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戦地での彼ら

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 月と焚き火の明かりだけが頼りの暗い夜。黒騎士団は敵地から程遠くない村外れに野営をしていた。交代で見張りをしながら各々食事を取り、狭いテントの中で座りながら眠りにつく。
 皆が疲れきった体を休めている中で…

「早く帰りたい! サキに会いたーい!」
「……何回言えば気が済むんだ」

 地面に大の字になって叫ぶリュークにミスカが呆れる。
 そんなの夫たち全員、なんなら黒騎士団全員が思っている。口に出さないだけで。

「でも…凄い無理して…送り出してくれてましたよね」

 ラグトの呟きに二人も黙り込む。
 ハインツから戦争の話を突然されて戸惑っているところに追い打ちをかけるようなことをしてしまった。
 泣くのを必死に堪えていた顔を思い出しリュークは頭を抱え後悔する。

「キス拒まれたの初めて…マジでどうしよう、調子乗ってサキの気持ち考えて無かった…」

 長く離れるからその前に少しでも多く触れたかった。でもその気持ちが同じだとは限らない。
 自分たちは仕事に没頭できるが、サキはこちらの様子を気にして考えてしまう時間も長い。
 こちらの現状が寮に伝わるのも翌日だし、その頻度も毎日では無い。
 残された人は戦地に居る人とはまた違う苦しみを持っているのだ。

「帰ったらいくらでも出来る。サキもそのことで怒ったりなどしていないだろう」
「うん…」

 しょんぼりしているリュークを見てミスカは「弱くなったな」と思う。
 仲間や守るべき国の人たちは居たが、それはあくまで仕事があって成り立っているものだった。
 しかし今は何よりも大切な存在がいて、それは自分たちの弱点になった。彼女の事になるとなりふり構わなくなるし、心の迷いも生まれ隙が出来る。正直前よりも鍛錬の時間も短くなった。
 それと同時に「強くなった」とも言える。
 彼女を守るし、彼女を悲しまさせない為に自分たちも守る。守るというのは攻撃するよりも難しいが、その意味を理解し実感した者は強い。要は考え方の変化だ。向かうべき目標が変わってくる。
 それに、ご褒美があれば頑張れるというものだ。

「ミスカさん、団長から知らせが届きました!」

 団長から直接とは。何か問題が起きたか、任務の追加か。
 手紙を受け取り急いで内容を確認する。

「……サキが寝ている時に服を掴んできてとても可愛かった」
「え、なんすか。嫌がらせっすか」

 文章一行めの急な惚気にラグトは苦い顔をする。しかしそのサキの様子を思い浮かべて口元が緩んだ。

「何!?サキのこと!?なんて書いてあるの!?」

 ガバッと起き上がったリュークはミスカから手紙を奪い取る。

「今は私の手伝いの仕事をして貰っている。先日までは少し寝不足だったようだが今は大丈夫だ。しかしよく門の方を見つめている。さっさと終えて戻ってこい。後片付けは王都の奴らに任せろ」
「サキちゃん……」

 ラグトは、今彼女が辛い思いをしている原因が自分たちなのだということがやるせなかった。それだけ心配してくれているのは凄く嬉しく思うけど、彼にとってはサキが笑顔でいることこそが全てなのである。

「戦争なんて無くなれば良いのにな…」
「ラグト…これでも少なくなったほうなんだよ。俺たちが生まれてからはこの周辺では一度も戦争は起きていない」

 リュークの言葉通り、戦争は長らく起きていなかった。今黒騎士団に居る者たちは戦争というものは経験したことがない。紛争や国内外の争いは度々あるが国同士の争いはそうそう起こるものでは無いので当たり前だ。
 しかしこういう時の為に彼らは力を付けてきた。迅速に問題無く現在対応出来ているのは黒騎士団の今まで積み上げてきた努力のお陰である。

「それにしても団長、王様への扱いが適当だよね」
「昔馴染みだと聞いているが…色々丸投げし過ぎな気もする」

 黒騎士団を統括する立場のハインツが唯一頼り相談出来る相手がオーレストなのだ。王と騎士団長という関係であり、上司と部下であり、親友である。頼り過ぎなのは否めないが。
 三人が手紙を読んで向かったのはヴェルストリアの元である。

「団長から手紙届いたよ。サキちゃんの為に早く帰ってこいって」
「サキさん…」

 ラグトから手紙を渡されヴェルストリアはそれを読む。

「ヴェルストリア、そんなに気にしなくていい。この戦争はあくまでデリアノアとヒューマリンの立場を決めるものだ」
「はい…」

 ミスカの言葉にリュークも続く。

「団長がヴェルストリアを出征に加えたのは君自身で選択させる為だ。何もしないのならそれで良い、手を出したいのなら出せば良い。好き勝手しろとは言えないけど、正直それくらいしても良い権利を持ってると思うよ」
「僕は…何もしません。ただ逃げたく無い、過去も全て受け入れてサキさんの隣に立ちたい」
「ならそれでよし!1人じゃないんだから抱え込むなよ」
「っ…ありがとうございます」

 励ましてくれる先輩たちにヴェルストリアは頭を下げる。
 初めて黒騎士団と会った時と変わらない。当たり前のようで当たり前じゃない、その優しさに救われた。

「あれ、その髪飾り…サキから貰ったやつ?」

 リュークに聞かれヴェルストリアは頷く。

「鍛錬の時にずっと使っていて、無いと落ち着かなくなってしまって」

 剣を振るう時にはいつも付けていた、大切なもの。これがあるとサキを感じられる、彼にとっては御守りのようなものだった。

「俺も持ってるんだ」

 そう言ってリュークが見せたキーホルダーにヴェルストリアは微妙な顔をした。

 彼らの中に負けるという選択肢は毛頭無い。向かうのは大切な人が待つ「帰る場所」だけ。
 また、その思いが黒騎士団を団結させより強くさせるのであった。
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