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番外編
国を動かす仕事です
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私はディルアヴィット王国の王宮に仕える大臣の一人である。
主に私は、宰相であるサイモン・アルドレード伯爵の補佐をしている。
サイモン伯爵は最年少で宰相に任命されたお方で、その手腕は優秀なことで他国にも一目置かれるような存在だ。
古く凝り固まっていた王国の制度や法律を見直して撤廃し、新しい革新的な規則を生み出していった。
初めの頃は、伝統を重んじる他の貴族達からの逆風はそれはそれは凄まじいものだったと聞く。
しかし、サイモン伯爵が宰相になると王国の産業や貿易を通して我が王国は軍事力だけでなく、経済大国としての名も欲しいままにするまでに上り詰めた。
まさに結果を出して、サイモン伯爵に異議を唱える者はいなくなった。
「そういえば、サイモン伯爵とジェイコブ騎士団長が帰国されるらしいぞ?」
「え!? 今日か!?」
「ああ、久しぶりの再会だ……今夜の王宮は荒れるぞ~?」
「うわあ、想像しただけで背筋が……」
資料の整理をしていたら、そんな声が聞こえてきた。
私はサイモン伯爵とは四つほど歳が離れているが、存在は知っていた。
学生の頃からサイモン伯爵は、ある意味でとても有名だったからだ。
サイモン伯爵と親友のジェイコブ騎士団長の悪事の数々は有名だった。
授業には滅多に出席をせず、たまに出席したかと思ったら授業妨害の始末、寮にも帰らず、学園脱走の常習犯でスラム街の札付きの悪とは喧嘩三昧。
本当に当時の学園長を始めとした教師陣は、相当このお二人に泣かされたのではないだろうか。
しかし、これは私が大人になってから知った話だが、当時お二人はいくつもの事件を裏で解決していたのだとか。
例えば、学園内で法律違反の薬物を売りさばいていた生徒達を全員もれなく突き止めたり、市街で聞いた情報から王宮に紛れ込んでいる敵国のスパイを暴き出したりと、裏で暗躍していたのだ。
それを知らないからしょうがないと言えばしょうがないが、お二人の存在は恐怖そのものだった。
今では想像できないが、当時は生徒の間で、お二人に話しかけるより死地に赴く方がマシだと噂になっていたほど。
当時、同じ時期に学園に通っていた者達は今でもお二人を見ると、少し顔が強ばっているのをよく見る。
ここだけの話だが、私もサイモン伯爵の補佐に任命された当初は、何度逃げ出そうと思ったか数え切れない。
今でも怒ると悪魔のようだというのは変わらないが、サイモン伯爵は本当に優秀で面倒見の良い方だ。
私のことも信頼してくださってる。
今はジェイコブ騎士団長も含め、家族ぐるみの付き合いをさせていただくほどの仲になった。
当時の私が聞いたら卒倒するだろう。
そういえば、二人っきりの酒の席でサイモン伯爵が学生時代のことを話してくれたことがあった。
***
「本当に、あの頃は若かった……ジェイコブには感謝してる」
「お二人の仲の良さは伝わりますよ?」
「そうか? まあ、アイツに会うと俺は宰相ではなく、ただのサイモン・アルドレードに戻れるからな」
「素敵です! 真の友情ですね!」
「ははっ、真の友情か……あの頃の俺が闇に堕ちていかなかったのは、ジェイコブの存在があったからだ」
「ジェイコブ騎士団長が?」
「物心ついた頃には、もうアイツは俺の隣にいたからな? 昔からお互いが一番の理解者であり、それはこれからもそうありたいと思っている……だから、アイツが誰より優しいって知ってる。ジェイコブは俺を孤独にしないために俺と一緒に無茶をしてくれてたんだ」
「サイモン伯爵……」
「よく言ってたよ、お前は愛というものを知るべきだってな?」
「……では、その愛を教えてくれたのはミランダ伯爵夫人ですね?」
「鋭いな? ミランダに出会ったことで俺の人生は変わった! その変わった俺を見て一番喜んでくれたのは、ジェイコブだった……」
***
宝箱の中身を見せるように、サイモン伯爵はとても大切に話してくれた。
この広い世界で心から愛する女性に出会えたこと、どんな時でも味方でいてくれる親友がいること、その事実が幸せでしょうがないというように。
そんなことを思い出して思わず笑みを零していると、また声が聞こえた。
どうやら、まだ廊下の男達は立ち話を続けているようだった。
「あれ、スピカ様はどうしたんだよ?」
「スピカ様は残ったようだ」
「は? 何でまた?」
「そこの王国の姫様に、それはもう気に入られたみたいで、スピカ様だけが王国に残るって結論に落ち着いたらしい」
「さすが、スピカ様だな……」
「ああ、驚きもしなくなってきたよ」
話題は、サイモン伯爵のご令嬢のスピカ・アルドレード様だった。
初めて、スピカ様の存在を認識したのはオリオン殿下の八歳の生誕祭だった。
もちろん、サイモン伯爵のご令嬢だとは存じていたし、何度かお会いしたこともある。
けど、それはサイモン伯爵ありきのスピカ様の存在だ。
だから、スピカ様を一人の人間として認識したのはあれが最初だったのだ。
今でも鮮明に覚えている。
自分の何倍も身長のある暗殺者に怯みも迷いも見せずに、真っ向から剣を交わしてシリウス殿下を救った。
たった八歳の女の子がこの王国の王子を救ったのだ、信じろという方が無理があると思う。
それがきっかけとなり、王家とアルドレード家には類を見ない信頼関係が生まれた。
何よりも、オリオン殿下とスピカ様が友人関係になられたことが大きかった。
スピカ様は平和主義という思想をこの頃から掲げておられ、実現するための公約や国政などの考えを、とても具体的にオリオン殿下に伝えたという。
オリオン殿下からシリウス殿下、シリウス殿下から国王陛下、正式に王国議会に取り上げられたその時に、サイモン伯爵はそれが自分の娘の発案だと知る。
後にも先にも、サイモン伯爵のあの間の抜けた顔は見たことがない。
突飛で奇天烈な案は誰もが怪訝な顔をしていたし、当時八歳のスピカ様の発案ということも納得しがたかったようだ。
しかし、国王陛下の決定権により、不満が残る中で平和主義へと王国は動き出し、常に影にはスピカ様の姿があった。
まず、我が王国は大陸のすべての国にそれぞれに使者を送り、戦争放棄を宣言した。
攻めることで国民を豊かにするという古来の軍事国家の政策を覆し、国を守ることで国民を豊かにしようという政策を王国全体に発表した。
これはサイモン伯爵の政策で経済が成長していたこともあって、実現できたことであった。
この発表により、市街では二週間も国民がどんちゃん騒ぎをしていた。
あちこちで、戦争が終わった! もう自由だ! 大往生してやる! そのように喜ぶ声が木霊していた。
騎士団は戦争の勝利ではなく、王国の平和を守るために戦う組織に変貌。
(この間もサイモン伯爵は、いろんなことで忙しそうだったな……)
シリウス殿下暗殺未遂事件からしばらくは、とても疲れた様子で頭を抱えるサイモン伯爵を何度も見た。
そういえば、お礼を言いながら大号泣をするジェイコブ騎士団長に、サイモン伯爵が抱き締められているなんて現場を目撃したのもこの頃だ。
迷いもなく扉を閉めたのは、今でも最善の選択だったと思う。
まあ、これらが我が王国に平和主義の基盤が出来上がるまでの出来事だ。
ここまでくるのに、約五年。
確かちょうど、オリオン殿下やスピカ様がシックザール学園に入学される年のことだった。
やっと落ち着いたと思った時に、ガブリエル様呪殺未遂事件が起きる。
犯人の元宰相のコーデリック・ジェフレッドは、裁判で終身刑を下された。
監獄塔に送られたらしく、二度と太陽を拝むこともなく、孤独のままに死神を待つばかりなのだとか。
まあ、そんなことどうでもいい。
大事なのはこの事件を解決したのがスピカ様だということ、しかも伝説の魔女のベロニカを蘇らせたということだ。
裏では、サイモン伯爵が床で海老反りになりながら何故だと叫び、それを見てジェイコブ騎士団長が爆笑するという地獄絵図が出来上がっていたが……
とにかく、私は久しぶりに聞いたスピカ様のお名前に心が踊ったのだ。
(何かが始まる前触れだとね?)
次の年は、ずっとその問題ある素行に目を瞑ってきた四大貴族のリズバニア家に鉄拳を落とすこととなった。
スピカ様達がリズバニア家のバルト様に対する虐待の実態を明らかにした。
アルドレード家をはじめ名だたる名家を敵に回し、リズバニア家の地位と信頼は地に落ちることになった。
何でも聞いた話では、話し合いの席でスピカ様がリズバニア家を言葉で一刀両断されたとか。
「謝罪されたところで、この家と縁を切りたいという思いは変わらない」とのバルト様の言葉によって、問答無用で王家からの信頼も厚いサンダーソン侯爵家とバルト様の養子縁組が決まった。
今のリズバニア家は四大貴族とは本当に名ばかりだ。
領地を減らされ、その僅かばかりの領地は荒れ放題、世間知らずで浪費家の妻と子どものおかげで借金が増えて、公爵家が子爵家にまで頭を下げながら惨めな生活を送ってると聞く。
無論、助ける者は誰もいないようだ。
次の年は、最早伝説でしかなかった。
攫われたミランダ伯爵夫人を、見事に伝説の大魔王から救出した。
それだけでなく、その伝説の大魔王と使い魔を王国に迎え入れたのだ。
今ではベロニカやゴードンは、王国で正式に重要文化人財に任命されて、日々王国の歴史や文化などの研究でとても役に立っている。
(あの方が、神なのではないか……?)
時々だが、本気でそう思う時がある。
古い石頭の貴族達の中には、スピカ様をアルドレード家の恥さらしや失敗作と罵る愚か者がいる。
血は争えないとは言うが、それ以上の最高傑作の間違いではないのか?
国王陛下に対しては目を逸らさず、父親のサイモン伯爵に対しては否定することを恐れず、野次を飛ばす貴族連中には真っ向から挑む。
こんなに勇気があって慈悲深く強い女性を、私は他に知らない。
それ故に、スピカ様が記憶を失って別人のようになられたと聞いた時は、これは神の悪戯なのかと思った。
頼り過ぎてしまった私達への罰だと。
しかし、サイモン伯爵は、愛を知ったサイモン・アルドレードは違った。
「あの子は休憩してるだけだ、人より何十倍もの速さで走ったからな……少しは立ち止まることも必要なんだ。あの子は自分のためじゃなくて人のために一生懸命になれる優しい子だ、帰って来るよ」
そして、神はスピカ様を私達の元に返してくれた。
考えを、改めねばいけないと思った。
スピカ様は神などではなくて、普通の人間なんだ。
しかし、この王国の財産で宝だ。
どんなことがあってもスピカ様のことをお守りするのが王国の最善だ。
あの方のおかげで、どれだけの命が救われたのか、どれだけの新たな命が生まれるのか、想像もできない。
この王国の未来にあの方が必要ということだけは明らかなんだ。
サイモン伯爵が切り開き、スピカ様が花を咲かそうとしている、この王国の未来の道を、私は微力ながらも精一杯守らせていただきます。
主に私は、宰相であるサイモン・アルドレード伯爵の補佐をしている。
サイモン伯爵は最年少で宰相に任命されたお方で、その手腕は優秀なことで他国にも一目置かれるような存在だ。
古く凝り固まっていた王国の制度や法律を見直して撤廃し、新しい革新的な規則を生み出していった。
初めの頃は、伝統を重んじる他の貴族達からの逆風はそれはそれは凄まじいものだったと聞く。
しかし、サイモン伯爵が宰相になると王国の産業や貿易を通して我が王国は軍事力だけでなく、経済大国としての名も欲しいままにするまでに上り詰めた。
まさに結果を出して、サイモン伯爵に異議を唱える者はいなくなった。
「そういえば、サイモン伯爵とジェイコブ騎士団長が帰国されるらしいぞ?」
「え!? 今日か!?」
「ああ、久しぶりの再会だ……今夜の王宮は荒れるぞ~?」
「うわあ、想像しただけで背筋が……」
資料の整理をしていたら、そんな声が聞こえてきた。
私はサイモン伯爵とは四つほど歳が離れているが、存在は知っていた。
学生の頃からサイモン伯爵は、ある意味でとても有名だったからだ。
サイモン伯爵と親友のジェイコブ騎士団長の悪事の数々は有名だった。
授業には滅多に出席をせず、たまに出席したかと思ったら授業妨害の始末、寮にも帰らず、学園脱走の常習犯でスラム街の札付きの悪とは喧嘩三昧。
本当に当時の学園長を始めとした教師陣は、相当このお二人に泣かされたのではないだろうか。
しかし、これは私が大人になってから知った話だが、当時お二人はいくつもの事件を裏で解決していたのだとか。
例えば、学園内で法律違反の薬物を売りさばいていた生徒達を全員もれなく突き止めたり、市街で聞いた情報から王宮に紛れ込んでいる敵国のスパイを暴き出したりと、裏で暗躍していたのだ。
それを知らないからしょうがないと言えばしょうがないが、お二人の存在は恐怖そのものだった。
今では想像できないが、当時は生徒の間で、お二人に話しかけるより死地に赴く方がマシだと噂になっていたほど。
当時、同じ時期に学園に通っていた者達は今でもお二人を見ると、少し顔が強ばっているのをよく見る。
ここだけの話だが、私もサイモン伯爵の補佐に任命された当初は、何度逃げ出そうと思ったか数え切れない。
今でも怒ると悪魔のようだというのは変わらないが、サイモン伯爵は本当に優秀で面倒見の良い方だ。
私のことも信頼してくださってる。
今はジェイコブ騎士団長も含め、家族ぐるみの付き合いをさせていただくほどの仲になった。
当時の私が聞いたら卒倒するだろう。
そういえば、二人っきりの酒の席でサイモン伯爵が学生時代のことを話してくれたことがあった。
***
「本当に、あの頃は若かった……ジェイコブには感謝してる」
「お二人の仲の良さは伝わりますよ?」
「そうか? まあ、アイツに会うと俺は宰相ではなく、ただのサイモン・アルドレードに戻れるからな」
「素敵です! 真の友情ですね!」
「ははっ、真の友情か……あの頃の俺が闇に堕ちていかなかったのは、ジェイコブの存在があったからだ」
「ジェイコブ騎士団長が?」
「物心ついた頃には、もうアイツは俺の隣にいたからな? 昔からお互いが一番の理解者であり、それはこれからもそうありたいと思っている……だから、アイツが誰より優しいって知ってる。ジェイコブは俺を孤独にしないために俺と一緒に無茶をしてくれてたんだ」
「サイモン伯爵……」
「よく言ってたよ、お前は愛というものを知るべきだってな?」
「……では、その愛を教えてくれたのはミランダ伯爵夫人ですね?」
「鋭いな? ミランダに出会ったことで俺の人生は変わった! その変わった俺を見て一番喜んでくれたのは、ジェイコブだった……」
***
宝箱の中身を見せるように、サイモン伯爵はとても大切に話してくれた。
この広い世界で心から愛する女性に出会えたこと、どんな時でも味方でいてくれる親友がいること、その事実が幸せでしょうがないというように。
そんなことを思い出して思わず笑みを零していると、また声が聞こえた。
どうやら、まだ廊下の男達は立ち話を続けているようだった。
「あれ、スピカ様はどうしたんだよ?」
「スピカ様は残ったようだ」
「は? 何でまた?」
「そこの王国の姫様に、それはもう気に入られたみたいで、スピカ様だけが王国に残るって結論に落ち着いたらしい」
「さすが、スピカ様だな……」
「ああ、驚きもしなくなってきたよ」
話題は、サイモン伯爵のご令嬢のスピカ・アルドレード様だった。
初めて、スピカ様の存在を認識したのはオリオン殿下の八歳の生誕祭だった。
もちろん、サイモン伯爵のご令嬢だとは存じていたし、何度かお会いしたこともある。
けど、それはサイモン伯爵ありきのスピカ様の存在だ。
だから、スピカ様を一人の人間として認識したのはあれが最初だったのだ。
今でも鮮明に覚えている。
自分の何倍も身長のある暗殺者に怯みも迷いも見せずに、真っ向から剣を交わしてシリウス殿下を救った。
たった八歳の女の子がこの王国の王子を救ったのだ、信じろという方が無理があると思う。
それがきっかけとなり、王家とアルドレード家には類を見ない信頼関係が生まれた。
何よりも、オリオン殿下とスピカ様が友人関係になられたことが大きかった。
スピカ様は平和主義という思想をこの頃から掲げておられ、実現するための公約や国政などの考えを、とても具体的にオリオン殿下に伝えたという。
オリオン殿下からシリウス殿下、シリウス殿下から国王陛下、正式に王国議会に取り上げられたその時に、サイモン伯爵はそれが自分の娘の発案だと知る。
後にも先にも、サイモン伯爵のあの間の抜けた顔は見たことがない。
突飛で奇天烈な案は誰もが怪訝な顔をしていたし、当時八歳のスピカ様の発案ということも納得しがたかったようだ。
しかし、国王陛下の決定権により、不満が残る中で平和主義へと王国は動き出し、常に影にはスピカ様の姿があった。
まず、我が王国は大陸のすべての国にそれぞれに使者を送り、戦争放棄を宣言した。
攻めることで国民を豊かにするという古来の軍事国家の政策を覆し、国を守ることで国民を豊かにしようという政策を王国全体に発表した。
これはサイモン伯爵の政策で経済が成長していたこともあって、実現できたことであった。
この発表により、市街では二週間も国民がどんちゃん騒ぎをしていた。
あちこちで、戦争が終わった! もう自由だ! 大往生してやる! そのように喜ぶ声が木霊していた。
騎士団は戦争の勝利ではなく、王国の平和を守るために戦う組織に変貌。
(この間もサイモン伯爵は、いろんなことで忙しそうだったな……)
シリウス殿下暗殺未遂事件からしばらくは、とても疲れた様子で頭を抱えるサイモン伯爵を何度も見た。
そういえば、お礼を言いながら大号泣をするジェイコブ騎士団長に、サイモン伯爵が抱き締められているなんて現場を目撃したのもこの頃だ。
迷いもなく扉を閉めたのは、今でも最善の選択だったと思う。
まあ、これらが我が王国に平和主義の基盤が出来上がるまでの出来事だ。
ここまでくるのに、約五年。
確かちょうど、オリオン殿下やスピカ様がシックザール学園に入学される年のことだった。
やっと落ち着いたと思った時に、ガブリエル様呪殺未遂事件が起きる。
犯人の元宰相のコーデリック・ジェフレッドは、裁判で終身刑を下された。
監獄塔に送られたらしく、二度と太陽を拝むこともなく、孤独のままに死神を待つばかりなのだとか。
まあ、そんなことどうでもいい。
大事なのはこの事件を解決したのがスピカ様だということ、しかも伝説の魔女のベロニカを蘇らせたということだ。
裏では、サイモン伯爵が床で海老反りになりながら何故だと叫び、それを見てジェイコブ騎士団長が爆笑するという地獄絵図が出来上がっていたが……
とにかく、私は久しぶりに聞いたスピカ様のお名前に心が踊ったのだ。
(何かが始まる前触れだとね?)
次の年は、ずっとその問題ある素行に目を瞑ってきた四大貴族のリズバニア家に鉄拳を落とすこととなった。
スピカ様達がリズバニア家のバルト様に対する虐待の実態を明らかにした。
アルドレード家をはじめ名だたる名家を敵に回し、リズバニア家の地位と信頼は地に落ちることになった。
何でも聞いた話では、話し合いの席でスピカ様がリズバニア家を言葉で一刀両断されたとか。
「謝罪されたところで、この家と縁を切りたいという思いは変わらない」とのバルト様の言葉によって、問答無用で王家からの信頼も厚いサンダーソン侯爵家とバルト様の養子縁組が決まった。
今のリズバニア家は四大貴族とは本当に名ばかりだ。
領地を減らされ、その僅かばかりの領地は荒れ放題、世間知らずで浪費家の妻と子どものおかげで借金が増えて、公爵家が子爵家にまで頭を下げながら惨めな生活を送ってると聞く。
無論、助ける者は誰もいないようだ。
次の年は、最早伝説でしかなかった。
攫われたミランダ伯爵夫人を、見事に伝説の大魔王から救出した。
それだけでなく、その伝説の大魔王と使い魔を王国に迎え入れたのだ。
今ではベロニカやゴードンは、王国で正式に重要文化人財に任命されて、日々王国の歴史や文化などの研究でとても役に立っている。
(あの方が、神なのではないか……?)
時々だが、本気でそう思う時がある。
古い石頭の貴族達の中には、スピカ様をアルドレード家の恥さらしや失敗作と罵る愚か者がいる。
血は争えないとは言うが、それ以上の最高傑作の間違いではないのか?
国王陛下に対しては目を逸らさず、父親のサイモン伯爵に対しては否定することを恐れず、野次を飛ばす貴族連中には真っ向から挑む。
こんなに勇気があって慈悲深く強い女性を、私は他に知らない。
それ故に、スピカ様が記憶を失って別人のようになられたと聞いた時は、これは神の悪戯なのかと思った。
頼り過ぎてしまった私達への罰だと。
しかし、サイモン伯爵は、愛を知ったサイモン・アルドレードは違った。
「あの子は休憩してるだけだ、人より何十倍もの速さで走ったからな……少しは立ち止まることも必要なんだ。あの子は自分のためじゃなくて人のために一生懸命になれる優しい子だ、帰って来るよ」
そして、神はスピカ様を私達の元に返してくれた。
考えを、改めねばいけないと思った。
スピカ様は神などではなくて、普通の人間なんだ。
しかし、この王国の財産で宝だ。
どんなことがあってもスピカ様のことをお守りするのが王国の最善だ。
あの方のおかげで、どれだけの命が救われたのか、どれだけの新たな命が生まれるのか、想像もできない。
この王国の未来にあの方が必要ということだけは明らかなんだ。
サイモン伯爵が切り開き、スピカ様が花を咲かそうとしている、この王国の未来の道を、私は微力ながらも精一杯守らせていただきます。
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書籍化おめでとう御座います~大好きな作品が書籍として手元にあるのは幸せですね~😆続き楽しみに待っています~頑張って下さいね~😆
面白いだけじゃなくて切ない話もあってサクサク進むテンポも良くてすごく好きになりました!
気が向いたらでいいので、ifで他の攻略対象とスピカが結ばれる話や本来スピカとして生きていくはずだった人とスピカが再開する話を書いてくださると嬉しいです!
記憶が戻った瞬間の五人の反応を見て見たいです…っ!
ぜひ、是非お願いしますっっ!!