美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

志季彩夜

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苦しい見送り

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 腰の痛みが後引く翌日、黒騎士団の慌ただしい空気を感じていた。
 ハインツさんも「明日は早く仕事に行くから」と言って、朝起きた時には部屋に誰も居なかった。
 昨日も急にお仕事が入っていたし……何かあったのかな。
 それから夫たちにもなかなか会えず、一週間程経った時だった。

「サキ」
「ハインツさん!」

 彼に呼ばれ共に執務室へ向かう。
 ソファで隣に座ると、いつになく神妙な面持ちで話が切り出された。

「最近の様子で気づいているとは思うが、今だいぶ忙しくなっていてね。しばらくこの状況が続くから、仕事も一時的に変えてもらおうかと思っている」

 黒騎士団内に居る人数が減るから料理は当分しなくて良いということらしい。勿論そういうこともあるのだろうと思い頷いた。

「それでなんだが」

 なんだか先延ばしにするような言い方に違和感と不安を覚える。

「何か……あったんですか?」
「これからある、と言ったほうが正しいな。……隣国でもうすぐ戦争が起こる」
「せん、そう……?」

 聞いたことのあるその単語は私にとって非現実的なもので、一瞬なんの事だか分からなかった。

「先日小さな紛争が起こり、少しずつ大きくなっている」
「っ…み、皆も……黒騎士団も行くってことですか…?」

 思わず彼の服を掴んで問い詰めるように迫ってしまい、ハインツさんにその手を取られ優しく包まれる。

「ああ、この国はその隣国と同盟を結んでいる。黒騎士団は王都の騎士たちと共に援護に行かなくてはいけない。そして……ミスカとリューク、ラグト、ヴェルストリアにも行ってもらう」
「!……そ、んな」

 皆が戦争に……なんて……。

「や……」

「やだ」なんて、言えるわけない。彼らにとってはこれが仕事だから、やるべき事だから。

「急な話になってしまってすまない。もう少し後だと思っていたんだが……いつ何がきっかけで起こるか分からない」

 私の想像するより、もっと複雑なものなんだろう。色んなものが絡まって結果的に起こってしまう。誰もがしたくてするものではないのだから。

「隣国とその隣同士の問題だからこちらは絶対に安全だし影響も少ない」
「で、でも……」

 ここは安全でも皆は危険なところに行かなくてはいけない。

「大丈夫、終えたら全員ですぐに戻ってくるから。しばらく会えないけれど、待っててくれるかい?」
「…はい……分かりました……」

 皆は準備を整えて明日の朝出発するそうだ。ハインツさんと一番隊の何人かはここに残り物資の手配や情報処理などのサポートにあたるらしい。
 私はまだこの状況を受け止めきれないまま執務室を後にする。
 昔日本で起こった惨劇。文字の記憶でしか無かったそれが今、私の側に存在している。
 戦争の規模としては大きくないとは言っていたけれど、それでも人が武力で争うのだ。死傷者が出ないはずは無い。
 もしかしたら……なんて。でもその可能性を完全に否定することは出来ないのだ。
 少し前まで楽しい毎日だったのに、こんな急に変わってしまうなんて……。

「サキ!」
「リューク……!」

 走ってきたリュークが私に飛びつく。ミスカさんとラグトさんもこちらに来ていた。

「団長から……聞いたよね?」
「……うん」
「ごめんね……早めに話しておくことだったよね……」

 私の肩に顔を埋める彼を抱きしめる。

「ううん……もっと離れがたくなっちゃったと思うから……良いの、私……」

 零れそうになった涙をグッと堪える。私が泣いたって仕方がないのだから、困らせたくない。

「サキ、すぐに戻ってくるから。何も心配しなくていい」
「ミスカさん…はい、信じてますから……」

 頭を撫でてくれる彼に頷く。
 ラグトさんとも抱きしめ合って、その温もりを感じる。

「団長はずっとここに居るから何かあったら伝えて。俺たちにもちゃんと伝わるから」
「ありがとうございます……」

 会えはしないけど、そこまで遠くにいる訳では無いから。何かあったら……すぐに知らせられる。
 その知らせが無いことが1番の願いだった。

「サキ……」

 リュークが私と顔を近づけた時、思わず手で彼の口元を塞いでしまう。

「皆が……帰ってきた時の為に取っておくね」

 これ以上は受け止めきれなかった。普段なら幸せなことが逆に、まだ追いついていない心に痛く刺さってくる。

「そっ、か……そうだね!早く帰って来なくちゃ!」
「リュークさん居れば一瞬っすよ!」
「お前も頑張れよ」
「はい!」

 明るく振舞ってくれる彼らに感謝しながら、そう上手く出来ない自分が嫌になる。

「あと……ヴェルストリアがさ、ちょっと緊張してるみたいだからサキちゃん声かけてくれないかな」

 ラグトさんに少し気まずそうな顔でお願いされて私は頷く。
 ヴェルくんはまだ入隊して一年半だと言っていたから、こういう場面は初めてなのだろう。

「多分まだ向こうに居るから。ごめんね、サキちゃんじゃないと……駄目だからさ」
「はい、分かりました。じゃあ……」

 なんて言葉をかけたらいいか分からずしばらく戸惑ってしまったがなんとか口を開く。

「怪我とか病気とか気をつけて、無理しないで、ちゃんと寝てご飯食べて」
「心配性だな、サキは」

 ミスカさんに微笑まれて、ようやく笑顔になれた。

「帰って来てくれるの、待ってます」

「いってらっしゃい」と言うと、三人も笑顔で「いってきます」と手を振ってくれた。
 それからヴェルくんの元へ向かうと彼は訓練場の隅で木にもたれかかっていて、だいぶ近づくまで私に気づいていない様子だった。

「!サキさん……」
「ヴェルくん、大丈夫?顔色悪いよ」

 ヴェルくんの頬を両手で包むと、彼は私の手に擦り寄る。

「サキさん、僕……」
「うん」
「……いえ、何でも…無いです」

 ただ戦地に行くのが怖い……というのとは違う、何か後ろめたさがあるみたいだった。
 私は彼の頭を抱き寄せて髪をそっと撫でる。

「会えないの寂しい」
「……僕もです」
「元気で帰ってきてくれる?」
「絶対……帰ってきます。貴女が僕の居場所で、全てです」

 強く抱きしめられて、ヴェルくんの体の震えが伝わってきた。

「僕は……自分を乗り越えてきます」

 それ以上は何も言わなかったけれど、彼は迷いながらも強い決意を持ってこの戦争に向かっていくのだと分かった。私はそれを後押しすることしか出来ない。

「ヴェルくんなら大丈夫。私、ここからずっと応援してるから」
「……ありがとうございます」
「無理はしないでね」
「はい…っ」

 彼の震えが落ち着くまで頭を撫でていた。
 離れたくない……本当は行って欲しくない……。
 そんな私の勝手な気持ちは心の奥にギュッと押さえ込んで、ヴェルくんと体を離す。

「いってらっしゃい」
「いってきます、サキさん」

 翌朝、日の出前に戦地へ向かった夫たちを私は窓から見送った。
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