自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

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第一章 主人公にはなれないからね

持たざる妹の積もる罪悪感

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「それで? お兄様に引っ叩かれた感想はどう?」
「……シナコちゃん? ちょっと楽しんでる?」
「まさか! 普段から天然記念物かってくらい仲良しのハスミ兄妹の喧嘩という名の大スキャンダルを目の当たりにして、楽しむなんて……」
「わかった。心の底から楽しんでるわけね? はあ……てか、感想も何もないよ。アニキの奴、この期に及んで手加減しやがった」
「そりゃあね? 自分の命より大切な妹をブチ切れていたとはいえ、そう簡単に本気で殴れないわよ」


 道中、シナコちゃんに散々からかわれて、あたしがすっかり不貞腐れた頃に連れられて来たのは王宮の中庭だった。
 その中庭の中央にある噴水の前のベンチにシナコちゃんは座れと目で訴えてくるので、あたしは特に抵抗することもなくシナコちゃんの隣に腰を下ろした。


「それにしても驚いたな。ノラもサクヤも、あんなに怒れるんだね?」
「え? あー、あたしはともかく、アニキがあんなにマジでブチ切れてるところは久しぶ……あれ、下手したら初めてかも?」


 すると、あえてシナコちゃんは最初から確信に迫らず、遠回しの話題を振ってきた……きっと、あたしの張り詰めまくった空気を和ませるために。
 やっぱり、こういうところを目の当たりにすると、普段はどんなに仲良くしていてもシナコちゃんは年上で、あたしより大人なのだと思い知らされる。
 シナコちゃんは宝石のような紫の瞳と、燃えるようなショートカットの赤髪を持つ凛々しく綺麗な顔立ちであり、身に付けている鎧も赤、保有する魔法スキルも炎魔法バーニングで強いし、すべてがシナコちゃんに似合っている。
 性格も男勝りでサバサバしていて、転移者達の中では良き姉御的ポジションであり、あたしにとっても姉ができたような気分にさせてくれる、そんな存在だった。


「じゃあ、何でサクヤがブチ切れたかなんて、ノラにはお見通しでしょ?」
「それは……」
「ついでに言っとくと、私もノラが魔王城に行くことは反対だし、それは他のみんなも同じだよ」
「みんな、バカみたいに過保護すぎね」
「過保護にぐらいならせてよ! ノラはモンスターとの戦いの中で、唯一の私達の癒しなんだよ!」
「それはどうも……」
「まあ、それは置いといて……どうして、ここをそんなに出て行きたいの?」


 シナコちゃんの急すぎる真面目モードへの突入と、さっきの凄まじい勢いに押され、あたしは思わず黙って俯くしかなかった。
 転移者の中であたしと一番歳が近いのはシナコちゃんだが、それでもシナコちゃんは二十二歳で、あたしとは六歳も差がある。
 その圧倒的な年下というポジションのおかげか、はたまたあたしが持たざるものだからか……あたしは、他の転移者達から、ものすごく可愛がってもらっている自覚はあった。
 けど、あたしの性格上、それを甘んじて受け入れることはどうしてもできなかった。


「別に、ここを出て行きたいわけじゃないんだよ? みんなのことは好きだしね……けどさ、ずっと罪悪感が消えないんだよ。だから、こんな自分でも役に立てるならそれでいいと思ったの」
「……ノラ? そこまで魔法スキルのことは気にしな……」
「それに、これはアニキのためでもあるんだよね」
「え? サクヤのためって……?」


 ある程度、シナコちゃんはあたしが魔王城に行くと言い出した理由を予想していたのだろう……その証拠に、ほんの数秒考えただけでシナコちゃんはあたしを説得するための言葉を紡ごうとした。
 しかし、あたしはそこに予想外の燃料を投下し、シナコちゃんの言葉を無理矢理遮ったわけだが、それも正真正銘、あたしの本心だ。


「うちって親がいなくなっちゃったし、あたしはまだまだ子どもだしで、まだ全然若いアニキに相当な負担をかけてたんだよね。アニキは同世代が持ってるものとか、過ごしてる時間とか、それらすべてをあたしのために犠牲にしてた。だから、そんなアニキを見ると……ああ、あたしがいない方がアニキは楽だろうなって考えるようになってたんだよね」
「そんな……そんなの、ノラがいなかったらなんて、絶対にあのサクヤが思うわけないわよ!」
「そうかもね……けどさ、実際にこんな世界に来ちゃったのは、あたしがあのゲームを買ってきたからなんだよ。それどころか、わけわからないモンスターに支配された世界に転移しただけでもキツいのに、妹は何の魔法スキルも持っていなくて戦力にならないどころか、足手まといときた。こんなとこに来てまで妹のお守りをしなきゃいけないなんて、勘弁しろって感じじゃない?」


 自分で言ってて胸が押し潰されそうになる……言葉にすればするほど、あたしはアニキの可能性の邪魔でしかないんだなと、改めて思う。
 せめて、何かの魔法スキルさえあればと、そう思ってここに来たばかりの頃は隠れて魔法を出せないかと呪文を唱え、そして当たり前の結果に絶望する日々だった。
 どこまであたしは、アニキのお荷物になればいいのだろうか……そう思っていると。


「ノラ、ちょっとおいで!」


 ***


「シナコちゃん、どこに行くの⁉︎」
「とにかく、おいで! あ、やっぱりここにいた」
「やっぱりって、リクくんと……アニキ」


 中庭からシナコちゃんに引っ張られ、ほとんど無理矢理な形であたしが連れて来られたのは、王宮の中にある訓練場。
 ここでよく仲間達やこの世界の住人達は日夜モンスター達との戦いで生き残るために魔法スキルはもちろんだけど、剣術や体術の稽古に励んでいる。
 シナコちゃんの予想通りだとでも言いたげな声に、そこに一体何があるのかと覗き込めば、そこには仲間のリク・サクラギと、絶賛気まずいランキング一位のアニキがいた。
 二人は訓練場に設置されたベンチの一つに座って、何やら話し込んでいるようで……まあ、この状況で話すことなんて一つしかないよね……


「サクヤってさ、何か悩みごととかがあると必ずあそこのベンチに座って考え込んでるの。ひどい時とか半日近くも座ってるのよ?」
「え、何それ……知らないんだけど⁉︎」
「まあ、本人も無意識なんじゃないかな? この癖を知ってるのも、私とリクぐらいなものだろうしね。それにしても……ここじゃ話の内容聞こえないから、もっと近付こう」
「はい⁉︎ あたしはいいよ! 別に聞きたくな……‼︎」


 とんでもないことを言い出したシナコちゃんに待ったをかけるが、すべての言葉を言い終わる前に、またあたしはまんまとシナコちゃんに引っ張られていく。


「それで? どうするんだよ、ノラのこと」


 そして、あたしとシナコちゃんがベンチのすぐ後ろの茂みに隠れた途端に聞こえてきたのは、案の定あたしのことで……聞きたくないとは思いながらも、あたしは耳を塞ぐことができない卑怯者だった。
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