自分は魔法が効かないと発覚したので、世界を支配しているラスボス大魔王を殴りに行きます。

行倉宙華

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プロローグ 転移先はゲームオーバー後

そこは人間が底辺の世界

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「おい! 今度は、北西の村が壊滅させられたってよ!」
「嘘でしょ⁉︎ 今月に入って、もう三件目よ⁉︎」


 今日もまた昨日の続きのような地獄の今日が始まる……まあ、そんなことを呑気にあざ笑う暇もなく、憂鬱な一日のスタートは無理矢理に切られてしまった。
 寝食を共にしている仲間達の真っ青な顔も、慌てふためく声ともに近付いてくる足音も、すっかり見慣れたし、聞き慣れたものとなってしまった。
 現代の日本にいたら、まず聞くことは早々ないであろうの単語も、ここでは当たり前で、何ならそれよりもっと物騒な単語が飛び交うことだってある、ここはそんな非現実的な、今の現実だ。


「とにかく、被災者に避難先への誘導と水と食料の供給を急ごう! あと、今月の転移者の有無もリストにまとめておいてくれ!」


 そんな仲間達の中心となって声を荒げる人物は、蓮実朔也……いや、今のこの世界に合わせた言い方にするならば、サクヤ・ハスミ、あたしの兄である。
 そして、あたしは、ノラ・ハスミ、この前まで日本で花の女子高生やってましたよと。
 けど、今のあたしは日本人の大多数が誇る黒髪も黒目も持ち合わせてはおらず、その代わりに髪は少し青みが強い紫な上にウェーブがかった背中までの長さであり、瞳は人形のような緑で、とても日本人には見えない容姿に死なずとも生まれ変わってしまった。
 もちろん、それはアニキも同じであるのだが、なぜだかあたしと同じような色の髪と瞳であり、違うのは特に癖もなく、まっすぐに爽やかに切り揃えられた髪型ぐらいで、端から見たら一発で兄と妹だとわかるような容姿になってしまっていた。
 最初の頃は、何で異世界に転移してまで兄妹ってことを主張しなきゃならないんだとアニキに若干の八つ当たりをしたこともあったが、どうやらこれはゲームで使っていたアバターの姿のまま転移したせいらしく、つまりはあたしがアニキに適当にアバターを適当に作ってもらったせいということで……はあ。


「ノラ、おはよう! よく眠れたか?」
「普通だよ。つーか、それ毎回聞かなくていいから……」


 すると、アニキは朝の憂鬱さも何のそのと言いたげな爽やかすぎる笑顔で、あたしに朝の挨拶をしてくる。
 そう、外見はそっくりでも、あたしとアニキは根本的なものが違う……元々、現代にいた時からアニキには敵わないなって思ってたけど、この世界では改めてそのことを突きつけられた。
 まず第一に、その隠しきれない好青年オーラと身内の贔屓目をなくしても整いまくった容姿に、さらには生まれながらの機転の良さ、優しさ、おまけにリーダーシップまであるときた。
 それにアニキのこの世界での服装は白を基調としたスマートなもので、マントは髪に合わせた鮮やかな紫であり、それがまたイケメンさを際立たせる。
 現代にいた時からモテていないところを見たことがなかったほどモテまくってきた人生で、それはこの世界に来てからも変わらないし、現に今も後ろの方から黄色い悲鳴が聞こえる始末。
 本当に朝からみんな元気だよね、あたしは物心ついた時から見てきたその爽やか笑顔に若干胸やけしそうよ。
 けど、それに加え、この世界でアニキが得た強力な魔法スキルーー雷魔法サンダーボルトが、またさらにアニキの魅力とやらを押し上げているのだろう……
 

「はあ? 何だよ、ここに来て反抗期か? お兄ちゃん泣くぞ?」
「朝からそのノリは、本当に勘弁……それで、また行くの?」
「……ああ。けど、すぐ戻るよ」
「了解、とりあえず、気を付けてね?」


 軽くあしらうように遠ざければアニキから面倒な反応が返ってきたので、あたしはわざと話をズラす……そうすれば、アニキは一瞬の影を見せてからまたいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべてあたしの頭を撫でた。
 あたしとアニキがこの世界に転移してから、気付けば三か月の時が過ぎていた……季節が移り変わるほど、ここにいたのか。
 この世界はあたしとアニキが、転移する直前までプレイしていた『バーストグリーンファンタジー あの未知の先に』の、ゲームオーバー後の世界だ。
 ゲームの設定はよくあるRPGものであり、モンスターを倒して世界を救おう的なものである。
 世界観はよくある中世のヨーロッパみたいな感じで、王国もあり、人間だってしっかりと生きている。
 しかし、ゲームオーバー後の世界というだけあって、世界はモンスター達に支配されており、この世界の人間の地位は底辺にまで落ちているのだが……なぜかここ数か月の間に、異世界から使者が来る。
 それがあたし達のような転移者ということで、その転移者達の共通点が『バーストグリーンファンタジー あの未知の先に』をプレイして、ゲームオーバーしたということだった。
 そして、混乱のままこの世界の住人に、しかも王族に救出されたあたし達転移者はこの世界に来た理由も、状況把握も満足にできないまま、生き残るためにゲームの流れのままモンスター達との全面戦争を決意したのだ。
 その縁もあって、こうして今も王宮の余った部屋を借りて、あたし達は生活している。
 それでもまったくの勝算もなく、そんな無謀な決意をしたわけではない……あたし達転移者には、ほとんどが一つ以上の魔法スキルを使えるようになっていた。
 そして、アニキはその選りすぐりの魔法スキルの中でもトップクラスの攻撃力を誇る、雷魔法サンダーボルトを操り、数々のモンスター達との戦いに勝利していくうちに、必然的に転移者達だけでなく、人類全体のリーダーになりつつある。
 だから、今日もこうしてアニキは壊滅させられたという北西の村に他の仲間達を率いて行く……それを、あたしはこの安全な場所で待つことしかできない。


 それはあたしが、何の魔法スキルも持っていないからーーあたしは持たざる者だから、戦場に行っても自分の身を守ることさえも、敵に傷を作ることさえもできないから。


「集まれ、大変だ! タービュランスから、新たな要求が来た!」


 思考の中から、あたしは一気にその仲間の悲鳴のような叫びで呼び戻され、途端に仲間達は悲しみや怒り、絶望などの様々な感情の入り乱れた悲痛な声を上げる。


「落ち着いてくれ、みんな! 俺達がパニックになったら元も子もない!」


 しかし、そんな混乱さえも、アニキのたった一言で静まり返るのだから、妹としては誇らしいというか、その大きすぎる存在に虚しくすらなるというか。


「……それで、要求は何だって?」
「あ、ああ……待て、確認し、て……」
「どうした?」


 全員が我に返ったのを見計らって、アニキはタービュランスーーこの世界の支配者である、大魔王からの要求が書かれた封書を持つ仲間に話の続きを促した。
 その仲間はハッとしたように封書を開けて中身を確認すると、そのままアニキの問いかけにも反応せず、ある一点を見たまま固まってしまったのだ。
 そして、気のせいだろうか、目が合ったのは……その時にはすでに、あたしは心のどこかで何かしらの覚悟を決めていたのかもしれない。


「ノラを……ノラのことを人質として、差し出せって書いてある……‼︎」


 振り返ったアニキの顔を、あたしは生涯忘れられないかもしれないと思ったーー両親が死んだ時でさえも、アニキはそんな泣きそうな顔をあたしに見せたことはなかったから。
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