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エピソード《花厳布良乃の世界》
厳めしい、して愛おしい。
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大雨の予報だった。歴代降水量を超すのではないか、と言われていたほどの。しかし。
「ふふん。ほら、姫々の言った通りそんな大雨、来なかったでしょー?」
合宿当日、大海原をバックにキキは自慢気にそう放った。
ほぼ百パーセント、大雨洪水警報との注意喚起を見事に外れると予測及び駄々を捏ねたのだ。合宿初日にそんなものは来ないから安心して皆で一緒に行こう、と。その結果。
「た、確かにきぃちゃんの鋭い勘を頼りにさえしてしまっている自分が居るけど……」
「キキを信じて妥協の近場になったとはいえ、まさか」
「有り得ねぇ……俺たち以外、誰も居ねぇとか」
「わーい、嬉しい朗報。四人で貸切状態だね!」
一人はしゃぐキキに対して、アタシとリツとジュンは言葉に出来ない感情を互いに認知させる。血の繋がりはないとはいえ、長いこと腐れ縁をやっていると思考が手に取るように分かる。恐らく、彼らもアタシの言いたいことは伝わっているだろう。
「ええっと、とにかく従業員さんは少ないみたいだけど、宿泊可能みたいだから予定通り実行ということでいいかな?」
「モチのロンロンだよ、ジュンちゃん」
「アタシも。それで、いいと思う。って、リツ……また勝手に一人で行動を」
海を目の前にして、テンションが全く上がらないワケがない。キキに関しては普段以上に瞳が輝いて見える。ジュンも言葉には出さないが落ち着かない様子だ。無論、アタシも例外ではなく……一人、海辺から背を向けて去ろうとする、表情や感情を読みずらい男を除けば。動きが停止する、同時にわざとらしい溜息も。
「……お前ら。そんな大荷物持って、海水に浸かる気か? 沈むぞ」
暫しの沈黙。彼以外が思考を巡らせて、アタシは一番にその答えに辿り着いた。
訂正しよう。乙町律はこの中で一番、誰よりも心が躍っている。それについては二人の解釈もどうやら一致したようで。
「ねえ、ジュンちゃん。もしかして、りっくんは早く荷物置いて遊びたいのかな?」
「うん、多分ね。また先に行っちゃったみたいだし、メラちゃんも一緒に行こうか」
穏やかな、普段と何も変化のない顔が向けられる。そう、特に珍しくもない光景。
が、どうしてだろうか。リツが先走って宿泊先に行く行動も。ジュンとキキが嬉しそうに今後の予定を話す内容も。夏なのに冷たく感じる潮風も……アタシは既にこれを――。
「めーちゃん、ぼーっと睨んでると海が怖がって逃げちゃうよー」
キキの高音が歯止めになる。拭いきれない違和感。その正体を表さない何者かに苛立ちを被せるようにして、首を左右に振っては追い掛けた。
この不審の念も記憶に靄が掛かったような感覚も気のせいだ、と自身を騙して。
最終日。二泊三日の合宿は思いの外、短く感じた。
バンドの練習と遊ぶ時間にメリハリを付けて、姫々と一緒にちょっとした夜話をする。子供の頃は母さんの働き先だった、孤児院に赴いて四人でお泊り会を回想させた。各々、これからバラバラになるかもしれない道を少しでも留めたかったから、バンドを組んだ。不純な動機かもしれないけど、これがずっと続けば――。
慌ただしい足音共に、ノックが女子部屋に響く。それもかなり大きい音で。
「う、うるしゃーい……」
溜まらず姫々は布団を顔に覆い被さる。
正直、アタシたちは寝起きが互いよいとは言えない。起きなくては、と理解していても身体が言うことを聞かないのだから男子二人には呆れた顔をされる。お陰でこの二日間、朝練好きのリツがわざわざ起こしに来ては相手が誰であろうと部屋に入る。しかし、今日は様子がおかしい。
「……ラちゃん、きぃ……起きて! 大変……ことが!」
淡い意識の中、徐々に声に威力が増す。そして、それがジュンだと分かった時、アタシはドアを開けていた。真っ青とした顔のジュンが、助けを求めるようにして。
「リツが……居なくなった?」
驚き半分、冗談半分でオウム返しをする。
リツが誰にも言わずに一人で何処かに行くのは別に珍しくない。クール気取りの、他者の気持ちを考えることが鈍い自由人野郎だ。それはジュンだって理解しているはずで、何も青褪めるほどでは。
「っ、思い当たる場所は全て確認して……。安直ではあるけど従業員さんにも分かる範囲で聞き込みを、でも」
「ふむふむ、にゃるほど。誰もりっくんの姿を目撃した人は居なかった、とか?」
キキの問いにジュンは弱々しく頷く。
青少年自然保護区。通称、自然の家。市が管理している、広々とした自然豊かな土地と集団宿泊可能なこの場所は小学校の授業の一環でアタシたちは訪れた経験がある。広い、と一言で申しても一般層には立ち入り禁止区域や季節限定及び、今回はスタッフも少ないせいか移動エリアが限られている。……まあ、リツが行く場所なんて防音室完備のプレイルームくらいだろうけど。
「ジュンの、さっきの物言い的に多目的室は不在という認知でいい?」
「あとあと! ジュンちゃんアンド、りっくんの部屋にも居ない? 空っぽー?」
「……うん。多分、二人が思い付くとこは全部見回ったと思うよ。僕が起きた頃には既に部屋には居なくて、今日はまだ会ってない。もしかして、と思ってここへ」
アテはない、外れてるってことだ。
時刻は現在、午前九時過ぎ。当然、リツにとっては活動時間の範疇。合宿最終日、ともありより一層のこと気合いを入れているに違いない。だったら。
「はい! 姫々ちゃんから提案であります、慌てて探す必要はなくなくない? りっくんもお年頃だしさぁ、みんなで探したら嫌がると姫々は思うのよねー」
「え、でも……彼の行方」
「アタシもキキに同意。リツのことだから、途中でフラっと帰って来るでしょ。……却って、練習してないと後でドヤされそうだし」
二対一。別に弁論はしていないが、多数決によりリツの件は等閑視することになった。それでも帰路する一時間前までに戻って来なければ捜索すると約束して――結果、ヤツが戻って来ることはなかった。
「リツ、リツ、リツ……っ!」
探し人の名を連呼する。しかし、返答があるのは木々が揺らぐ風音だけで肝心の当人には届いていないらしい。
息が切れる。やはり、走りながら声を掛けるのは無理があった。
……時は遡ること十数分前。リツが帰ってこないことに懸念したアタシたちは、遅いと自覚しながらも捜索することになった。アタシは小さな森林、ジュンは海辺の方を探索。キキはリツが戻ってきた時に備えて自然の家で待機。また手の空いているスタッフさんにも協力してもらって今出来る最善の策を取る。ジュンのテキパキとした指示はこんな状況でも安定していた。
汗が滲む。夕焼けは沈みかけているのに暑い。当然だ、夏なのだから。涼しいクーラーが欲しいと思った、贅沢な。大きな腹の虫が鳴る、もし周囲に誰か居たら恥ずかしい。
「リツ……アンタ、本当に何処、行って」
無事な顔を確認したら一生、迷子経験者の乙町律としてからかってやると誓った。当然だろう、アタシたちだけでなくて多くの人に迷惑をかけて。
「リツ、アンタは……」
本当は知っている、気付いていたのに見てみぬフリをした。アンタが何かに悩んでいたことを、アタシは知っていたのに。でも……自分のことでいっぱいで。
そう、違和感……。この、合宿中にずっともやもやとしていた。掴めそうで掴めない、壊れてしまいそうな違和感の正体を早く知りたくて……アタシは。
「っ、何……?」
刹那、黒い物体。否、漆黒な装飾をした蝶が一匹横切る。条件反射を得て身体を動かすが苦手という類いではない。むしろ、それを美しく綺麗だと感じた。
「……アタシの、探している人の行方、知ってるの?」
黒蝶に問う。と、同時に何を腑抜けたことをとも思う。もし、ここにリツが居たのなら阿呆なこと抜かすなとか言われていたのだろう。アタシだって、どうしてその思考に辿り着いたのか分からないのだから。何となく、そんな根拠のないものは存外当たるようで蝶がひらひらと翅を広げて森林の奥深くへと舞い踊る。アタシはひたすら、考えもなくバカみたいにそれを追い掛けた。
そして、見つけたのだ――リツを。相棒とも称すべき、ベースでカラダを貫かれた肉体と元の色を失った紅血な草木と共に。
「ふふん。ほら、姫々の言った通りそんな大雨、来なかったでしょー?」
合宿当日、大海原をバックにキキは自慢気にそう放った。
ほぼ百パーセント、大雨洪水警報との注意喚起を見事に外れると予測及び駄々を捏ねたのだ。合宿初日にそんなものは来ないから安心して皆で一緒に行こう、と。その結果。
「た、確かにきぃちゃんの鋭い勘を頼りにさえしてしまっている自分が居るけど……」
「キキを信じて妥協の近場になったとはいえ、まさか」
「有り得ねぇ……俺たち以外、誰も居ねぇとか」
「わーい、嬉しい朗報。四人で貸切状態だね!」
一人はしゃぐキキに対して、アタシとリツとジュンは言葉に出来ない感情を互いに認知させる。血の繋がりはないとはいえ、長いこと腐れ縁をやっていると思考が手に取るように分かる。恐らく、彼らもアタシの言いたいことは伝わっているだろう。
「ええっと、とにかく従業員さんは少ないみたいだけど、宿泊可能みたいだから予定通り実行ということでいいかな?」
「モチのロンロンだよ、ジュンちゃん」
「アタシも。それで、いいと思う。って、リツ……また勝手に一人で行動を」
海を目の前にして、テンションが全く上がらないワケがない。キキに関しては普段以上に瞳が輝いて見える。ジュンも言葉には出さないが落ち着かない様子だ。無論、アタシも例外ではなく……一人、海辺から背を向けて去ろうとする、表情や感情を読みずらい男を除けば。動きが停止する、同時にわざとらしい溜息も。
「……お前ら。そんな大荷物持って、海水に浸かる気か? 沈むぞ」
暫しの沈黙。彼以外が思考を巡らせて、アタシは一番にその答えに辿り着いた。
訂正しよう。乙町律はこの中で一番、誰よりも心が躍っている。それについては二人の解釈もどうやら一致したようで。
「ねえ、ジュンちゃん。もしかして、りっくんは早く荷物置いて遊びたいのかな?」
「うん、多分ね。また先に行っちゃったみたいだし、メラちゃんも一緒に行こうか」
穏やかな、普段と何も変化のない顔が向けられる。そう、特に珍しくもない光景。
が、どうしてだろうか。リツが先走って宿泊先に行く行動も。ジュンとキキが嬉しそうに今後の予定を話す内容も。夏なのに冷たく感じる潮風も……アタシは既にこれを――。
「めーちゃん、ぼーっと睨んでると海が怖がって逃げちゃうよー」
キキの高音が歯止めになる。拭いきれない違和感。その正体を表さない何者かに苛立ちを被せるようにして、首を左右に振っては追い掛けた。
この不審の念も記憶に靄が掛かったような感覚も気のせいだ、と自身を騙して。
最終日。二泊三日の合宿は思いの外、短く感じた。
バンドの練習と遊ぶ時間にメリハリを付けて、姫々と一緒にちょっとした夜話をする。子供の頃は母さんの働き先だった、孤児院に赴いて四人でお泊り会を回想させた。各々、これからバラバラになるかもしれない道を少しでも留めたかったから、バンドを組んだ。不純な動機かもしれないけど、これがずっと続けば――。
慌ただしい足音共に、ノックが女子部屋に響く。それもかなり大きい音で。
「う、うるしゃーい……」
溜まらず姫々は布団を顔に覆い被さる。
正直、アタシたちは寝起きが互いよいとは言えない。起きなくては、と理解していても身体が言うことを聞かないのだから男子二人には呆れた顔をされる。お陰でこの二日間、朝練好きのリツがわざわざ起こしに来ては相手が誰であろうと部屋に入る。しかし、今日は様子がおかしい。
「……ラちゃん、きぃ……起きて! 大変……ことが!」
淡い意識の中、徐々に声に威力が増す。そして、それがジュンだと分かった時、アタシはドアを開けていた。真っ青とした顔のジュンが、助けを求めるようにして。
「リツが……居なくなった?」
驚き半分、冗談半分でオウム返しをする。
リツが誰にも言わずに一人で何処かに行くのは別に珍しくない。クール気取りの、他者の気持ちを考えることが鈍い自由人野郎だ。それはジュンだって理解しているはずで、何も青褪めるほどでは。
「っ、思い当たる場所は全て確認して……。安直ではあるけど従業員さんにも分かる範囲で聞き込みを、でも」
「ふむふむ、にゃるほど。誰もりっくんの姿を目撃した人は居なかった、とか?」
キキの問いにジュンは弱々しく頷く。
青少年自然保護区。通称、自然の家。市が管理している、広々とした自然豊かな土地と集団宿泊可能なこの場所は小学校の授業の一環でアタシたちは訪れた経験がある。広い、と一言で申しても一般層には立ち入り禁止区域や季節限定及び、今回はスタッフも少ないせいか移動エリアが限られている。……まあ、リツが行く場所なんて防音室完備のプレイルームくらいだろうけど。
「ジュンの、さっきの物言い的に多目的室は不在という認知でいい?」
「あとあと! ジュンちゃんアンド、りっくんの部屋にも居ない? 空っぽー?」
「……うん。多分、二人が思い付くとこは全部見回ったと思うよ。僕が起きた頃には既に部屋には居なくて、今日はまだ会ってない。もしかして、と思ってここへ」
アテはない、外れてるってことだ。
時刻は現在、午前九時過ぎ。当然、リツにとっては活動時間の範疇。合宿最終日、ともありより一層のこと気合いを入れているに違いない。だったら。
「はい! 姫々ちゃんから提案であります、慌てて探す必要はなくなくない? りっくんもお年頃だしさぁ、みんなで探したら嫌がると姫々は思うのよねー」
「え、でも……彼の行方」
「アタシもキキに同意。リツのことだから、途中でフラっと帰って来るでしょ。……却って、練習してないと後でドヤされそうだし」
二対一。別に弁論はしていないが、多数決によりリツの件は等閑視することになった。それでも帰路する一時間前までに戻って来なければ捜索すると約束して――結果、ヤツが戻って来ることはなかった。
「リツ、リツ、リツ……っ!」
探し人の名を連呼する。しかし、返答があるのは木々が揺らぐ風音だけで肝心の当人には届いていないらしい。
息が切れる。やはり、走りながら声を掛けるのは無理があった。
……時は遡ること十数分前。リツが帰ってこないことに懸念したアタシたちは、遅いと自覚しながらも捜索することになった。アタシは小さな森林、ジュンは海辺の方を探索。キキはリツが戻ってきた時に備えて自然の家で待機。また手の空いているスタッフさんにも協力してもらって今出来る最善の策を取る。ジュンのテキパキとした指示はこんな状況でも安定していた。
汗が滲む。夕焼けは沈みかけているのに暑い。当然だ、夏なのだから。涼しいクーラーが欲しいと思った、贅沢な。大きな腹の虫が鳴る、もし周囲に誰か居たら恥ずかしい。
「リツ……アンタ、本当に何処、行って」
無事な顔を確認したら一生、迷子経験者の乙町律としてからかってやると誓った。当然だろう、アタシたちだけでなくて多くの人に迷惑をかけて。
「リツ、アンタは……」
本当は知っている、気付いていたのに見てみぬフリをした。アンタが何かに悩んでいたことを、アタシは知っていたのに。でも……自分のことでいっぱいで。
そう、違和感……。この、合宿中にずっともやもやとしていた。掴めそうで掴めない、壊れてしまいそうな違和感の正体を早く知りたくて……アタシは。
「っ、何……?」
刹那、黒い物体。否、漆黒な装飾をした蝶が一匹横切る。条件反射を得て身体を動かすが苦手という類いではない。むしろ、それを美しく綺麗だと感じた。
「……アタシの、探している人の行方、知ってるの?」
黒蝶に問う。と、同時に何を腑抜けたことをとも思う。もし、ここにリツが居たのなら阿呆なこと抜かすなとか言われていたのだろう。アタシだって、どうしてその思考に辿り着いたのか分からないのだから。何となく、そんな根拠のないものは存外当たるようで蝶がひらひらと翅を広げて森林の奥深くへと舞い踊る。アタシはひたすら、考えもなくバカみたいにそれを追い掛けた。
そして、見つけたのだ――リツを。相棒とも称すべき、ベースでカラダを貫かれた肉体と元の色を失った紅血な草木と共に。
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