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2話 異世界転移したら女に会った

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「本、当に、治るん、だ…」

 息も絶え絶えな中、右腕に視線を向ける。
吹き上がる白煙が消え、ようやく見えてきた達広の右腕の怪我は跡形も無く綺麗に治っていた。傷口すら見当たらない。一見すると本当に怪我をしたのかさえ疑ってしまいそうなほどだった。
 唯一、確かに怪我をしたのだろうと証明出来るのは、これまた綺麗に貫かれた形に痕跡の残る背広とYシャツだけだった。それが無ければ地面に寝転んでうす汚れてしまった背広を着たオッサンにしか見えない。

「そりゃ治るでしょうよ。ヒール薬使ったんだから。それにしてもちょっと不思議な部分はあったけど」
 どこかに違和感を感じたのか訝しむ女を半ば無視するように、達広は自宅の扉へ向かってふらふらと歩き始めた。
 言葉を発するのさえ億劫で、とにかくゆっくりと安全な場所で横になりたかった。

「ちょっとどこに行くのよ!それだけ血が流れた後なんだからじっとしなさい!そんな弱い状態でフラフラしてたらまた狙われるわよ!」

 後ろから女の声が聞こえたが、達広にとってはどうでも良かった。自宅の安全性は不透明だが、少なくともこんな見知らぬ場所で休んでいるよりは余程気が楽だ。

「どこに、って…、帰るんだよ。家に」
「…家?」

 固い声で呟く女の言葉を背中で聞きながら小さく頷いた。達広はわざわざ振り返って女の顔を見る余裕さえない。今にも倒れそうだった。
 ドアノブを回して扉を開く。視界に入ってきた雑然としたいつもの玄関を見てほっとしたのか、達広はそのまま意識を放した。

「家に帰るって言ったってどうやって…え?」


◆◇◆◇

「あいててて」
 扉を開けたまま玄関で倒れるように意識を失い、固い床で軋む身体が痛い。達広が目を覚ましたのは1時間ほどが経った頃だった。土で汚れた背広を着たまま、靴も履いたままだった。
「あ…」
 扉の向こうを見ると、家にすぐそばで仁王立ちでこちらを睨む女が見えた。だがよく見ると視線が達広と微妙に噛み合わない。達広は視線をじっと女に向けて見ているのに、女は達広がいる方向を見たかと思うと、視線を上に向けたり、左右に向けたりしていた。


「さっきは無視したりして悪かったな」
 達広は女に向かってそう声を掛けた。だが女は反応しない。その後も何度か声を掛けたがやはり反応しなかった。
 よいしょ、と小さく呟いて立ち上がる。玄関から出て女に再度声を掛けたのか。

「おい、聞いてんのかよ。なんで無視してるんだ?」
 再三再四声を掛けても無視されていたからか達広は少し苛ついていた。女が達広の理解の埒外の力を持っている事は漠然とわかっていたが、それでも精々が10代後半の小娘にへりくだるのが達広には耐えられなかった。

 玄関から出てきた達広を見て、女は、はっとした表情をした後に更に強い眼光で睨みつけた。
「あんた…今どこから出てきたの」
「は…?何言ってんだ?どこからってそんな事より」
「いいから答えなさい!」
 達広の言葉を遮るように怒鳴りつける女。達広は女の気迫にたじろいだ。いや、気迫以上の何かを感じた。
 仕事柄、怒鳴られたり罵られる事に不本意ながら慣れている達広にとって、大声で怒鳴られる程度で臆する事は無い。だが、目の前にいる女からは感じた事の無い圧を感じた。
 冷や汗がたらり、と流れる。何故かはわからないが、種族としてこの女には敵わないと思った。

「ど、どこからって…玄関だけど…」
 若干どもりつつ何とか答える。念のために玄関を見るが、ドアが開け放たれたまま室内が見える。
「玄関?その玄関はどこにあるのよ」
「は?」

 いよいよ女の言っている事が達広にはわからなくなった。どこって目の前にあるではないか。
「すまん、俺には君の言っている事がよくわからない。玄関はここにあるだろ」
「私にはただバカでかい岩石があるようにしか見えないわよ」
「え、このドア見えないの?」
 達広の言葉に未だ厳しい視線を向けつつ頷く女。ドアノブに手を掛けた瞬間、女の目が見開いた。
「ちょっと待って!今あんた何してるの」
「ドアノブに手を置いてるだけだが…」
「あたしにはあんたの右腕だけが見えなくなってる。まるでそこから先だけ消えてるみたいに」
 驚くことにドアから先は不可視になっているらしく、左手に持ち替えたり右足だけ玄関に踏み入れたりしたが、女からは見えないようで驚いた。
 思案する。どうやら自宅は完全な安全地帯であるようだ。不可視であり遮音されており、上限がどこかは不明だが少なくともこの女と同等クラスなら完全に遮断出来るようだ、と。
 ただしそれはあくまでも俺の自宅を知らない者に対してであり、女はすでに知ってしまっている。このまま自宅に逃げ込んでもいいが、いつまで籠城出来るかはわからない。食料もそれほど潤沢にあるわけでもないから、いずれは外界に出ざるを得ない。それまでに女が去ってくれたらいいが、その保証は無い。
 それに、と考える。女の言葉を借りれば、俺はこの場所にいるのがあり得ない程に弱いらしい。一般人である俺がこの世界でどの程度の強さなのかは不明だが、女の言葉から察するに生きて出られる可能性は限りなく低いのだろう。
 ならばもうこの女を信用するしかないのでは?その答えに行き着く。だが、そもそも女にはドアすら見えていない状況でどう説明しろというのか?やはりこのまま身を隠す方がいいのでは?いやだがしかし…。
 堂々巡りをしていると、視界に、ピロン♪と場に似つかわしくない音とともにポップアップが出てきた。

『アミス・フォン・マジェスティアを田中 達広宅に認証しますか? Y/N』
「は?なにこれ?」

 唐突に出てきたポップアップに戸惑う。
 認証制?俺の家を認証するかどうかって事だよな?
 このアミス・フォン・マジェスティアってのは女の名前か?フォンが付くってことは貴族?それにしては狩人みたいな恰好してるけど。

「ちょっと聞きたい事があるんだがいいか?」
 俺が思案している間、何も言わずにじっとこちらを見ていた女に聞く。
 女は未だに視線が怖いが、頷いてくれた。まだ得体のしれない威圧は感じるけど。
「俺の名前はタツヒロ。あんたの名前は?」
 下手に嘘を吐くのはやめた。偽名がバレない保証が無かったからだ。女の強さと言い、得体の知れない威圧といい、俺の理解出来ない何かがあるはずだ。今のところ俺を把握しきれていないから恐らくは大丈夫だろうが、もし万が一バレた時がヤバい。本名を曝け出すリスクはあるが、苗字は名乗っていないから片手落ちで何とかなるだろ。

「アミスよ」
 女は簡潔に名乗った。どうやら偽名は使わないようだ。それとも使うほどではないと存在だと考えたからだろうか?女の表情を見るが特段気になる点は見当たらない。
 ここまで来たらもう俺に取れる手段は一つしかない。得体の知れない金髪のアミスという狩人女(相手にとっては俺もだろうが)を信用して我が家に招き入れる。その上で事情を話し、いわば保護?してもらおう。情報も仕入れる必要がある。この場所も、この世界も、まだ全く何も理解出来ていない。元いた世界と何らかのリンクが繋がっていれば良いが、どういった原理かわかっていない以上、下手に動くのも危険かもしれない。

 先ほどから視界の中央に陣取っているポップアップに再度目を見やる。
『アミス・フォン・マジェスティアを田中 達広宅に認証しますか? Y/N』

 この女がどんな人となりなのかはまだ全くわからないが、鈍った思考ではこれ以上碌な結論は出ないだろう。いよいよ身体もだるくなってきた。いい加減汚れた背広を脱いで風呂に入りたい。それに血を流したからなのかは不明だが腹も減ってきた。

「あんたが何者かはわからんけど、それは俺もお互い様だな。ここでこれ以上話すのも怠いからとりあえず中に入ってくれ」
 そう告げてポップアップの認証ボタンを押した。今までは岩壁にしか見えなかったであろう壁面に突如現れたドアが見えたのだろう。この日一番の驚きの表情をしていた。


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