自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

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第三章 戦争なんて真っ平御免だ

キャラクターじゃないんだと

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「お前はあれから、俺様に朝昼晩と食事を作ったり、部屋の掃除をしたり、双子を自由にしろと絡んだり、何かにつけて接触を図っては俺様を独りにしないように仕向けていた。その行為は世話係として、はたまた双子の護衛としてやってきた身分としてはさも当然かのように映るが、実際は多大な魂胆があった。お前が来るまでのこの城の中は俺様達とあの双子とでは圧倒的な格差があった。けれど、それをお前という存在がひっくり返して良くも悪くも格差がなくなったように見えた。その証拠に、あいつらは全員それまでの時間を忘れて仲良しごっこを始めた。それをお前は、俺様にも強要しようとしていた。違うか?」


 こいつがこの世界の支配者なんてことは重々承知してるし、常に心は憎しみでいっぱいだった……けど、そのまるで嵐のような勢いで畳みかけられた言葉は、すべてがあたしの図星だった。


「俺様とつかの間の時間を過ごして、案外普通に話ができると安心したか? それでこのまま絆されて人間を支配することをやめてくれないかなと思ったか? 自分の考えが誰にでも通用すると思ってるなら、それはひどく傲慢なことだな!」


 もうそれは清々しいほどにすべてが図星、まんまと確信を突かれていて、ここはいっそのことやけになって拍手でもしてやろうかと思ったほど。
 このクソボケ大魔王は、単なるバカではなかったようだ……実際にこれまで、戦争が起こるとなるまで、このクソボケ大魔王を除いたあたし達は仲良くやっていた。
 お互いに人類とモンスターの垣根を越えてそれまでの日々がなかったかのように……おそらくは、あの地獄のような大掃除の時から少しずつ距離は縮まっていって、お互いを知って、大して敵対する理由がなくなったのだと思う。
 それが理想だった。格差や主従関係なんてものがあるからこの魔王城は、この世界はとても生きにくいのだと思ったからそれをこのあたしの魔法スキルを上手く使えば叶えられると思った……そもそも、そう思った理由だって。


「……思ったらいけないの?」
「ああ?」
「そうよ、期待したわよ! このままあんたがその恐ろしい考えを改めて、何もかも終わらないかなってあわよくば思ってたわよ! だって、あたしと話すあんた普通なんだもん! 見た目だって同い年くらいで、少しひねくれててムカつくけど、この世界を支配してる魔王ってことを忘れるほど普通なんだもん! そんなあんたに期待して、何がいけないの……⁉︎」


 泣きそうだったけど何とか堪えた、ここで泣いたら何だかすごく惨めだと思ったから……このクソボケ大魔王に実際に会うまでは、山みたいな巨体で火を吹いたりして言葉なんて通じない怪物みたいな奴だと思ってた。
 それなのに、本物のタービュランスって奴は見た目は人間と変わらなくて、そりゃ魔法はすごいけどあたしには効かないから意味はないし、ご飯は食べて夜は眠るし、言葉は乱暴だけど話すし……そこらの人間と何が違うのかと思ったんだ、時間をかければわかり合えるかもって思ったんだよ。


「本当にめでたい思考回路だ。まあ、それもサクヤを見てればわかるがな?」
「……何で、そこでアニキが出てくるのよ?」
「お前はどうせ、両親と年の離れた兄から愛されて何不自由なく育ったんだろ?」


 悔しくて、悔しくて、ついつい叫んでいた。そんなあたしのことを心底呆れた目で見下しながらそのクソボケ大魔王が吐き出した言葉にあたしは本気で血管が切れたかと思った……今、こいつ何て言った?


「は……? 何よそれ?」
「そのめでたい思考回路が証拠だ。元の平和な世界で何の弊害もなく育ったおかげで、そんな都合のいい考えが浮かぶほど能天気になったんだろう? 実際、お前と俺様とでは違いすぎる。そんな奴らが話し合ったところでお互いにイライラするだけで時間の無駄だ。自分の考えを押し付けるな、迷惑だ。お前には俺様の気持ちなんてわかるわけが……‼︎」


 あたしも大概、衝動的で暴力的なところは直さないといけないよなと常々思ってはいるが、今のはさすがに許せなくてもしょうがないよね……そう自分に言い聞かせながら、あたしは気付いたら目の前の何も知らないそのクソボケ大魔王の頬を叩いていた。


「そうね、わからないわね……けど、それはお互い様よッッ!!!!」


 ***


「アニキ、ごめん……シナコちゃんもリクくんも、他のみんなだってこの戦争を止めようと頑張ってるのにあたしはやっぱり役立たずだ」


 頬を殴られたあの野郎は少し驚いたような間抜けな面をしていたようだったが、あたしはそれを満足に拝むこともせずに、すぐにダッシュでその場を離れた。
 あれ以上あの場にいたくなくて、一刻も早くと離れてはしまったが、そのおかげであのクソボケ大魔王への戦争をやめさせる説得は今日もできないままで……そのせいで、今こうしてあたしは水晶玉でアニキ達と連絡を取りながらグズグズになっているわけだ。


「ノラ! あんたが気にすることなんて、何もないわよ!」
「ああ、そうだ! それより、あんまり危ない真似はするな!」
「気にするよ……気にするななんて無理、何もしないなんて無理だよ! あのクソボケ大魔王の一番近くにいるのはあたしだもん、あたしがあいつを止めなきゃダメだよ!」


 そんなあたしのことを、優しいシナコちゃんとリクくんは一所懸命に慰めてくれるけど……それでもあたしが何もできていないという事実は変わらないのだ。


「……本当に気にするな、ノラ」
「アニキ……!」
「こうなることは時間の問題だったんだ。こんなこと言いたくないけど……おそらく人類の限界はすぐそこまで迫ってる」


 その上、アニキにまでそんな暗い顔で絶望的なことを言われるから、あたしはますます勝手に追い詰められた気になっていく。
 もう疲れてるよ、みんな……今度戦争が起こったら次は何を奪われるの? どれだけ苦しむの?


「何でよ……‼︎ そもそも、何であのクソボケ大魔王は……あ?」


 これ以上あんな奴のことで頭を悩ませたくなんてないのに、あたしの頭も心も最低最悪な意味で支配しているのはあのクソボケ大魔王で……けど、そこであたしはふと根本的な疑問が頭に浮かんだのだ。


「……ノラ? どうかした?」
「何か思い付いたのか⁉︎」


 その後にいつものように続くと思っていた、あたしの罵詈雑言が来ないことを不思議に思ったのか……すぐにどこか心配そうなシナコちゃんと、少しの期待を含んだようなリクくんが聞き返してくる。


「ねえ、三人に質問なんだけど……ここって元々はゲームの世界かもしれないけど、今はあたし達にとっての現実で、キャラクター達にも人生があるわけだよね? それじゃあ、それぞれ過去があるわけだよね?」
「ノラ、言ってる意味が……」


 しかし、間髪入れずに放ったあたしのまとまりのない言葉に三人は途端に頭にクエスチョンマークを浮かべる勢いで怪訝な顔をし、アニキは曖昧に聞き返してくる。
 それでもあたしはこの戦争をやめさせるには、今まで気にもしなかったこのとても簡単なことを明らかにするしかないと思った。
 意識がなかったんだ……ここはあたし達にとって、どうしてもゲームの中という意識が消えないけど、まずそこが間違ってる! ここはもう立派な現実で、キャラクター達はちゃんと生きてるんだ!


「あるよね? あいつが魔王になった理由が……‼︎」


 どんな悪党だって、生まれながらに悪党になるなんてことはないはずだと……思ったんだ。
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