幼馴染バンド、男女の友情は成立するのか?

おおいししおり

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エピソード《花厳布良乃の世界》

布帛菽粟

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 悪夢だ。まともや、悪夢。飽きもせず毎晩のように見る、乙町律の──死。

「ひっ」

 リアルだった。触れてすらいないのに、血の量も悍ましい雰囲気も全て……。

「メラちゃん……大丈夫? 何というか、凄く顔色が悪いように見えて」
「ジュン! リツが、リツが……っ!」

「お、おお落ち着いて、メラちゃん。今、自習だけど授業中だよ?」

 授業、中……?
 どうして。今、アタシたちは四人で自然の家へ合宿に行って。……違う、夢なのだから起床したばかりなはずで。おかしい……頭が混乱している。どちらにせよ、ジュンの言う授業中という内容に結びつかない。不意に周囲を見渡すとアタシは無意識に立ち上がっており、教室に存在した。ひそひそと聞こえる、胡散臭い心配の声と共に。

 力が抜けて、椅子に座り直す。

「……ジュン、ごめん。取り乱して」
「ううん、僕は大丈夫。それよりも何かあったの、りっちゃんの件で」

 息を吸っては吐く。これを三回繰り返した後に冷静を保とうと、努力はした。

「……ねえ、ジュン。変なこと言ってもいい?」

 彼は迷いも一切見せず、頷く。相変わらず周りは煩いのに、ここだけ静寂に満たされたような不思議な空気感だ。……あれ、アタシ。前にもこの感じ、何処かで。

「勿論だよ、僕に答えられることなら」
「あの、さ……。リツに厭悪や妬みを抱いている人に、心当たりとかない、よね?」

「え?」

 妥当な反応、合理的な驚き。当然だ、アタシは明らかに意味不明なことを口走ったのだから。前触れもなく、それでも。

「昔――何歳の頃だったかは、忘れたけど。一回、話したことあったよね。……怖い夢のこと」

 酷い、抽象的な昔語り。……いや、詳しくは思い出したくはなかったのかもしれない。ここ数日の曖昧な感覚と少しの違和感。それに不吉な、縁起の悪い夢境。奇しくも、似ているという表現が正しい。腐れ縁の隣人、乙町律が何者かによって殺される夢を。

 違う。どうして、殺されたなんて思って……でも、だって、あれは確かに。

「うっ」
「どうしたの、メラちゃん!」

 吐き気が止まらない。尋常ではない大量の血と恨みを盛大に重ねた、リツの亡骸。記憶に新しい、それは夢とはかけ離れているような気がして――意識が途切れた。


 次にアタシの瞳に映ったのは、よく見慣れた天井と涙目のキキだった。

「ん……ここは」

 気怠い感覚が起床と共にのしかかる。と、同時にキキが思いきり抱き着いてきた。

「うわっ」
「めーちゃん! よかったー。倒れたって聞いたから、もし一生目が明かなかったら姫々どうしようって。……大丈夫? 痛いとことか、辛いとかない? あ、水分補給する? 姫々の好きなイチゴ・オレ、がぶ飲みしていいよ。はい、いっきにどーぞ!」

 コンビニの袋をひとつ渡される。その中には確かに、見覚えのあるパッケージが幾つもあって。強要を余儀なくされそうになる。

「だ、大丈夫だから! ……それより、どうしてアタシ自分の部屋に」

 どちらかといえば殺風景、でも自室を間違えるほど個性がないというわけでない。
 記憶の断片からして倒れたのは認知している。……理由は、無理に思い出そうとするとまた吐き気が。

「お前が倒れたって聞いたからここまで運んできた。感謝しろ、じゃじゃ馬」

「リツ……? アンタ、どうして」
「えっと、僕もお邪魔してまーす……」

 ジュンまで。どういうこと? いや、違う。何で、リツが生きて……あんな悲惨な状態で生きてた? ううん、夢なのだから別に。

「うーむ。めーちゃん、凄い顔が真っ青だよ。一回、横になってみて」
「あ、うん……」

 キキの優しい声音に従って、アタシは布団の中に潜る。すると頭に小さな手が置かれてゆっくりと撫でおろされた。不思議と落ち着く……そういえば、さっきキキとリツの台詞被ってた。倒れたって聞いたってとこ。

「めーちゃん、ちょっとはリラックスできた?」

 頷く。可能ならこのまま寝落ちしてしまいたいと思うほどに。

「……大丈夫。ありがとう、キキ。ジュン、それにリツも」

「別に」
「おや、おやおやおや? りっくん氏、もしや照れているのではないかね? 青春か? 我、青春してしまうかね? そんなに勝利のイチゴ・オレが飲みたかったのかね?」
「いらねぇよ、ばーか。そのキモイ話し方やめろ、うぜぇ」

 キキは大袈裟に、ジュンは遠慮がちに笑う。
 普段と何ら変化のない空気感に、バレないよう小さく溜息をする。これは安堵のものと題して。……ついでに、この感覚は初体験というか懐かしさを感じない。思考、ちょっと支離滅裂しているかも。

「ではでは。あとは若い二人に任せて、お邪魔の姫々たちは退散しますかねぇ。行こう、ジュンちゃん」
「え、あっ……うん。そ、そう……だね」

 珍しく歯切れの良くないジュンに、少々違和感を覚えたのは言うまでもない。って、何この要らぬ気遣いと微妙にベタな展開。

「じゃ、姫々とジュンちゃん。ここでおさらばするねー!」
「……もし、何かあったら遠慮なく電話かチャットしてくれればすぐに駆け付けるから。えっと、リツ。メラちゃんには何も」

「しねぇーよ。早くどっか行けよ」

 不機嫌そうに頭を掻く、リツ。言葉遣いが悪印象なのはいつものことなので別にいい。少なくともアタシたちは誰も気にしないから、そのまま禿げてしまえ。

「……二人とも。その、気を付けて」

 安っぽい声掛けに、彼らは各々のタイミングで頷く。
 背丈が凸凹した二人は宣言の通りに立ち上がって、軽い別れの挨拶と共に部屋を去る。今更、リツと二人きりになって何も感じはしないが空気が変わった気がした。

 深い溜息が蔓延る。無論、それはリツの……。






「――お前、死んだことあるか?」


 凍った、凍り付いた。……いや、空間に沈黙が舞う。無表情にも真剣な口調と眼差しでヤツは問うた、アタシに。意味不明、理解不能の内容……と同時に、あの悪夢が蘇るような記憶が急にフラッシュバックして。

 頭が、割れるように痛い。

 胸が苦しい。何かを、知ってしまいそうで。

 お願いだから、もう、それ以上は。

「恐らく、オレは――少なく見積もっても千回程度、誰かに殺されている」
「……は? それって、どういう」

 リツが。……リツが誰かに殺されている? 千回って……どうして、何の為に。

「詳しいことは知らねぇよ。むしろ、こっちが教えを請いたいくらいだ」

 アタシの思想に回答するかのように、リツは腕を組んでは言葉を重ねる。

「昔――同じことがあった。朝、目ぇ覚ますと尋常じゃない痛みが走る。何つーか、頭痛や寝違えたっていうレベルじゃなくて。痛めつけられた……が一番しっくり来るような。ここ十年、暫くなかったから油断してたが……」
「暫くなかった、って」

 まるで、体験談の如く彼は淡々と語る。そもそも何故、アタシはこんなにも聞き入ってしまっているのだろうか。

 リツの性格上、こんなくだらない嘘を吐かないって知っているから? ……それとも。

「……お前、ガキの頃に言ってたよな。怖い夢を見たって」

 視線を伏せる。現実逃避の仕方を探る為に。でも、無駄だった。

 怖い夢――リツが残虐非道な死を迎えてた、悪夢。ナイフでめった刺しにされたり、彼岸花の球根を口に押し込められたり……相棒のベースにカラダを貫かれたり。

「あの時、気にもしてなった。所詮は無関係、或いは偶然ってオチかと思ったからな」
「……何が、言いたいの」

 いつもとは違う、雰囲気とか抱く感情とか。……違和感に懐かしさとか。アタシはこのあとに告ぐ『台詞を知らない?』

「正直、確かなことは言えねぇ。ただの異変が鍵を握るとも思えねぇ。だから、オレは勘っていうこの世で最も非合理的なものに頼らせてもらう。オレは……いや、正確にはオレたちは時間遡行しているじゃねぇか?」

 突飛だ、阿呆らしい。そんな下手な言い訳が幾つも浮かぶのに、声に出来ない。それも当然だ、だってアタシはとっくに……。

「顔色、すげぇ酷い。続けるのは無理だな、今日は帰る」

 立ち去ろうとするリツに何も言えない。衝撃なことを口走ったくせに、せめて一言だけでも発したい。

「リ、ツ……。今日は、何日……なの」

 彼は後ろを向いたまま、いつもの口調で容赦なく言った。

「七月二十四日の金曜、高校二年の夏休み前日。……オレが痛みを感じる、いや殺されて目が覚める日付だ」

 その背を追い掛ける気力は、今のアタシには乏しかった。
 頭の中がパンクしそうな勢いなのに、無駄に冷静を装いたいという相反した内容は曖昧ながら納得に近しいものがあったからかもしれない。
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