、自分に取りついたということか? とはいえ、少なくともこれまでのところはなんともない。
だいたい、都市伝説はなんでもそうだがどうにでも解釈できるあやふやな話ばかりだ。厳しく煎じ詰めたらたちまち矛盾があらわになる。
ならば、あれは誰かのいたずらか。あるいは他人同士の雑談がたまたま聞こえただけか。とてもそうは思えない。
冬が近いだけに、夜が深まりだすと加速度的に寒さが増してくる。さっさと帰宅して熱いコーヒーでも淹れたい。チョコレートをつまみながら、コーヒーを飲んで夕食について段取りをまとめたい。
冷たい風に吹かれて、どこからか美味しそうな香りが漂ってきた。焼き鳥だ。仕事帰りの社会人を狙って屋台をだしているのだろう。
それにしても、デレチョコ百個か。一箱十個入りとして十箱。それだけで半月分くらいの食費になる。エンゲル係数どころじゃない。恩田ならそのくらいこなしそうだ。金が続けば、だが。
金か。恩田は岩瀬と似たような家計だろう。お洒落をそれほど意識しているのでもなし、買っているお菓子は高いが大学での昼食はいつもパン一個に牛乳だし。
スマホが振動して、岩瀬は足を止めた。薄山からメールだ。正確には、『たもかん』のウエブサイトで利用する会員専用の個別チャットの通知だ。参加する人間をその場その場で限定できるし、履歴も簡単に削除できる。
まさか、恩田のようにスマホをのっとられたのではなかろう。岩瀬はチャットに参加した。彼と薄山以外は参加も閲覧もできない。
『お疲れ。恩田から変なメールこなかったか?』
『ああ、きたよ。削除した』
わざわざ問いあわわせるようなことだろうか。返信しつつ、岩瀬は首をひねった。
『俺もそうした。でもまたきた』
仮にそうでも、岩瀬からすれば関係ない。ただ、事故にあったのは気の毒だし悪い奴ではないから辛抱強くつきあった。
『それ、乗っとりメールだろ?』
『恩田はそういってた。でも、またきたんだ』
『落ち着け。乗っとった奴が、お前のメールアドレスを確認して嫌がらせかなにかをしてるんだ』
岩瀬としては、むしろ自分自身のスマホやアドレスを速やかに検査したいくらいだ。
『それくらいのことは俺だって想像できる。でも、ホラフキさんがきたんだ』
『そりゃこの前だろ』
『いや、ついさっききた』
『はぁっ!?』
思わず実際に言葉が口をついてでるところだった。
『先日の件は、俺のヤラセだ。神出があんまりうっとおしいからわざと自分からホラを吹いたんだ。それから普通の格好で通学して、ホラフキさんはただのでっちあげだって証明してやるつもりだった』
まさに岩瀬がやったことだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/15:『きんこ』の章を追加。2025/3/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
『ゴーゴン(仮題)』
名前も知らない兵士
ホラー
高校卒業後にモデルを目指して上京した私は、芸能事務所が借り上げた1LDKのマンションに居住していた。すでに契約を結び若年で不自由ない住処があるのは恵まれていた。何とか生活が落ち着いて、一年が過ぎた頃だろうか……またアイツがやってきた……
その日、私は頭部にかすかな蠢き(うごめき)を覚えて目を覚ました。
「……やっぱり何か頭の方で動いてる」
モデル業を営む私ことカンダは、頭部に居住する二頭の蛇と生きている。
成長した蛇は私を蝕み、彼らが起きている時、私はどうしようもない衝動に駆られてしまう。
生活に限界を感じ始めた頃、私は同級生と再会する。
同級生の彼は、小学生の時、ソレを見てしまった人だった。
私は今の生活がおびやかされると思い、彼を蛇の餌食にすることに決める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる