自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

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第二章 クソボケ大魔王と魔法スキルと

隠してきた野良猫の正体

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 誰よりも待ち望んでいたものが手に入った、そのはずなのにあたしの頭の中は自分でも怖いぐらいに冷静に今の状況を整理する余裕があった。


「そんな、バカな……身体的防御魔法というだけでも特異だというのに、その上無効化インバリデイションだと……⁉︎ 何億分の一の確率で授かると言われている奇跡のような魔法だぞ!」


 大魔王はフラフラと玉座に座って天を仰ぎながら明らかな動揺を見せつつ、必死に言い聞かせながら自分は信じないとばかりにそう叫ぶ。
 ほほう……どうやら、その大魔王の様子から察するに無効化インバリデイションというのは、なかなか結構な希少価値のある魔法のようだ。


「そうか……俺達は今までノラが魔法スキルを持っていないと思っていたから、絶対に誰もノラに魔法を使うことはなかった!」
「これは魔法を使われてこそ、効果を発揮する! どうりでノラの魔法スキルが判明しないわけね!」


 一方で、リクくんとシナコちゃんは興奮を抑えられない様子で今までの状況を整理しながら、この事実を自分のことのように喜んでくれていた。
 この魔法スキルは他者に攻撃されて、そこで初めて判明する……もしかしたら、これは一生気付かずに終わることだってあったかもしれないものだった。
 しかも、それはすべての魔法を無効化にする能力で、モンスターが魔法を使うことで人間を支配するこの世界の常識から逸脱しているのと言わざるを得ないものーーあたしには、世界がひっくり返る音が聞こえた。










「……ノラ、頼むから落ち着けよ? 兄ちゃんの一生の頼みだぞ?」


 そのアニキの呼びかけは黙り込む妹を心配するものなんて心温まる代物ではなく……明らかな怯えを含む、震えた声の成れの果てのもの。


「アニキ? アニキの一生の頼みって何回あるわけ?」
「え……」
「ごめんだけど、それ聞き飽きちゃったよ」


 それぞれがその場で感情を爆発させる中、その片隅でひっそりと答えたあたしの言葉を聞いた途端にアニキはあからさまに距離をとる。
 さすが、アニキはわかってるじゃん? 伊達にあたしが生まれた時から兄妹やってないよね?


「何だ……? 気のせいか、何だか急に寒くなった気が……」
「ああ、激しく同意だ……‼︎ それと謎に、身の危険も感じる!」
「無性にここを逃げ出したい衝動に駆られるぞ……何なんだ⁉︎」


 あたしが静かに、ゆっくりといまだに狼狽えている大魔王との距離を詰める過程で隣を通り過ぎた時、三匹のモンスター達からそんな声が聞こえた。
 振り返ると、グスタフは手で体を摩り震え上がり、ウキョウは元々赤い顔を真っ青に染め、ブロワーズはパニック寸前で頭を抱える、そんな愉快でたまらない光景があった……へー、三匹ともバカだアホだと思っていたのにしっかり己の危機を察する能力は持ってるんだ、安心しちゃったよ。
 思わず笑みが零れたあたしは、そんな上機嫌のままに大魔王が座る玉座の前に足を進めたのだった。
 そして玉座の前までやって来たあたしは、その大魔王の血塗られた紅色の瞳をまっすぐに見つめたまま黙ってこちらに気付くのを待っていた。
 

「あ? 何だその面は、俺様に何か用か⁉︎」


 程なくして、大魔王はさっきまで散々見下していた人質から熱い視線を送られるなんて異様な状況にすぐに気付き、不機嫌さを隠すことなくあたしに乱暴に言葉を投げかける。
 その状況に他のみんなも気付き出し、その場のすべての視線はあたしと大魔王へと向けられていただろう。
 状況がさっきとは変わった、あたしは持たざる者ではなくなり、しかもその正体は目の前の大魔王の有り余るチカラを完全否定するもの。
 もうさっきみたいに止める必要もないだろう、下手したら自分の方がケガをする、大方そんなことを思ったであろう面々に見守られながら、あたしは口を開く。


「あー、大魔王様とやら? あたしはあなた様の命を脅かすなんて野暮なことはしないから、安心しなよ」
「……何だと?」


 あたしは目の前の不機嫌な大魔王にあくまでフレンドリーに親しみを込めた言葉を投げかけたのだが、残念なことにお気に召さなかったようで、逆にさっきまでとの態度のギャップに警戒されてしまったようだ。
 まあいいか、それにしてもこの世界の誰もがひれ伏して恐れる、あたしが誰より憎む大魔王に自分の可能性を気付かされることになろうとはね? 本当に嬉しい誤算だわ。
 まさか、この薄気味悪い魔王城に来たことを感謝することになるなんて誰に想像できたのだろうか……これで心置きなく向き合えるってもんよ。


「当たり前じゃないの。それだとさっさとテメーが楽になるってだけで、あたし達人間の苦しみの十分の一も味合わすことができないじゃん?」
「……は?」
「え? まさか、この後に及んでテメーの天下が続くと思ってんの?」


 とにかく、あたしが言いたいのはもう猫を被ったお利口な野良猫の時間は終わりってことよーー


「あたしを人質に指名したのは、あんたじゃんよ? 大魔王、タービュランス様?」


 気付いた時にはあたしは趣味の悪いゴテゴテの玉座に、タービュランスの顔の真横に、剣を突き立ててそう吐き捨てていた。


「散々好き勝手をして、あたし達人類をコケにしてくれたお礼はきっちりとさせてもらうわね? このクソボケ大魔王様がよおおおおおおおおおおおお‼︎」


 あたしは顔を上げてタービュランスと目を合わせると、その衝動を抑えられずにニヤリとあたしの口は弧を描く……そして、そのクソボケ大魔王の腕を掴んだあたしは、叫ぶ声とともに思いっきりそのまま玉座から下の床へと投げ飛ばしていた。
 その時に見下ろした、状況を理解できずに間の抜けた顔を晒すタービュランスは、間違いなくあたしの人生でトップを争うほどの傑作だった。
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