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序幕
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それは……ギターの弦がプツン、と切れる音によく似ていた。
唖然とした少女の目先には、数多の彼岸花と黒檀色に染まる蝶が舞う。深い何処かの森で毎日のように起きる現象の名は――夢。
少女は知っている、この奇妙な眺望を。夢想を重ねる度に蝶が一匹増えているから。
少女は知っている、この奇怪な世界を。幼少期に見た彼岸花が脳裏に過るから。
少女は、知ってしまっている。この奇譚な悪夢の結末が幼馴染みの死であることを。
「っ! ……またあの、夢?」
少女の枯れた声が部屋に響く。
時刻は金曜日の午前二時。ほどよく邪魔の入った睡眠により、彼女は三時間程度しか眠れていない。それでも再び悪夢を視認することに躊躇が芽生えては、振り解くように窓をそっと開ける。
月夜に照らされた、特徴の無い田舎の住宅街。寝静まった平日の夜中は、少女に微かな安心と平穏を無償で与えた。
「本当、趣味の悪い夢。……何なの、もう」
毎日の如く、繰り返す夢に溜息が奏でる。
少女の名前は花厳布良乃。少々変わった名前と毎晩見る悪夢があること以外、ごく平凡な女子高生である。強いて他を特記するなら……幼馴染みの男女四人で、駆け出しの高校生バンドとしてボーカルとギターを担っている程度だろうか。
夏休み直前。何時間か後に終業式があるにも関わらず、布良乃は机に向かってスマートフォンのメモ帳に歌詞で使用出来そうなフレーズを打ち込む。普段、昼間は捻り出すような着想だが、不思議なことに夜間は脳が刺激を受けているかのように淡々と浮かぶ。
「うん、悪くない。後はメロディに合わせて……って、流石に近所迷惑か」
呟いた先の隣家は、まだ暗闇を纏っていた。
幼馴染みの一人、乙町律の家宅。
彼女の悪夢に幾度も登場する、変わり果てた彼の姿が気味悪い記憶として支配する。
ある時は憎しみを表現するような、数千回に及ぶ刃物の痕と大量の血潮。またある時は包丁や鋏、カッターに千枚通しなどあらゆる鋭利な日用品が身体を貫き磔にされた時もあった。
そして今回は……彼岸花の球根を丸ごと口内に押し込められた――窒息、或いは毒殺による正気を疑う夢。
死体の状況は全て違っていた。しかし、どれも惨くて残虐非道という単語に相応しい、自殺では有り得ない死に方であると結論付けされる。
「夢なのに凄くリアル、な感覚。まさか正夢を体験して……いや、そんなの根拠ないし」
浅い溜息をひとつ吐く。持ち合わせた回答は全て疎らで、真実に辿り着くことは無い、そんなことは彼女も理解していた。だからこそ、嫌味を放つ。
「リツ、アンタは誰に恨みを買って……」
首を横に振る。
これは夢、想像するだけ無駄だ、と頭に叩き込ませて。
布良乃は夜明けを信じて待った。
――自身の存在が、全ての終わりと始まりを生み出してしまっているとも知らずに。
唖然とした少女の目先には、数多の彼岸花と黒檀色に染まる蝶が舞う。深い何処かの森で毎日のように起きる現象の名は――夢。
少女は知っている、この奇妙な眺望を。夢想を重ねる度に蝶が一匹増えているから。
少女は知っている、この奇怪な世界を。幼少期に見た彼岸花が脳裏に過るから。
少女は、知ってしまっている。この奇譚な悪夢の結末が幼馴染みの死であることを。
「っ! ……またあの、夢?」
少女の枯れた声が部屋に響く。
時刻は金曜日の午前二時。ほどよく邪魔の入った睡眠により、彼女は三時間程度しか眠れていない。それでも再び悪夢を視認することに躊躇が芽生えては、振り解くように窓をそっと開ける。
月夜に照らされた、特徴の無い田舎の住宅街。寝静まった平日の夜中は、少女に微かな安心と平穏を無償で与えた。
「本当、趣味の悪い夢。……何なの、もう」
毎日の如く、繰り返す夢に溜息が奏でる。
少女の名前は花厳布良乃。少々変わった名前と毎晩見る悪夢があること以外、ごく平凡な女子高生である。強いて他を特記するなら……幼馴染みの男女四人で、駆け出しの高校生バンドとしてボーカルとギターを担っている程度だろうか。
夏休み直前。何時間か後に終業式があるにも関わらず、布良乃は机に向かってスマートフォンのメモ帳に歌詞で使用出来そうなフレーズを打ち込む。普段、昼間は捻り出すような着想だが、不思議なことに夜間は脳が刺激を受けているかのように淡々と浮かぶ。
「うん、悪くない。後はメロディに合わせて……って、流石に近所迷惑か」
呟いた先の隣家は、まだ暗闇を纏っていた。
幼馴染みの一人、乙町律の家宅。
彼女の悪夢に幾度も登場する、変わり果てた彼の姿が気味悪い記憶として支配する。
ある時は憎しみを表現するような、数千回に及ぶ刃物の痕と大量の血潮。またある時は包丁や鋏、カッターに千枚通しなどあらゆる鋭利な日用品が身体を貫き磔にされた時もあった。
そして今回は……彼岸花の球根を丸ごと口内に押し込められた――窒息、或いは毒殺による正気を疑う夢。
死体の状況は全て違っていた。しかし、どれも惨くて残虐非道という単語に相応しい、自殺では有り得ない死に方であると結論付けされる。
「夢なのに凄くリアル、な感覚。まさか正夢を体験して……いや、そんなの根拠ないし」
浅い溜息をひとつ吐く。持ち合わせた回答は全て疎らで、真実に辿り着くことは無い、そんなことは彼女も理解していた。だからこそ、嫌味を放つ。
「リツ、アンタは誰に恨みを買って……」
首を横に振る。
これは夢、想像するだけ無駄だ、と頭に叩き込ませて。
布良乃は夜明けを信じて待った。
――自身の存在が、全ての終わりと始まりを生み出してしまっているとも知らずに。
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