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辛い過去
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夜、私は何となく寝付けなくて窓を開け外の風に当たる。先程までは晴れていたのに、今はどんよりと雲が広がっていて流れる空気も湿っぽい。
そろそろ雨が降り出しそうだなと考えながら何気なく外を眺めていると、ふと訓練場に人影が見えた。
こんな遅くに誰だろう?
なんとなく気になってしまって下に降りるとヴェルストリアくんが暗闇の中、一人で素振りをしているのが見えた。
私は急いで彼の元へ向かう。
「ヴェルストリアくん!」
「サキさん?どうしてここに」
「えっと、ちょっと通りがかったというか。それより今日はもう戻った方がいいんじゃないかな。多分もうすぐ雨も降ってくると思う」
驚いた様子で上を見る。集中していて気づいていなかったのだろうか。
「ええ、そろそろ戻ることにしま……」
彼がそう言いかけた時、ポツリと顔に当たる感触。
落ちてくる雨粒はあっという間に増していき、慌てて屋根の下へ駆け込むが既に二人の全身はびしょびしょになってしまった。
「濡れちゃいましたね……」
「どうしよう。お風呂は……もう開いてないんだったっけ」
私は部屋のシャワーがあるが、団員たちが使う寮のお風呂は夜の十時までと決まっている。
「大丈夫です。拭けばそのうち乾くので」
そうは言っても雨に濡れたまま眠るのは気持ち悪いだろう。
「私の部屋のシャワー使う?」
「え!?いや、それは流石に」
「風邪ひいたら大変だよ!さ、早く行こう」
こうしている間にも体が冷えちゃう!
私は彼の手を取り足早に部屋へ向かった。
「あ、あの……やっぱり……」
「ヴェルストリアくん先に入って!」
着替えとタオルを渡しシャワールームへ押し込む。
私がもう少し早く気づいていれば二人とも濡れずに済んだんだけど……しょうがないよね。
自分の用意をしていると、思ったよりずっと早くヴェルストリアくんが出てきた。
「お先ありがとうございました……」
「うん!あ、服もちょうど良いね」
服は私が最初に貰ったメンズのシャツとズボンだ。お下がりになってしまって申し訳ないが。
好きに寛いでて、と声をかけ私もサッとシャワーを浴びる。
本当は湯船に浸かって温まったほうがいいんだけど……。
そういえば一人暮らしをしていた頃も水道代が勿体なくてろくに湯船を張っていなかったことを思い出す。
なんとなく懐かしい思いをしながら部屋に出た。ソファーに浅く腰掛けていたヴェルストリアくんはこちらと目が合ったが勢いよく後ろを向いてしまう。
風呂上がりがそんなに可笑しな格好だったかと地味にショックだったが、とりあえずお湯を沸かし暖かいお茶を入れる。
「カモミールティーだよ。良かったらどうぞ」
「……ありがとうございます」
カップを並べて置き彼の横に座る。
「わざわざ様子見に来てくれたんですよね。それで雨に濡らしてしまって……すみませんでした」
「ううん、私が勝手に気になっただけだよ。それに今日はなんだか眠れなくて。良かったら少しの間話し相手になってくれない?」
「!はい、喜んで」
ヴェルストリアくんの髪がまだしっとり濡れているのに気づき、新しいタオルを持ってきて彼の髪を拭く。ヴェルストリアくんに止められたが「駄目?」と聞いたら渋々了承してくれた。
「いつも遅くまでやってるの?」
「いえ、たまに……頭がスッキリするので」
「そっか、でも集中し過ぎるとまた雨に濡れちゃうよ。たまに空の様子も気にしてね」
「ふふ、はい。今度は気をつけます」
最近どんな仕事をしているかとか、こんな事があったなどをお互い話していると、ヴェルストリアくんの髪もだいぶ乾いてきた。
「ヴェルストリアくんの髪サラサラだね!」
「……サキさんは、僕の髪に触れるのが嫌じゃないんですか?」
「嫌じゃないよ?綺麗だからつい触りたくなっちゃう」
「綺麗なんて……前もそう言ってくれましたよね」
ヴェルストリアくんは意味が分からないというように呟いた。
「僕の髪は真っ白で気持ち悪いのに」
気持ち悪い……?
黒い髪が美しいというこの世界は逆の白い髪は醜いということなのか。
今までヴェルストリアくんの髪を綺麗だな、なんて思っていただけでこの世界のことを考えていなかった。 世間から醜いと言われる容姿で、髪色で傷ついてきた彼に安易に綺麗だと言ってしまって少し後悔した。
でも「気持ち悪い」だなんて誰かが彼に言ったのだと思うと怒りが湧いてくる。そんなことを言う人のほうがよっぽどだ。
そんな人の言葉に囚われないで欲しい。
「……私、初めて会った時本当に見とれちゃったんだ。こんなに綺麗な人がいるんだって。勿論どんな髪色でも素敵だけど、訓練場に行った時に白い髪が見えると嬉しくなるの。ヴェルストリアくんがいる!って。他の人は知らないけど、私にとってはその白い髪もエメラルド色の瞳もヴェルストリアくんの個性で魅力だよ」
「!……個性……魅力……」
勿論こんな言葉だけで心の傷は癒えないと思うけど、少しでも何か変わるきっかけになれば嬉しい。
俯いたヴェルストリアくんの顔にランプの明かりは届かず、暗闇の中その表情は読み取れなかった。
しばらく沈黙が続く。
ヴェルストリアくんの髪を拭いていた手をそっと退けようとした時、彼が顔を上げる。
頭に被せていたタオルが首元へ落ち、行き場を失った私の両手は少し冷たい彼の手に包まれた。
「……サキさん、僕の話聞いてもらえますか?」
私が頷くと、ヴェルストリアくんは一度深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。
「僕の故郷はここからだいぶ遠くにあるルーシャという小さな国で、僕はその王室の二番目に生まれました」
「王室……ヴェルストリアくんは王子ってことこと?」
「一応、そうですね。でもこんな見目で産まれてきた僕を周りは受け入れてくれませんでした。父と母も姉も妹も、髪色顔立ち体型、皆普通なんです。僕だけが醜い」
「……」
「家族からは疎まれ国民たちにも非難され、辛かったけどそれでもなんとか生きてきました。父の一人が気にかけていてくれたからです。王位は継がなくていい、ひっそりと生きていくだけで充分だと思っていました。でも僕が十六歳の頃」
堪えるように彼は唇を噛む。
「姉が事故で亡くなりました」
「!」
「僕が王位継承権の一番になってしまった。母はそれを許せず、妹に後を継がせる為僕を殺そうとしました」
「っ……殺すなんて!」
自分が産んだ子を愛すどころか邪魔だからと殺そうとするなんて、有り得ない。
「王位継承権は男女平等ですからよっぽどの、それこそ死んだりしない限り変わることはありません」
「でも、ヴェルストリアくんは……殺されずに、ここに居るんだよね」
「父が周りにバレないよう逃がしてくれたんです。きっと国では僕は死んだことになっていると思います」
良かった、というのは違うかもしれないがヴェルストリアくんが無事で何よりだ。
「それから一ヶ月行くあてなく逃げて、森を抜けてこの黒騎士団の建物に辿り着いたんです。ちょうど入団試験をしていた日だったそうで、申し込みをしていない僕を特別に受けさせてくれたんです」
「それで……黒騎士団に入ったんだね」
「はい。多分それは建前で、ボロボロだった僕を見捨てず助けてくれたんです。本当に……感謝しています」
彼はその日のことを「鮮明に覚えている」と言って、ずっと寄せていた眉を少し和らげた。
「つまらない話を長々とすみません」
「ううん、話してくれてありがとう」
「僕は……サキさんの優しさに甘えて、ただ慰めてもらいたかったんです。卑怯ですよね」
「ヴェルストリアくんは慰めて欲しいって私を頼ってくれたんでしょ?ふふ、本当だ。頼ってもらえるのって嬉しいね」
「!」
いつもしっかりしていて私を助けてくれるヴェルストリアくんの力になれるのは特別嬉しかった。
「私は今まで平和に暮らしてきたから、ヴェルストリアくんの気持ちや痛みを理解することは出来ない。ごめんね」
そっと手を離す。彼の寂しそうな表情を包み込むように、私はギュッと抱きしめた。
「今まで頑張って偉かったね」
「っ……」
「辛い経験を乗り越えて、人に傷つけられる痛みを知っているヴェルストリアくんは人に優しく出来る。今までの頑張りは何も無駄じゃないよ」
「サキさ………ぅ…っ」
声を押し殺して泣くヴェルストリアくんの頭を撫で髪をそっと掬う。
「白ってね祝福の意味があるんだよ」
「……祝福?」
「そう、ヴェルストリアくんの髪は素敵な祝福の色。そう思ったら好きにならない?」
「僕の……髪……」
不思議そうに自分の髪を触るヴェルストリアくんは少し表情を和らげた。
「本当に、祝福されているのかも……しれないですね」
そろそろ雨が降り出しそうだなと考えながら何気なく外を眺めていると、ふと訓練場に人影が見えた。
こんな遅くに誰だろう?
なんとなく気になってしまって下に降りるとヴェルストリアくんが暗闇の中、一人で素振りをしているのが見えた。
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落ちてくる雨粒はあっという間に増していき、慌てて屋根の下へ駆け込むが既に二人の全身はびしょびしょになってしまった。
「濡れちゃいましたね……」
「どうしよう。お風呂は……もう開いてないんだったっけ」
私は部屋のシャワーがあるが、団員たちが使う寮のお風呂は夜の十時までと決まっている。
「大丈夫です。拭けばそのうち乾くので」
そうは言っても雨に濡れたまま眠るのは気持ち悪いだろう。
「私の部屋のシャワー使う?」
「え!?いや、それは流石に」
「風邪ひいたら大変だよ!さ、早く行こう」
こうしている間にも体が冷えちゃう!
私は彼の手を取り足早に部屋へ向かった。
「あ、あの……やっぱり……」
「ヴェルストリアくん先に入って!」
着替えとタオルを渡しシャワールームへ押し込む。
私がもう少し早く気づいていれば二人とも濡れずに済んだんだけど……しょうがないよね。
自分の用意をしていると、思ったよりずっと早くヴェルストリアくんが出てきた。
「お先ありがとうございました……」
「うん!あ、服もちょうど良いね」
服は私が最初に貰ったメンズのシャツとズボンだ。お下がりになってしまって申し訳ないが。
好きに寛いでて、と声をかけ私もサッとシャワーを浴びる。
本当は湯船に浸かって温まったほうがいいんだけど……。
そういえば一人暮らしをしていた頃も水道代が勿体なくてろくに湯船を張っていなかったことを思い出す。
なんとなく懐かしい思いをしながら部屋に出た。ソファーに浅く腰掛けていたヴェルストリアくんはこちらと目が合ったが勢いよく後ろを向いてしまう。
風呂上がりがそんなに可笑しな格好だったかと地味にショックだったが、とりあえずお湯を沸かし暖かいお茶を入れる。
「カモミールティーだよ。良かったらどうぞ」
「……ありがとうございます」
カップを並べて置き彼の横に座る。
「わざわざ様子見に来てくれたんですよね。それで雨に濡らしてしまって……すみませんでした」
「ううん、私が勝手に気になっただけだよ。それに今日はなんだか眠れなくて。良かったら少しの間話し相手になってくれない?」
「!はい、喜んで」
ヴェルストリアくんの髪がまだしっとり濡れているのに気づき、新しいタオルを持ってきて彼の髪を拭く。ヴェルストリアくんに止められたが「駄目?」と聞いたら渋々了承してくれた。
「いつも遅くまでやってるの?」
「いえ、たまに……頭がスッキリするので」
「そっか、でも集中し過ぎるとまた雨に濡れちゃうよ。たまに空の様子も気にしてね」
「ふふ、はい。今度は気をつけます」
最近どんな仕事をしているかとか、こんな事があったなどをお互い話していると、ヴェルストリアくんの髪もだいぶ乾いてきた。
「ヴェルストリアくんの髪サラサラだね!」
「……サキさんは、僕の髪に触れるのが嫌じゃないんですか?」
「嫌じゃないよ?綺麗だからつい触りたくなっちゃう」
「綺麗なんて……前もそう言ってくれましたよね」
ヴェルストリアくんは意味が分からないというように呟いた。
「僕の髪は真っ白で気持ち悪いのに」
気持ち悪い……?
黒い髪が美しいというこの世界は逆の白い髪は醜いということなのか。
今までヴェルストリアくんの髪を綺麗だな、なんて思っていただけでこの世界のことを考えていなかった。 世間から醜いと言われる容姿で、髪色で傷ついてきた彼に安易に綺麗だと言ってしまって少し後悔した。
でも「気持ち悪い」だなんて誰かが彼に言ったのだと思うと怒りが湧いてくる。そんなことを言う人のほうがよっぽどだ。
そんな人の言葉に囚われないで欲しい。
「……私、初めて会った時本当に見とれちゃったんだ。こんなに綺麗な人がいるんだって。勿論どんな髪色でも素敵だけど、訓練場に行った時に白い髪が見えると嬉しくなるの。ヴェルストリアくんがいる!って。他の人は知らないけど、私にとってはその白い髪もエメラルド色の瞳もヴェルストリアくんの個性で魅力だよ」
「!……個性……魅力……」
勿論こんな言葉だけで心の傷は癒えないと思うけど、少しでも何か変わるきっかけになれば嬉しい。
俯いたヴェルストリアくんの顔にランプの明かりは届かず、暗闇の中その表情は読み取れなかった。
しばらく沈黙が続く。
ヴェルストリアくんの髪を拭いていた手をそっと退けようとした時、彼が顔を上げる。
頭に被せていたタオルが首元へ落ち、行き場を失った私の両手は少し冷たい彼の手に包まれた。
「……サキさん、僕の話聞いてもらえますか?」
私が頷くと、ヴェルストリアくんは一度深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。
「僕の故郷はここからだいぶ遠くにあるルーシャという小さな国で、僕はその王室の二番目に生まれました」
「王室……ヴェルストリアくんは王子ってことこと?」
「一応、そうですね。でもこんな見目で産まれてきた僕を周りは受け入れてくれませんでした。父と母も姉も妹も、髪色顔立ち体型、皆普通なんです。僕だけが醜い」
「……」
「家族からは疎まれ国民たちにも非難され、辛かったけどそれでもなんとか生きてきました。父の一人が気にかけていてくれたからです。王位は継がなくていい、ひっそりと生きていくだけで充分だと思っていました。でも僕が十六歳の頃」
堪えるように彼は唇を噛む。
「姉が事故で亡くなりました」
「!」
「僕が王位継承権の一番になってしまった。母はそれを許せず、妹に後を継がせる為僕を殺そうとしました」
「っ……殺すなんて!」
自分が産んだ子を愛すどころか邪魔だからと殺そうとするなんて、有り得ない。
「王位継承権は男女平等ですからよっぽどの、それこそ死んだりしない限り変わることはありません」
「でも、ヴェルストリアくんは……殺されずに、ここに居るんだよね」
「父が周りにバレないよう逃がしてくれたんです。きっと国では僕は死んだことになっていると思います」
良かった、というのは違うかもしれないがヴェルストリアくんが無事で何よりだ。
「それから一ヶ月行くあてなく逃げて、森を抜けてこの黒騎士団の建物に辿り着いたんです。ちょうど入団試験をしていた日だったそうで、申し込みをしていない僕を特別に受けさせてくれたんです」
「それで……黒騎士団に入ったんだね」
「はい。多分それは建前で、ボロボロだった僕を見捨てず助けてくれたんです。本当に……感謝しています」
彼はその日のことを「鮮明に覚えている」と言って、ずっと寄せていた眉を少し和らげた。
「つまらない話を長々とすみません」
「ううん、話してくれてありがとう」
「僕は……サキさんの優しさに甘えて、ただ慰めてもらいたかったんです。卑怯ですよね」
「ヴェルストリアくんは慰めて欲しいって私を頼ってくれたんでしょ?ふふ、本当だ。頼ってもらえるのって嬉しいね」
「!」
いつもしっかりしていて私を助けてくれるヴェルストリアくんの力になれるのは特別嬉しかった。
「私は今まで平和に暮らしてきたから、ヴェルストリアくんの気持ちや痛みを理解することは出来ない。ごめんね」
そっと手を離す。彼の寂しそうな表情を包み込むように、私はギュッと抱きしめた。
「今まで頑張って偉かったね」
「っ……」
「辛い経験を乗り越えて、人に傷つけられる痛みを知っているヴェルストリアくんは人に優しく出来る。今までの頑張りは何も無駄じゃないよ」
「サキさ………ぅ…っ」
声を押し殺して泣くヴェルストリアくんの頭を撫で髪をそっと掬う。
「白ってね祝福の意味があるんだよ」
「……祝福?」
「そう、ヴェルストリアくんの髪は素敵な祝福の色。そう思ったら好きにならない?」
「僕の……髪……」
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