自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

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第二章 クソボケ大魔王と魔法スキルと

我慢が足りなかったのか

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 こんなに緊張するのはいつ振りだろうか……知らないことが最大の武器とは言うが、今のあたしにはまったく恐怖という感情はなく、ただただ好奇心しかなかったと思う。
 三匹のモンスター達に続いて中に入ったが、そこはおそらく玉座の間というところだったのだろう。
 高い天井から下げられた豪華絢爛なシャンデリア、それと一段高いところに玉座がある以外は何もない今まで見てきた中では飛ぶ抜けてシンプルな部屋。
 まるでこの部屋の主役は玉座に座る人物そのものだとでも言いたげに思えてしまったのは、あたしが少し捻くれているせいだろうか?
 というか、あまりに広すぎて遠すぎて肝心のタービュランスの声だけしか、まだ確認できないんですけど⁉︎


「あああ、あの……‼︎」
「え? 誰ですかって……あ! あなた方は……⁉︎」


 早くタービュランスの顔が見たくて若干イライラし始めていた時、聞こえるはずもないと思った女の子の声が聞こえてきたので、いよいよ幽霊の登場かなんて思って振り返ったのだが、そこにいた人物にあたしは思わず安心して思ったよりも大きな声が出てしまった。


「パトリック様と、グレース様ですよね⁉︎ よかった……ご無事な姿を見られて光栄です!」


 そこにいたのは事前に聞いていた特徴とまごうことなき囚われの身の双子の王子と姫! 見たところはあんまり顔色がいいとは言えないけど……まあ、こんなところにいたらそれも無理はないよね、本当によかった!
 けど、何よりあたしはこの世にこんなに綺麗な人間がいるんだという事実に目を奪われていた……
 透き通るようなブロンドの髪と、空のような深いサファイアブルーの瞳は双子なので二人とも同じぐらいに美しいのだが、王子のパトリック様は髪をセンター分けのロングで顔は男にしたら中性的なのだが、骨格やスラリと伸びた長い手足は男そのもので立っているその所作だけでも品の良さが伝わるようだ。
 一方で、さっき声をかけてくれた姫のグレース様は私のとは違って髪はどこを見ても癖のないストレートの背中まであるロングヘアで顔なんかもう人形みたいに整っているし、可憐すぎて今にも消えてしまいそうな儚さを持っている……これがリアルな王子様とお姫様ってわけね⁉︎ そこらの人間とは次元が違うわ!


「……君が、今日から魔王城で世話係を命じられた異世界からの使者なのか?」
「あ、はい! そうです! 申し遅れました、ノラ・ハスミと申します! 今日からこちらでパトリック様とグレース様のお世話を……」
「召使いが、俺様の目の前で俺様以外の奴と軽々しく口を聞くな!」


 見惚れて黙り込んだあたしを不思議に思ったのか、パトリック様はこちらの様子を伺いながら声をかけてきたので慌ててあたしは名乗るのと同時に挨拶をしようと思ったのだが……それはこの部屋でも最も権力のあるその大魔王に遮られてしまった。


「俺様を差し置いて! そればかりか、俺様の婚約者とそのおまけに初めに口を聞くとは……サクヤよ、お前は妹にどんな教育をしている! 恥を知れ!」
「タービュランス……お前こそ、一国の王子と姫に対して無礼だ! 身の程を知れ!」
「何よりもだ、お前みたいな極悪非道な悪魔の化身を妹の婚約者とすること自体が馬鹿げている!」
「フッ……ハハハハッ! 身の程を知るのはお前らの方ではないのか? お前らみたいなゴミとチリの一息で吹けば消えて失くなる集団に何ができる? そもそも、サクヤにパトリック? お前らは仲良く妹を、この極悪非道な悪魔の化身だったか? その俺様を恐れて差し出したのは、お前ら自身ではないか!」


 どうやらあたしが自分を無視した挙句に自分より先に王子と姫に話しかけたということが大魔王はかなり気に入らなかったようなのだが、そのことからあっという間に飛び火して事態は大事になり、大魔王、アニキ、パトリック様までも、見ているこっちの方がヒヤヒヤしてしまう口喧嘩を始めてしまった。
 大魔王からいつ魔法が飛んできても、パトリック様がいつ剣を抜いても、アニキだけが水晶玉越しで一人分の戦力が減るのが救いだけど……とにかく悪いこと限定で何が起こってもおかしくない張り詰めた雰囲気は、あたしは息が詰まりそうになっていたのだが。


「どお……わっ⁉︎ 急に痛いんだけどって……」


 その口喧嘩の様子を遠くから見守っていたあたしだが、急に背中を押されて……いや、あの感覚は蹴られて何事かと振り向けば、そこには三匹のモンスター達があたしを蔑んだ目で見ているのだった。


「この召使い! 元はと言えば、お前が余計なことをするからこうなるんだ!」
「まったく……余計な仕事を増やしてくれたな? あとできっちりとお礼はしてやる」
「そもそもはお前の蒔いた種だ。自分で処理をしてくるんだな?」


 グスタフは今すぐにも噛みつきそうに、ウキョウは嫌味と脅したっぷりに、ブロワーズはこれでもかと嘲笑うように、それぞれご丁寧にあたしに言葉を吐き出す始末。
 わかりましたよ、発端はあたしですからね? 新居引っ越し、お務め一日目の記念すべき日を血祭りで飾りたくないのはあたしだって同じですよ?


「あ、あの……!」


 意地悪な三匹のモンスター達にため息を零した後、あたしは様子を伺いながら慎重に二人と一個の水晶玉に近付いて少し大きめに声をかける。
 すると、その場の視線は一斉にあたしへと注がれて、それまでの騒がしさも収まる……さてと、触らぬ神に祟りなしだよね?


「あたしが余計な……あの、身の程知らずなことをやってしまったんですよね? 申し訳ありませんでした、タービュランス様」


 あくまで余計なことは考えず、潔く清々しいほどにあたしはあっさりと大魔王に頭を下げて謝罪した。


「ノラ……‼︎ こんな奴に頭を下げなくたっていいんだぞ⁉︎」
「そうよ! 敬語だって、こんな奴に使う価値ないわ!」


 その瞬間にリクくんとシナコちゃんからはあたしを気遣う言葉と大魔王への非難が飛んできて、その他にも三匹のモンスター達の爆笑する声や、アニキとパトリック様の慌てる声も聞こえてきた。
 けど、あたしは絶対に頭を上げることはなかった……この大魔王の前に来た時にそう決めていたから。


「ほう? 兄やその他のゴミやチリと違って自分の立場や状況を理解しているようだな? さすがは、持たざる者といったところか……滑稽だな!」
「ええ、そうです。あたしは何も持たざる野良猫のような存在です。そんな野良猫でも、王子と姫のお世話係として精一杯務めさせていただくので、これからどうぞよろしくお願いいたします」


 自尊心を傷付けたことでお怒りなら、その自尊心を最大に持ち上げてやれば機嫌は戻る……その時の口から出任せで自分を最大限に蔑んだあたしの頭の中にはこの場を平和に終わらせること、それしかなかった。
 こんなことで誰かを傷付けるなんてまっぴらだ、あたしのことはいくらでも笑うんだったら笑えばいいのよ。
 ある程度予想はしていたけど、この大魔王と人間との関係は火をつけっぱなしの導火線と一緒で、常に爆発寸前だということがこの数分でもよくわかった。
 油断することがあるのかなんて定かじゃないけど、それでもあたしが従順だと思わせて隙を見て王子と姫を連れてここから逃げないと人類側は手も足も出ないまま……あたしが我慢すればいいなら、それでいいのよ。


「そうか、そうか……うむ、なかなか見所がありそうだな?」
「あッ……‼︎」
「俺の妹から、今すぐ……‼︎」


 改めて覚悟を決めて心でつぶやいていると……そう頭の真上で声が聞こえたかと思えば、次の瞬間にあたしは髪を引っ張られて無理矢理に顔を上げさせられていた、絶対に何本か髪抜けたし、アニキの声からしてがブチ切れ寸前だななんて、別のことを必死に考えて早く終わればいいのにとあたしは願う。
 けど、これでようやく大魔王の顔を拝むことができるとも思って、目の前の大魔王に目の焦点を合わせようとしたのだが……


「その汚い手で、清らかなものをこれ以上汚すな! タービュランス!」


 またしてもタービュランスの顔を見ることは叶わずで、それどころか目の前に剣の刃先が通過したかと思えばあたしはパトリック様の腕の中で彼が大魔王へ向けて放った怒りの言葉を聞いていたのだ。


「頬が切れた。血か……これを見るのは久方ぶりだな」


 しかも、玉座の暗がりから大魔王の地を這うようなおどろおどろしい声まで聞こえてくる……それはあたしが予想したもっとも悪い展開の一つ、知らぬ間にそんな最悪な舞台が整っていたなんて誰が予想できようか。


「タービュランス様、おケガは……⁉︎ 皆様も落ち着いて……」


 慌ててあたしはパトリック様の腕から離れてどうにか場を収めようと、嫌な沈黙を避けるようにこれでもかと大声を張り上げるが、時すでに遅し。


「あまり調子にのるな、ゴミ風情がああああああああ!!!!」
「グアアアアアアア……‼︎」


 あっという間にパトリック様は地獄の炎に包まれたーーその炎とともに浮かび上がった大魔王は、この世の憎悪をすべて背負ったかのような被害者みたいな面をした悪魔だった。
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