自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

文字の大きさ
上 下
7 / 20
第一章 主人公にはなれないからね

この世界の支配者との初対面

しおりを挟む
 あああ、これは想定外……想定外だったわ。

 うぷ、とこみ上げる吐き気を抑えながら、フラフラと地面に両手両膝をつく。

 ハティとスコルが円筒の土壁の中に飛び込んだあと、ゴオオッという炎の音や、ガフッという噛みつく音、グオウッという巨大ホワイトウルフの呻き声が聞こえてきた訳なんだけど。
 やがてそれらが静まり、どうやらトドメを刺せたようね、と安堵の息を漏らしたのも束の間。
 ――ハティたちのお食事が、始まってしまった。

“オレ、ここが好き”
“ハトも、そっち、がいい”
“え? 仕方がねぇなー。半分コな”

 ……という微笑ましい会話はいいんだけどさ。
 それに伴って、ベキッ、バキッ、ゴリゴリッ、メチャッ、ピチャッ、みたいなスプラッタな音がえんえん聞こえてきたので、慌てて耳を塞ぎました。まぁ、会話は思念で聞こえてくるしね。
 そのうち何とも形容しがたい臭いまで漂ってきたので、こっちに来ないように風の魔法でシールドを作りましたけども。

 あああ、盲点だった! だってゲームなら、ボシュンと煙のように姿が消えちゃうからさあ!
 でも、実際は違うよね! ガッツリ食べるのよね! 確か魔界には持って帰れないって話だったしね!
 それに亜種の巨大ホワイトウルフともなれば、魔の者にとってはご馳走。残さず頂いちゃうわよね。その魔精力だって自分の糧になるんだろうし。
 そういやお菓子じゃ何の足しにもならない、とか言ってたっけ。

“一緒に食べるの、久しぶりだな”
“ルヴィ、いなくなった、から”
“……そうだなー”

 そうか、二人が地上に一緒にいられること自体が、本当に久しぶりなのよね。
 聖女シュルヴィアフェスがいつ亡くなったのかは知らないけど、きっと何百年も経ってる。その間、二人は魔界でしか会えなかったんだから。

 食糧は地上で摂取するってスコルは言ってた。本当に久しぶりの兄弟水入らずの食事な訳で、ここはそっとしておかないと駄目よね。
 ただ、耳を塞いでも聞こえてくるゴキッ、ベチャッ、はどうにかならないものかしら……。

“うめぇな、やっぱ”
“ウン、オイシー”
“はー、地上サイコー!”
“ウン……ゴフッ、ゴフッ”
“落ち着いて食え、ハティ。マユ、水くれ、水ー!”

 お前は亭主関白なダンナか、と思いながら風のシールドを解く。
 額から流れる大量の冷や汗を右手で拭い、

『万物の命の源……“マ=ゼップ=セィア=ネィロ”』

と、超簡易呪文で左手の手の平から水を出した。綺麗な放物線を描き、土の壁のてっぺんから中に注ぎ込む。ビシャビシャとハティ達に当たる音が聞こえた。

“うおっ、雑だな!”
「文句を言わないで。こっちは疲れてるのよ」
“オレたちだって疲れたぞ”
「疲れの種類が違うのよ!」

 フォンティーヌ邸から50kmは離れたギルマン領まで連れてこられて、初のバトルだというのにいきなりボス戦!
 しかもこの血生臭い宴会に付き合わされて……。
 肉体的にも精神的にもボロボロよ!

“アリガト、マユ、オイシー”
「そ、良かった」
“オイ、態度が違いすぎねぇか?”
「ちゃんとお礼が言える子は可愛いのです」
“あ、そっか。ありがとな!”
「はいはい」

 まぁ、頑張ったご褒美は必要だもんね。
 貴重な二人の一緒ご飯、大事にしてあげよう。


 しばらくすると、存分に堪能したらしいスコルとハティのガサゴソ動く音が聞こえた。そしてピョーンと円柱の土壁から元気よく飛び出してくる。
 やれやれと思いながら二匹の顔を見て、ギョッとした。口の周りは赤茶色いベッタリしたものがこびりついているし、特大ホワイトウルフの肉片みたいなものが体中についている。
 そしてこの何とも言い難いニオイ……っ!

「汚っ! クサッ!」
“そりゃあな”
“ウン”
「冗談じゃない! 落とすわよ!」

 やっぱり獣は獣、と思いながら再び手の平から水を出し、二匹の灰色の狼に浴びせる。
 まずは手前にいたスコルの身体を引き寄せ、左手から水を出しながら右手でわしゃわしゃと顔と口の周りの汚れを落とす。

 よく見ると、そのお腹はやけにポッコリしている。
 本当にきちんとそれぞれの胃袋に収めたらしい。自分たちの四倍以上もあったホワイトウルフ、二人で半分こにしたとしても相当な量だと思うんだけど……いったいどこにどう入って消化されたのやら。

 いや、ごめんなさい、知りたくないわ。そういうつもりで土の壁を作った訳じゃないけど、目撃しなくて本当に良かった。

“んがー、んごっ!”
「暴れないで」
“こんなの気にしてたら魔のモノやってられねーんだけど”
「私は嫌なの!」
“マユ、ハトもー!”

 文句を言うスコルに対し、ハティがその血生臭い体のまま飛びつこうとする。ギョッとしてのけぞると、ハティがちょっと悲しそうな顔をした。

“マユぅ……”
「ハティ、ごめん、ちょっと待って。本当に臭いが凄いから!」
“んー”
「……はい、いいよ。おいで、ハティ」

 スコルをあらかた綺麗にしたので、今度はハティの身体をわしゃわしゃと洗ってあげる。スコルと違い、ハティはおとなしくされるがままになっていた。目を細めて気持ちよさそうにしている。

 だけどしばらくすると
“あ、時間!”
と小さく叫んでパッと碧色の目を見開いた。

「時間?」
“召喚、切れる”
「あ、そっか」

 ハティは本来、昼の間に地上にいることはできない。私が召喚したからその契約の下、存在しているだけ。
 ポンッと何の前触れもなく、目の前からハティの姿が消えた。バシャバシャと水が弧を描いて地面に落ちているのに気づき、慌てて魔法を引っ込める。

 しまった、帰るときはバイバイぐらい言おうねって教えるの、忘れてたわ。
 召喚時間は……そうね、1時間ぐらいかな。今後のためにも覚えておこう。

「ハティ、ずぶ濡れのまま帰っちゃったわね。風邪ひかないかしら」
“マユ、聖獣を何だと思ってんだ?”

 ブルブルブルッと体を震わせ、水飛沫を飛ばしながらスコルが呆れたような声を上げる。

「だって、ハティの方が身体が弱そうだし」
“まぁ、それは合ってるけど……あ”

 スコルはふいっと顔を上げると『やべぇ』みたいな顔をした。そしてくるりと後ろを向き、トコトコと歩き始める。

“オレも帰ろー。ボロが出そうだし”
「え?」
“じゃーなー”
「ちょっと待った!」

 むんず、とスコルの尻尾を掴む。

“何だよ”
「ちょっと、私はどうやって家に帰ればいいのよ!」
“あー、だいじょぶ、だいじょぶ”
「全然、大丈夫じゃ……あっ!」

 私の手の力が緩んだ瞬間、スコルはするりとすり抜けてダダダーッと駆け出してしまった。ジャンプして右手の林の中に飛び込む。
 何しろ時速300km越え、あっという間にその姿が見えなくなった。

「はぁ……」

 そう言えば、スコルの背中につけていた鞍、いつの間にか消えていたわね。あれ、ハティが所有していたのよね。私を乗せるためにハティが改造したのかしら。何か私を守る魔法もかかってたみたいだし……。
 今度その辺もちゃんと聞かないと。
 ところで、二人に置き去りにされた私は、ここからどうやって帰ればいいんだろう、本当に?


「――マリアンセイユ!」

 急に野太い声が後ろから飛んできて、飛び上がる程驚いた。
 そうだ、すっかり忘れてたけどブラジャー工場から丸見えなんだった、ここ。
 だけどこの声は……?

「……ひっ!」

 恐る恐る振り返った私の目にまず映ったのは、青空の中にハタハタとひらめく大きな旗。黄色い布に、赤い優勝カップみたいな盃。中央には遠吠えをするような勇ましい狼の紋章。
 何か見覚えがあるわ、コレ……。

 てん、てん、てん、と視線を下に向けて、ビクッと思わず後じさる。
 鈍く光る銀色の鎧姿の集団。ざっと見て、三十人はいる。いつの間にこんなにギャラリーが集まってたのかしら。ハティ達に気を取られて、全然気づかなかった。
 そしてその中央には、ひと際体格のいい男が仁王立ちになっている。唯一兜をつけていない、その男性は――。

「お前、どうして!?」

 ひどく険しい顔をし、大きな声で怒鳴る男。
 はい、オニーサマであるガンディス子爵です。ということは、ここに並んでいる鎧姿の皆さんは、聖女騎士団のフォンティーヌ部隊の方々よね。

 あああ、表に出るときは最高に着飾って最高の笑みを浮かべ最高の社交界デビューをするはずの公爵令嬢、マリアンセイユ・フォンティーヌが!
 まさか、熊手を片手に魔物を蹴散らす姿を見せることになるとは!

 コレ、絶対に怒られるパターンよね。そうよね!?
 ど、ど、どうしよう!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。

りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。 伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。 それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。 でも知りませんよ。 私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

処理中です...