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旧友(ハインツ)
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「ミスカ……」
「はい」
「辛いな……」
「はい」
いつもように執務室の作業台で仕事を進めながら、ソファに座り書類を纏めるミスカに呟く。
昨日、サキの隣で寝ると言ったのは確かに私だ。彼女に不安な思いはさせたくなかったから。
しかしあんなキスをされて、真横で寝息を感じて……。
ミスカと同じく一睡も出来なかった。
「隣で寝るのは駄目だろう……」
「無防備すぎ……ですよね」
「手を出そうと思っても出来ないな……」
勿論そんなことはしないが。
「あと一週間以上あるんだぞ」
「俺はもっと先ですよ」
二人でため息をつく。
「好きな人が隣に居て触れているのに……それ以上を望んでしまうな……」
「サキと付き合えただけでも奇跡のようなものなんですけどね」
未だ夢のような毎日で、いつか急に終わってしまうのではないかと考える時がある。
今朝、目覚めたサキがぼんやりとした目で私を見つけた瞬間、ふわっと笑顔になり「おはようございます」と言ってくれた時は心臓が止まるかと思った。
いや、そういう終わるではないのだが。
不安なんだ。彼女を繋ぎ止める術を一つでも逃したくない。寄せてくれている信頼を失いたくない。
「……頑張って堪えてくれ」
「団長もですよ」
「……」
そうこう言っている間に作業が終わり、私は外出の準備をする。
「王宮に行ってくる。後は頼んだ」
「はい、お気をつけて」
馬を走らせ約二時間、到着した王都は今日も人で溢れ賑わっている。
多くの貴族がこの場所に屋敷を持っている為すれ違う男女は見目麗しい人ばかりだ。
その中を歩くことは最初は抵抗があったが、今では慣れたもので嘲笑も罵声も無視に徹している。
王都の中心にそびえ立つ王宮はそれは立派なもので、敷地内を見て回るとしたら丸二日かかると言われている。
門の衛兵に冷たい視線を向けられながら許可証を見せ中に入り、慣れた道を通り真っ直ぐ彼の元へ向かう。
「陛下、ハインツ・ディアノルです」
「ああ、入れ」
護衛の騎士によって重い扉が開かれる。
目の前にいる人こそがこの国の王であるオーレスト・アルデンだ。
「国王陛下、この度は謁見のご許可を頂きありがとうございます」
「はは、ハインツと堅苦しいのはどうも好かない。普通に接してくれ」
「……今はそういうわけにはいきません」
「そうか、まあ良い。しかし今回の事件はだいぶ貴族たちに打撃を与えたな。良くやってくれた」
いつも笑っていて腹の底が見えない男だが、今日はなかなか機嫌が良さそうだ。
「陛下にとっては良い事なのですか?」
「貴族の悪事については私がなかなか口を出しにくい問題なのだ。政治については上院会との話し合いが必要、その上院会に属する貴族とどこが繋がって何を画作しているか、調べることは出来ても無闇に突っ込むと揚げ足を取られることになる」
「王宮の力が弱まってしまうということですね」
オーレストは頷く。
「先日ノクダーム侯爵の裁判でお前たちが晒した罪の全てが認められた。そして侯爵の地位の剥奪、横領分の借金返済諸々……まあハインツ、お前の望んだ通りに奴は地に堕ちたわけだ」
黒騎士団の全員が怒りに燃えていたのだからそのくらいは当たり前だ。むしろ足りない、八つ裂きにしてやろうか。
「貴族全員、黒騎士団に怯えているぞ。今まで鼻で笑っていた存在だったのにな」
随分楽しそうに笑う彼は、その強さを認めていた少数の一人だ。
黒騎士団は四十年前、当時上院会に属していたヒューズ・ザナディア公爵によって立ち上げられたこの国の防衛機関だ。
今でこそ力のある国として知られているアルデン国だが、その頃はまだ武力が劣り問題視されていた。
また、国内での諍いを止める存在としてあった赤騎士団も家名を継がなかった貴族の溜まり場と化しており上手く機能していなかった。
当時の国王陛下は貴族の権力がある赤騎士団を解体をすることも出来ず、王宮と親交があったザナディア家の力を借り新たに騎士団を作ったというわけだ。
強さを求めるため身分、地位は問わない。仕事は華々しいものではなく裏方のようなものばかり。そんな存在は貴族にも平民にも受け入れられなくて容姿の問題も相まって忌み嫌われるものになってしまった。
その必要性を理解しているのは王宮の人間のみ。そして、五年前に即位した彼は特にそうだった。
「貴族への当分の抑制にはなった。その間に王宮の足元を固めておくことにしよう」
彼はそういえばと話を持ち出してくる。
「彼女の存在も知られてしまったそうだな。先に身分を用意しておいて良かったな」
「……彼女のことなんだが」
「ああ、私事か。なんだ、元の世界に返すことになったのか?」
「私と結婚することになった」
だいぶ長い沈黙の後オーレストは口を開いた。
「は?」
「くっ……はは!そうか!黒騎士団の奴らとか!特異とは言わないが……気になるな、一度会ってみたいものだ」
「渡さないぞ」
「いや、既婚者に言うなよ。それに話を聞く限りその子はお前たちにぞっこんだろう。誰も入る隙など無い。面白い展開になったものだ……」
これは腹の底から笑っている。やはり今日は機嫌が良いらしい。
「ハインツが結婚か……不思議な感覚だな。あの頃はヤンチャだったのに」
「同い年だろ。なんで年上目線なんだ」
オーレストは懐かしむように目を細める。
十代の頃、私と彼は同じ学校に通っていた。
嫌な思い出だが一応貴族だった私は貴族学校に行かねばならなくて、見目のせいで虐められながらもなんとか毎日を過ごしていた。
そんな中、王太子であるオーレストは私の能力を買ってかよく話しかけてくるようになり友と呼べるまでに交流を深めた。
「王太子というのは堅苦しくて敬語ばかりでつまらん。ハインツ、お前は変わってくれるなよ」
「いや、国王にタメ口とか言えないだろ」
「いいんだって」
随分と適当な男だった。
しかし国王としての能力は凄いもので彼が即位してから国は随分成長した。
そして、前国王よりも黒騎士団の必要性を理解していた彼の政策のお陰で私たちはより良い環境と待遇で仕事が出来るようになった。
「良かったなハインツ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」
笑い終えたオーレストはすっと真面目な表情になる。
「最近仕事を急に増やして悪かったな。それがノクダームに利用されてしまったわけだが」
あの事件の前まで異常なほど仕事が多かったのはノクダームの手回しだけでは無い。流石に侯爵といってもあそこまでは無理だ。
隣国への調査や遠征が多かったのは……。
「戦争が起こるかもしれない」
「!」
「しばらくは大丈夫だ。また何かあればすぐに知らせる」
「承知しました」
旧友であり、最も信頼する上司である彼との短い時間を終え私は帰路に着く。
戦争か……。
ここ数年はどの国も大きな諍いは無く、同盟や牽制によって上手く均衡が取れていたはずだ。
まさかあの国か……?
嫌な予感が頭を過ぎるが今考えても仕方がない。
「ハインツさん!おかえりなさい!」
「サキ、ただいま」
駆け寄ってきたサキを受け止め抱きしめる。
この愛らしい存在に危害が及ぶようであれば戦争だろうがなんだろうが潰すのみだ。
とりあえず王都に行った疲れをサキで癒して、その後もまた積み上がった書類と戦うのだった。
「はい」
「辛いな……」
「はい」
いつもように執務室の作業台で仕事を進めながら、ソファに座り書類を纏めるミスカに呟く。
昨日、サキの隣で寝ると言ったのは確かに私だ。彼女に不安な思いはさせたくなかったから。
しかしあんなキスをされて、真横で寝息を感じて……。
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「隣で寝るのは駄目だろう……」
「無防備すぎ……ですよね」
「手を出そうと思っても出来ないな……」
勿論そんなことはしないが。
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二人でため息をつく。
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「サキと付き合えただけでも奇跡のようなものなんですけどね」
未だ夢のような毎日で、いつか急に終わってしまうのではないかと考える時がある。
今朝、目覚めたサキがぼんやりとした目で私を見つけた瞬間、ふわっと笑顔になり「おはようございます」と言ってくれた時は心臓が止まるかと思った。
いや、そういう終わるではないのだが。
不安なんだ。彼女を繋ぎ止める術を一つでも逃したくない。寄せてくれている信頼を失いたくない。
「……頑張って堪えてくれ」
「団長もですよ」
「……」
そうこう言っている間に作業が終わり、私は外出の準備をする。
「王宮に行ってくる。後は頼んだ」
「はい、お気をつけて」
馬を走らせ約二時間、到着した王都は今日も人で溢れ賑わっている。
多くの貴族がこの場所に屋敷を持っている為すれ違う男女は見目麗しい人ばかりだ。
その中を歩くことは最初は抵抗があったが、今では慣れたもので嘲笑も罵声も無視に徹している。
王都の中心にそびえ立つ王宮はそれは立派なもので、敷地内を見て回るとしたら丸二日かかると言われている。
門の衛兵に冷たい視線を向けられながら許可証を見せ中に入り、慣れた道を通り真っ直ぐ彼の元へ向かう。
「陛下、ハインツ・ディアノルです」
「ああ、入れ」
護衛の騎士によって重い扉が開かれる。
目の前にいる人こそがこの国の王であるオーレスト・アルデンだ。
「国王陛下、この度は謁見のご許可を頂きありがとうございます」
「はは、ハインツと堅苦しいのはどうも好かない。普通に接してくれ」
「……今はそういうわけにはいきません」
「そうか、まあ良い。しかし今回の事件はだいぶ貴族たちに打撃を与えたな。良くやってくれた」
いつも笑っていて腹の底が見えない男だが、今日はなかなか機嫌が良さそうだ。
「陛下にとっては良い事なのですか?」
「貴族の悪事については私がなかなか口を出しにくい問題なのだ。政治については上院会との話し合いが必要、その上院会に属する貴族とどこが繋がって何を画作しているか、調べることは出来ても無闇に突っ込むと揚げ足を取られることになる」
「王宮の力が弱まってしまうということですね」
オーレストは頷く。
「先日ノクダーム侯爵の裁判でお前たちが晒した罪の全てが認められた。そして侯爵の地位の剥奪、横領分の借金返済諸々……まあハインツ、お前の望んだ通りに奴は地に堕ちたわけだ」
黒騎士団の全員が怒りに燃えていたのだからそのくらいは当たり前だ。むしろ足りない、八つ裂きにしてやろうか。
「貴族全員、黒騎士団に怯えているぞ。今まで鼻で笑っていた存在だったのにな」
随分楽しそうに笑う彼は、その強さを認めていた少数の一人だ。
黒騎士団は四十年前、当時上院会に属していたヒューズ・ザナディア公爵によって立ち上げられたこの国の防衛機関だ。
今でこそ力のある国として知られているアルデン国だが、その頃はまだ武力が劣り問題視されていた。
また、国内での諍いを止める存在としてあった赤騎士団も家名を継がなかった貴族の溜まり場と化しており上手く機能していなかった。
当時の国王陛下は貴族の権力がある赤騎士団を解体をすることも出来ず、王宮と親交があったザナディア家の力を借り新たに騎士団を作ったというわけだ。
強さを求めるため身分、地位は問わない。仕事は華々しいものではなく裏方のようなものばかり。そんな存在は貴族にも平民にも受け入れられなくて容姿の問題も相まって忌み嫌われるものになってしまった。
その必要性を理解しているのは王宮の人間のみ。そして、五年前に即位した彼は特にそうだった。
「貴族への当分の抑制にはなった。その間に王宮の足元を固めておくことにしよう」
彼はそういえばと話を持ち出してくる。
「彼女の存在も知られてしまったそうだな。先に身分を用意しておいて良かったな」
「……彼女のことなんだが」
「ああ、私事か。なんだ、元の世界に返すことになったのか?」
「私と結婚することになった」
だいぶ長い沈黙の後オーレストは口を開いた。
「は?」
「くっ……はは!そうか!黒騎士団の奴らとか!特異とは言わないが……気になるな、一度会ってみたいものだ」
「渡さないぞ」
「いや、既婚者に言うなよ。それに話を聞く限りその子はお前たちにぞっこんだろう。誰も入る隙など無い。面白い展開になったものだ……」
これは腹の底から笑っている。やはり今日は機嫌が良いらしい。
「ハインツが結婚か……不思議な感覚だな。あの頃はヤンチャだったのに」
「同い年だろ。なんで年上目線なんだ」
オーレストは懐かしむように目を細める。
十代の頃、私と彼は同じ学校に通っていた。
嫌な思い出だが一応貴族だった私は貴族学校に行かねばならなくて、見目のせいで虐められながらもなんとか毎日を過ごしていた。
そんな中、王太子であるオーレストは私の能力を買ってかよく話しかけてくるようになり友と呼べるまでに交流を深めた。
「王太子というのは堅苦しくて敬語ばかりでつまらん。ハインツ、お前は変わってくれるなよ」
「いや、国王にタメ口とか言えないだろ」
「いいんだって」
随分と適当な男だった。
しかし国王としての能力は凄いもので彼が即位してから国は随分成長した。
そして、前国王よりも黒騎士団の必要性を理解していた彼の政策のお陰で私たちはより良い環境と待遇で仕事が出来るようになった。
「良かったなハインツ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」
笑い終えたオーレストはすっと真面目な表情になる。
「最近仕事を急に増やして悪かったな。それがノクダームに利用されてしまったわけだが」
あの事件の前まで異常なほど仕事が多かったのはノクダームの手回しだけでは無い。流石に侯爵といってもあそこまでは無理だ。
隣国への調査や遠征が多かったのは……。
「戦争が起こるかもしれない」
「!」
「しばらくは大丈夫だ。また何かあればすぐに知らせる」
「承知しました」
旧友であり、最も信頼する上司である彼との短い時間を終え私は帰路に着く。
戦争か……。
ここ数年はどの国も大きな諍いは無く、同盟や牽制によって上手く均衡が取れていたはずだ。
まさかあの国か……?
嫌な予感が頭を過ぎるが今考えても仕方がない。
「ハインツさん!おかえりなさい!」
「サキ、ただいま」
駆け寄ってきたサキを受け止め抱きしめる。
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