美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

志季彩夜

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過去との決別(ヴェルストリア)

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 現在の戦況はヒューマリンとアルデンが優勢で、戦場はデリアノアの領地へと移っていた。このまま行けば生命線である工場地帯に近づいていく。
 時期に白旗を上げるだろうということで、黒騎士団一行は戦地から抜けてルーシャへ向かって行った。
 ルーシャは大きな二つの山によって成り立つ複雑な地形だ。その中でも大きい、デリアノアから離れたところに位置する山の中腹に城が建っている。

「裏から回り込まないと行けないね」
「ああ、正面からだと町を通らなければならない」

 リュークさんとミスカさんは地図見て経路を決めていく。
 城に攻め入る際に登っていくのは不利になる。山から降りて一気に、と考えれば城の裏手に回る必要がある。また、山の麓には国民の暮らす町が集まっているので、ここに黒騎士団が入り混乱が起これば余計な死傷者を出してしまう。
 様々な事を考慮して、時間はかかるが山の向こうへ回ろうということになった。
 森の中で一泊しながら二日かけて、ようやく到着する。
 城の周辺は特に警備が厳重で、ルーシャの兵士は戦場に出陣せずここに集まっているようだ。

「本当に数が多いな…町のほうは何もしてないのに、自分たちだけ守ろうってこと?」

 リュークさんは呆れたようにそう言う。
 この国は貴族などが居ない、女王の独裁政治だ。ここ数年でその傾向が増し、国民への扱いが酷くなっている。

「リュークさん!副団長がもうすぐこちらに到着するそうです」
「ん!タイミングばっちりだね。隊長来る前に終わらせよう」

 木々の隙間から見える、ルーシャの城。
 十六年間ずっとここで生活していたのだから嫌でも記憶に残る。
 しかし、そのお陰で内部の事は全て把握している。

「ヴェルストリア、裏口とかある?」
「一応ありますがとても狭いのでこの人数だと手間取ると思います。警備が薄い向こうの塀からはどうでしょうか」
「確かに……あそこなら行けそうだね」

 今黒騎士団の役に立てているなら、ここで過ごしたことが無駄では無かったと思える。

「ミスカ、外は頼んだよ」
「ああ、任せろ」

 三番隊は外の守りを固めている兵士の相手をし、僕も加えた二番隊は中に入り女王の元へ直接向かう。
 ついに、ルーシャ城陥落の時が来た。

 城の中に居る兵士たちを隊員が相手にしながら、リュークさんが率いる数人と共に僕も女王が居ると思われる場所へ向かっていく。

「ここだよね」
「はい、ここ以外に逃げる場所はありません」

 城の奥、玉座の間に突入すると女王とその夫たち、幾人かの使用人が集まり、兵士に囲まれ守られていた。

「な、なんでよ……デリアノアの騎士も居たはずでしょ!?」

 女王……母の甲高い声が響く。

「現在交戦中ですが、そのうち片がつきますよ」
「っ……その醜い姿で私に近づいてんじゃないわよ!気持ち悪い!」

 前に出たリュークさんの足元にガラスの置物が投げられ破散する。
 普通ならここで大人しく捕まるものだと思うけれど、母は今この状況を認めたくないようだ。もしくは僕たちの容姿と少ない人数で来たことを馬鹿にしている。
 黒騎士団が彼らを包囲する為動き始めると、父と母、使用人たちも僕の姿に気づいたようだ。

「ヴェルストリア……!?し、死んだはず……」

 幽霊を見ているかのように怯え青ざめている。
 自分たちが殺したはずの人間が目の前に居ればそうも思うだろう。
 彼らと話すつもりは無かったが、これも前を向く為に僕に与えられた機会なのかもしれない。

「いえ、僕は生きています」

 口を震わせながら父の一人が僕を睨む。

「っ……どうやって生き残ったかは知らないが、なんだ、その醜い騎士共の仲間になったってわけか。復讐でもするつもりか!」
「違います」

 リュークさんも団員皆も、この状況に口出しせず見守ってくれている。

「復讐しても何も嬉しくありません。彼女の害にならないのであれば僕自身の手は出しません」
「彼女?」

 そんな単語が出てくるとも思わなかった父の一人が意味が分からないというように呟く。

「何言ってんだ……お前?」
「僕の愛する人です」
「はっ……とうとう頭まで可笑しくなったのか?犬のメスと間違えてんじゃ……」

 彼が嘲笑した瞬間、先程のガラスの破片がその眼前を掠め奥の壁に突き刺さった。

「ひっ……!」
「ごめん、思わず。話を続けて」

 そう言いリュークさんはまた腕を組む。
 このまま捕縛されるだけでなく命の危機があるのだと恐怖のあまり母や父は後ずさる。

「復讐ではありませんが、僕が一つやったことはルーシャの内部情報をアルデンに漏らしたことです」
「……な、んですって……お前」

 母の顔が怒りに変わっていく。
 ルーシャの地形や城の内部などの戦略に使う情報、それ以前にも国の財政難や人権の不平等などの問題を団長を通して国王に伝えて貰っていた。
 今回の戦争でルーシャの王権までも奪うことになったのはそれがあったからである。

「貴女方は良い生活を送っていても、国民は不自由な暮らしを強いられています」
「うるさい!」

 国の悲惨な様子を母に伝える。昔の僕は怖気付いて言えなかった。もう遅いけれど、知れば女王として胸を痛めてくれると思った。
 しかし、鼻からそれは無理だった。

「そんなのどうだって良いわよ、私の為の国民なんだから」
「っ……自分たちを優先しているからこうして戦争になり貴女自身が追い詰められているんです」
「偉そうに語るな!生まれてきた時から目障りで、それでも育ててきてやったのに恩を仇で返すっていうの!?」

 激昂した母はこう言う。

「お前なんか産まなきゃ良かった!!」

 幾度と無く聞いてきたその一言は自分の存在自体を否定されるもの。悲しくて辛くてここまま本当に消えてしまえたらと思って、でもその勇気も無くてただひたすらに泣いていた。
 母はまた怒りに任せて手に物を取る。それは、ナイフだった。

「!」

 見覚えのある光景に背筋がゾクリとし、一瞬動けなかった。

「やめなさい」

 ……振りかぶった母を止めたのは、ずっと僕を助けてくれていた父だった。

「何!私に逆らうの!?」
「もうルーシャは負けたんだ。これ以上ヴェルストリアを傷つける意味は無い」
「負け……っ、よくそんなことが言えたわね!」

 父は兵士に抑えられ、僕は衝動的に彼らの元へ走っていた。
 母が振り回すナイフが父に当たりそうになった時、ようやく僕の剣が届いた。

「なっ……!」

 カランと音がしてナイフが床に落ちる。 
 昔自分に刺さった時よりも怒りを覚えた。剣が母の喉元に近づきピタリと止まる。

「……僕は黒騎士団に入って強くなった。ほんの少しだけど力を付けた。でも、それは貴女たちを斬る為じゃない。大切な人を守るため」

 僕を助けてくれた黒騎士団の役に立ちたかった。サキさんと出会ってからはこの人の為に頑張りたいと思えた。
 僕の大切な人はサキさんと、黒騎士団の皆と……。

「彼は僕の命の恩人で、唯一の親だ」

 サキさんと出会うまでの僕を形作ってくれた人。彼の優しさに触れていたからこそ、僕は人として真っ当な精神を手に入れることが出来た。

「貴女方とは違って」
「あんた……ヴェルストリアを逃がしたのね!?」
「ああ、私は自分の子供を殺すことは出来ない。そんな勇気があるなら君にも最初から反抗していたよ」

 自分の子供……?

「そのくらいでいいでしょう」
「隊長……!!」

 アレクさんが到着したようだ。

「デリアノアのほうも決着がつきました。これ以上ごねても無駄です。各員指示通りに拘束を」
「「はい!」」

 二番隊の連携であっという間にルーシャの兵士は倒され皆捕らえられた。アレクさんに連れられて来た王都の騎士たちに連行される。

「父上、お怪我はありませんか」
「ああ、お前が助けてくれたからな」

 グッと、目頭が熱くなるのを感じながら首を横に振る。

「あの時も……今日も、僕はずっと貴方に助けられてきました。貴方のお陰で今を生きています」

 少しの沈黙の後、父が明かす。

「私の祖母がお前と同じ白い髪だったんだ」
「!」
「だからお前が私の子だと分かって……申し訳なく思った。その罪悪感で少し何かしたかっただけだ。妻と周りの者たちの目が怖くて、お前が傷ついていてもただ傍観していただけだった」

 父は苦しそうに笑いながら、初めて、僕の白い髪を撫でた。

「愛してあげられなくてすまなかった。お前が生きていてくれて良かった」
「っ……ありがとう、ございます」
「愛する人も出来たのだったか」
「はい、もう結婚しています」
「!」

 父は大層驚いた顔になる。

「アルデンの騎士になっていたのも驚きだが……結婚もか。道理で大人びている訳だ」
「そう……ですか?」
「凛々しくなったということだよ。守るべきものがあると人はこんなにも変わるのか」

 あの頃から僕は強くなったと、成長したのだと認めてもらった気がして嬉しくなる。

「いつか、妻のことを紹介させて下さい」
「ああ……!ありがとう……」

 握手を交わし、騎士に連れられて行く父を見送った。
 父とまともな会話をしたのはこれが初めてかもしれない。けれど懐かしくて、とても安心した。
 僕を逃がした父がその後どうだったかがずっと気がかりだった。もし今日ここに居なかったらと不安が拭えなかったが、本当に良かった。
 そして一つ、覚悟を決めていたこと。

「離しなさい!王族を拘束するなんて……」

 未だに抵抗する母にアレクさんは冷たく言い放つ。

「貴女に王である資格はありません」
「っ……」

 彼女を連れて行こうとするアレクさんに声をかけ、母に一歩近づく。

「母上、僕を産んでくれてありがとうございます」
「え……」

 彼女は「親」でも「家族」でも無い。しかし「母」なのだ。産んでくれた事実は変わらない。一言、それだけ伝えたかった。
 そうして母もようやく大人しく連れられて行った。
 この人たちを恨むことも憎むことも怖がることももうしない。それらは全て過去に置いていこう。
 これからの幸せな人生の中で振り返って見てみれば、なんだか思い出の一つになっていそうだから。
 そう思い今、後ろを振り返……いや、前を向けば黒騎士団の皆がいる。

「皆さん、本当にありがとうございます」

 先輩方に頭を下げると何も言わずに明るく笑って頷いて、グッと指を立てて励ましてくれる。

 沢山の人に感謝をして、僕自身との長き戦いは終わりを迎えた。
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