私のもの、と呼べるものは?

棗 希菜

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最終話

ごめんなさいもありがとうも

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最終話

夏生くんからすべてを聞いて、すべてではないのかもしれないけれど、話を聞いて。
私はこれからどうしたらいいのだろう、と悩んでしまった。いつかは記憶を取り戻して、生活を新しく始めるつもりだった。
夏生くんが、真瀬さんたちを巻き込んでしたことは許されることではない。私本人が夏生くんを許していても、受け入れても、世間が知れば許されない罪となるのかもしれない。倫理的に、と星羅くんのことを言うのなら。きっと夏生くんがしたことにも倫理観はないのだろう。倫理より、感情を優先してしまえば答えは決まっている。思い出した感情は、理屈より先に来るものだ。私がそうでも、夏生くんは違うんじゃないかと思う。誕生日まで、ずっと、そして、記憶を巡ってからずっと、思い出して今に至るまで。

___私は夏生くんがどうしようもなくすきなのだと気付かされる。
恋とはどうあるべきで、愛とはどうあるべきか、なんて問いには正解に近い答えがある。何をするのがいいのだろう。私が夏生くんを許すだけじゃ駄目なのだろうか。こんな自問自答には答えなんて出ない。寂しいと思う。記憶を失くしていたけれど、過去を取り戻そうとしてはいけないと言われたけれど、夏生くんとの未来を望むことはいけないことなのだろうか。1人で悩んでいても、答えは出ない。
だから、今度は私から会いに行こう。
廊下を歩く。1人で歩くことが初めてだということもあって、夏生くんのいる場所に行く。
扉の前で息を吸って吐いて。

コンコン

ノックした後数秒、
[はーい。真瀬かな?入っていいよ]
そう返事を受けて私は部屋に入る。私を見て驚いたように顔を目を瞠って(みはって)、そして諦めたように微笑んだ。
[望未、来てくれるとは思わなかった。さっきまで真瀬と話して、望未のこれからを話していたから、真瀬が忘れ物でもしたのかと思った。えっと、結末を伝えてもいいかな]
『夏生くん、私からも伝えたいことがあるの、』
夏生くんの言葉を遮って、言う。お願い、今だけは。
驚いて言葉を留める夏生くんを見ながら、私は言葉を吐き出していく。
『ねえ、夏生くん。どうしたらいいの、夏生くんは、真瀬さんは、海里さんは、どうなるの。私がここを無事に出ていったとして、みんなはどうなるの。また会えるのかな。記憶戻って嬉しいよ、だけどっ、最初にいってよ、記憶を取り戻した状態で、私、夏生くんと離れたくないよ、ごめん、わかんないよね、ごめんね、自分でもぐちゃぐちゃなんだ、どうやって話していいのかな、夏生くん、全部わからない、だけどね、私、子どもみたいだけど。夏生くんがすきだよ、』
ぽろぽろと泣きながら、考えるより先に吐き出していた。夏生くんは固まっていた。本当は、ずっと、それだけを言いたかった。
[...望未、僕たちがどうなるかはわからない。
僕をすきだと言うのは、本当かい?こんな聞き方は失礼だね。
嬉しいけれど、僕の気持ちは昨日伝えられたと思っていたんだけどな。望未のことを好きな気持ちがなければ、こんなことはしない。それだけは伝えたかったよ。]
離れ離れになるのなら、いっそ自分から共犯になりたかった。優し過ぎてある種壊れてしまった夏生くんに、救われたかったのだと、そういうことにして。それは決して本当ではないけれど。嘘でもないような気がしたから。
愛だけですべてが終わるならよかった。けれど私と夏生くんの間にあったのは、愛、だったろうか。祈りや執着、願いとすべてを、愛というもので包んでいいのだろうか。そんなことばかり考えてしまう。そして今、互いが互いを好きだと認めた上で、今ずっと一緒にいることは出来ないのだと分かってしまった。
[ねえ、望未。未来を願っていいのなら。今はどうすることも出来ないかもしれない。けれど、僕は望未の未来が欲しい。僕の未来は、過去も今も君だけのものだ。
だからもし。僕が君を待たせてしまうことになったなら、』
そう言いながら小箱を取り出す夏生くん。
[未来必ず迎えにいくから。望未が僕を想う心を、いつかの未来。これを身につけることで僕に示してもらえたらと思う。今の僕には願うことさえ憚られるけれど。]
私に小箱を渡す。涙を拭いながら伝えたのはひとつ。
『夏生くん、いつか私に会いにきてくれたら。その時に夏生くんにつけて欲しい。それまでは私が大切に持っている。ね、それでもいい?』
何の取り決めも、誓いもない約束を、頷いてくれた夏生くんがいるから。
私は散々泣いて、けれど笑ってみせた。


私が施設を出て、真瀬さんに送ってもらう日。真瀬さんが教えてくれた。
「私は、藍沢が好きだったんです。1番近くにいたけれど、1番近くにいたから、藍沢が誰を大切にしているかもわかってしまったんです。私は藍沢が好きです。きっと貴女様以外には敵わない。だけど、藍沢が未来を賭けたのが貴女様でよかった。私は貴女様のことを少なからず友人として見ていました。不躾ですが、貴女様が私たちを許せたいつか。お茶にでも行きませんか。藍沢の普段を、お聞かせします。今お誘いしてもすぐには頷けないと思います。なので、お手紙を出させてください。」
...今言われても、という思いと、今だから受け止められるという思い。私は一生この人たちを恨むことはない。憎むことすらない。どんな形であろうと私のためであったこと。どうやって生きていけばいいのかはまだ分からないけれど。どうやってだって生きていけるなら、私はただ待つだけじゃなく、自分と向き合いながら生きていこうと思う。確かに私は孤独だったけれど、ずっと私の孤独から遠い場所でただ私を大切にしてくれた人がいる。真瀬さんも夏生くんも私を孤独だと思っていたけれど。私は孤独じゃなかったよ。言えなかったけれど、ありがとう。

ハッピーエンドと呼べるかは分からないけれど、私の物語はここまでにしよう。私と夏生くんが会えた未来で、またあなたにも会えますように。さようなら、より。またいつか。
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