ヒロインが私に過保護すぎる上に、裏番長化してます。

行倉宙華

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頭がおかしいヒロインは妹

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「もう何でもいいから、さっさと物語を進めてくれ!」


 私が、ヒロインと第一王子に向かってそう叫んだのは秋のことだった……


 ***


 私は前世で生きていた頃から物語や映画を見る上での一番の特等席は、その話の中に入ることだと本気で思っていた。
 そう、前世でという言葉が出たと思うけど、私は転生者だ。
 前世の私は売れない女優で、死因も舞台の照明の下敷きになったから。
 まあ、終わったことはしょうがないとして、今大事なのは転生先だ。
 その転生先というのが前世で流行りに流行った少女漫画――恋はラビリンスだったのだ。
 略して恋ラビというのは、身分違いの恋に苦しみながらも立ち向かっていく男爵家のヒロインのシャリーナ・フルフォードと、王国の第一王子のランス・ローレンシアの物語だ。
 王道な設定だがそれが世間に刺さったのか、原作は売り切れ続出、アニメや舞台も軒並み大ヒット。
 そんな世界に転生した私のポジションというのが……


「お姉様! そんな出歩いて、もし外で転んで頭を打って、記憶を失うなんてことになったら、どうするんですか!?」
「シャリー、ただの散歩よ……」
「そのただの散歩とやらの最中に、お姉様にもしものことがあったら私は立ち直れません! お願いですから、外出する時は私のことも誘ってください!」
「いや、けれど、あなた先ほどまでピアノのお稽古をしていたから……」
「ピアノのお稽古とお姉様ですよ!? 悩むほどではありません、そんなの時間の無駄です! お姉様一択です! 私はお姉様と外出したいのです!」
「お前、さてはそれが本音だろ」


 この一瞬のうちにどっと疲れた、もう帰りたいんだが……
 私のポジションは、恋ラビのヒロインの姉にあたる、マッケンジー・フルフォードだった。
 そして、曲がりなりにも貴族の淑女な私が思わず口調が素に戻ってしまった相手とは、王道設定の過保護なメイドや執事ではなく……
 この物語のヒロインで今世での私の妹にあたる、シャリーナ・フルフォードである。


「そのお姉様の不意に出る、くだけた口調も素敵です! 痺れます!」


 もう一度言う、この残念でウザいことこの上ない言動の人間が、この物語のヒロインである。


「何で、こんな風に育ったの……」


 領地の薔薇園のど真ん中で、私は頭を抱えた。
 目の前の妹は間違いなく、恋ラビのヒロイン、シャリーナ・フルフォード。
 ふわふわなセミロングの金の髪と、輝くルビーのように赤い瞳、心地の良い高さの声。
 そして、出るとこは出て、引っ込むとこはしっかり引っ込んでるという完璧なスタイル。
 外見は間違いなく美少女で、人生イージーモードまっしぐら。
 それに比べて姉の私は、ピンクの背中まで伸びた髪に緑の瞳という、異世界の人間そのものみたいな風変わりな外見。
 おまけに前世に引き続き貧乳で童顔だときた。
 本当に私達は姉妹なんですかと疑いたくなるほどの似てなさだ。
 まあ、そんなことはいいの、外見は完璧でも中身は別人って……なぜ!?
 

「お姉様!? ああ、まだまだ暑い日が続くゆえにお体に障ったのですね……何て嘆かわしいのでしょう……!!」


 我が妹は見当違いなことを口にして涙をこらえ、その場に崩れ落ちる。
 本格的に頭が痛くなってきたぞ……
 私が転生したヒロインの姉、マッケンジー・フルフォードは物語が始まる前に既に死亡していた。
 設定では、生まれた時から病弱だったというもので、ベッドから出て外を歩くこともままならず、最後はシャリーナの九歳の誕生日会で吐血し、そのまま……
 そんな設定を知っていたから、前世を思い出した時は怯えまくって毎日気が気じゃなかったが、六歳になった頃にふと気付く。
 私って全然元気じゃないか……と。


「皆さん、のんびりとそこで惚けている場合ですか!? お姉様を、急いで馬車に運んでください!」
「わああああ! お願いだから、そこを動かないで! 私に触らないで!」
「お姉様!? ハッ、吐血ですか!? 血で私達が汚れないために気遣って……誰か吐血袋を用意してください!」


 言葉も出ない私を、重症だと勝手に勘違いした妹は後ろに立つ家の者達にテキパキと指示を出す。
 妹よ、あなた原作ではもう少しおっとりした性格じゃなかった……?
 けど、何となくだけど、こんな事態に陥ってしまったのは私のせいではないかと思っている……
 私なりに病弱じゃない理由を、不測の事態で私が転生したからではないかと考えた。
 そこで私は物語を変えてはいけないと思って、死ぬことは無理でも、気付いた六歳の頃から病弱に見えるような演技を心がけた。
 売れてなかったとはいえ、これでも女優の卵だ。
 プロは無理でも、演技素人の家族や家の者達を騙すことくらいはできた。
 貧血のフリをして倒れたり、わざと咳をしたり、時には赤ワインを口に含んで吐き出して吐血っぽく見せたり……
 まあ、我ながらの名演技で、結果的に上手くいって……多分上手くいきすぎてしまったのだと思う。
 けど、去年私の中で限界がきて、このまま病弱だと嘘をつき続けるのがしんどくなってしまった。
 そこで私は家族や家の者を集めて全部演技だったと、暴露したのだけど……


「ちょっ、待って! シャリー! もう何度目かわからないけど、もう一度言うわよ!? 今までの私の病気の症状は全部演技なの! 私は病弱じゃないの!」
「お姉様……本当に、あなたは何てお優しいのでしょうか……!! 私達の負担になってはいないかと気を遣って、そんな嘘までついて……!! お姉様、安心してくださいませ! 私は一生、お姉様にこの身を捧げるつもりですわ!」


 この通り、妹は頭がおかしいのだ。
 薔薇園で姉妹で叫び合うとか、普通は目も当てられないけど、もう無理だ。
 両親や家の者はやむにやまれぬ事情があるのだろうと、私の暴露に対して深く踏み込んでくることはなかった。
 けれど、妹だけは違ったのだった。
 この調子で私に対しての幼少期からの過保護を拗らせ、刺繍の針で指をほんの少し刺した時だけなのに、王族専属医師を呼ぼうとした。
 本当にあの時は肝が冷えた……
 しかも、妹は私を守ると称し、なぜか剣の腕を子どもの頃から学んでいる。
 そのおかげなのか、並大抵の騎士には負けないほどの腕前だ。
 すごいことだけど、違うそうじゃねえのだよ。
 私は心が折れて、物語なんかもう無視してやろうかと思ったが、とある事情を知ってしまった。
 

「話が通じねえな! お願いよ、身を捧げるとかやめて! シャリー、あなたは大人しくお嫁に行くのよ! 玉の輿にのって我が家を救って!」


 そう、はっきり言って、我がフルフォード家は貧乏貴族である。
 両親は優しいし愛しているが、領地を発展させる才覚はなく、ここ数十年男爵の位から上がることはなかった。
 お金が全てじゃないと言うが、前世で売れない女優で底辺な生活を送っていた私からしたら、お金はありすぎても困ることはない。
 何より、お金があれば今でも平和なこの領地の民や両親に、もっと可能性を見せてあげることができる。
 他力本願で申し訳ないけど、それができるのはこの物語のヒロインである我が妹だけだ!
 そのために、どうにか妹には原作通り第一王子に嫁いでもらいたいのに……


「お嫁に行くのは構いませんと何度も言っているではありませんか」
「……じゃあ、その条件は」
「お姉様も一緒に行くことですわ!」
「だーかーらー! それが根本的におかしいって言ってるのよ! 一体、どこの世界に、姉も一緒に妹の嫁ぎ先について行く人がいるというのよ!」
「お姉様! 他所は他所、我が家は我が家でございます! お姉様と私の絆は結婚という壁の前でも、誰にも断ち切ることなんてできませんわ!」
「切るのよ! そこはバッサリと切らなければダメなのよ! 結婚っていうのは人生の一大事なのよ、シャリー!」
「私は、お姉様と離れることの方が一大事にございます! ああ! 申し訳ありません、私としたことがお姉様の息の荒さに気付かず……!!」
「これはあなたのせいなのよ!? マイシスター!?」
「お姉様、大丈夫ですか!? どこか、苦しいのですか!?」
「ああああ……!! 誰か翻訳機持ってきてえええ!!」


 埒が明かないと辞書で引いたら、この状況が出てくるだろう。
 無理だ……妹を説得するなんて無謀なことは金輪際やめようと、誓った。
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